スーパーリノの思い出    スーパーリノの思い出  


この機種はデビュー日に打ちに行ったので思い出深い機種ですね。
いや、だってどうみても当時としては異常な出方をする台だったもの。
もう山ほどデータ取ってました。
ゲーム数やBRはおろか、ボーナス後のドル袋の点滅の色、どちらの色の7で揃えたか、どのラインで揃えたか、左は何コマすべったか、告知タイミングはいつか、までメモしてあります。

で、頭に梅花月と銀しゃりがピーンときたわけですよ。
梅花月はリール制御が5本(以上)ある。
銀しゃりは、ボーナス未成立状態でチェリーを強制的に取りこぼすマイナーな機種。
で、後はブラックジャックを思った。

2日目の段階でなにが不自然だと思ったかっていうと、山佐のパンフレットとかしおりをみても「完全告知」とは書いてないんですよ。
だったらボーナスはすでに成立しているのでは?
ブラックジャックはリプレイだけど、スーパーリノは山佐だから、制御とチェリーでかわしているのではないか?
チェリーに至ったのはもう一つ理由がある。
この機種、コインとチェリーは同一フラグなんです。
で、おいらは左中段に単独BARをビタ押しのDDTをしてた(これって奇跡的。ここを押してなかったら勝てなかったかもしれない)ので、コインが全く揃わないわけですよ。
ええ、隣の台とかはそろうのに、おいらの台では皆無。0。
チェリーは2枚4枚でコインは8枚だから、制御で振り分けてバランスとってるのかな?(これは正しかった)
で、毎Gチェリー&コインを成立させればボーナスが成立しててもそろえることが出来ない。
で、複数ボーナスがたまって、放出条件を満たすと5G連する。

5日経って、データがかなりたまった。
もう仕事を早く済ますために6時出勤で16時には退社してましたね。
で、ひたすら自分の台も含めて全台データ取り。
その結果分かったのは以下のことだった。
・5G連したあとははまる。
・5G連しなかったときは400ぐらいで引き戻しやすい。
・900はまることはあまりないが、越えることもある。
・60Gを越えたら期待薄なので、61G目で子役が揃わなければやめる。
で、後はボーナス後のランプの色ばっかり気を取られてたんです。
結局いまだに意味はあったのかどうか分かりません。
当時の自分は本気でストック個数や連荘ゲーム数があれでわかるのではないか?とか思ってました。

6日目。休みの日。
とりあえず500〜700はまっている台を片っ端から打って60Gでやめる。
こればかりやりました。
で、連しなかった台でも必ず捨てる。
はまって連しなかった台は400前には拾う。
2km圏内に3店舗、等価の店があって、ひたすらバイクで行き来してました。
丸一日それをやって、なんと388本のプラス。
心臓ばくばくした。
本気で仕事やめようかと思った。

7日目。
断片的なデータはあるけど、一台まるまるのデータがない。
で、一日打ち切ることにする。
結果、マイナス98本(爆)
昨日と今日の打ち方みたら、もうこの機種の立ち回り方法は決まったも同然です。
あとはボーナス後の色をなんとか・・・・

10日目。
DDTしてたおかげで気づいたが、はずれるときの目に特徴がある。
BARが枠下におちてはずれると60G内に引き戻す確率が激減するのである。
最初は気のせい?と思ったが、試行回数が多いのでほぼ間違いない。
ひょっとしてこれで引き戻しの有無も分かる?
もう収支は棒茄子2回分を越えている。

で、しばらくしてから雑誌に載って、その二日後に交通事故(あてにげ)に遭う。
回復時にはもうとてもハイエナできる状況ではなくなっていた。
そうしておいらのスーパーリノ人生は終わったのでした。


しかし、この機種がなければ吉宗も、北斗の拳も生まれなかったのである。
5号機規制なんて馬鹿げたものもできなかったかもしれない。
いろいろな意味でスロット業界を変えた名機であることは疑いのないところだろう。