コンピュータは人間を越える

おいらが中高生のころ、コンピュータ将棋をやったことがあるけど、思考時間長くおまけに指し手は筋悪で、しかもおなじ無駄捨て(※)を繰り返すので非常に億劫だった記憶がある。

久々に最新のコンピュータ将棋をやってみて驚いた。
思考時間も苦痛ではない程度になったし、何しろ筋に入った攻め(※)が強烈だ。まして詰みを読みきられた時などは0.1秒もかからず飛ぶような早さで着手してくる。
詰め将棋の早さには定評があるけれど、こんなに指し将棋も進化していたとはね。
ハード面の進歩もさることながら、アルゴリズムの成長も目を見張るものがある。
いまやうざったらしい無駄捨てなぞ皆無だ。

おいらの棋力は弱いアマ四段だけど、全然手抜けないものね。
今後は、序盤の研究が進むのだろう。特にコンピュータ側から積極的に攻めを仕掛けるような形を強く望んでいます。
現状のコンピュータ将棋ではいかんせんそのあたりの物足りなさは隠しきれない。

さて、プロ棋士などの中には『プロに勝てるコンピュータなぞ存在しない』などとあぐらをかいてる棋士もいるけれど、将来的に見ればいずれ必ずコンピュータが人間に勝つ。そのことは否めない事実である。
将棋の盤面の可能性は天文学的数字かも知れないが所詮可算数字なのだから。
現状のアルゴリズムでも、ハード面の進歩とともに強くなっていくし、そこにいかほどアルゴリズム向上の上積みがあるかでどのくらいその瞬間が前倒しされるかが決まるだろう。
でも何ら不安に感じる必要はない。
例えコンピュータが人間の名人に勝ったところで、将棋の魅力が損なわれてしまうものではないからだ。
コンピュータは全部お見通しかも知れないけれど自分たちアマチュアあるいはプロもそうだろう、そんな全部お見通しの土俵で戦ってるわけではないのだから。
皆を唸らせる妙手、またとんでもない大ポカ(※)が有る限りコンピュータの進化にかかわらずプロ・アマにとって将棋は永遠の存在だね。

(※) 無駄捨て=時間を稼ぐために無駄に持ち駒を捨てようとするコンピュータアルゴリズムの致命的欠点。
筋に入る=一気に追い詰める
大ポカ=とんでもないミス


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無駄捨ての正式名称は水平線効果(地平線効果ともいう、英語でhorizontal effect)という。
たとえば5手先まで読めるコンピュータアルゴリズムが現時点(Q)からQ→A→B→C→D→Eと進んだ局面を想定したとする。
Eの局面で自分が現時点Qに比べてー100ポイント劣勢で、A〜Dの局面では別の枝別れなく必然であれば当然コンピュータはこう進むを避けようとするだろう。
そこで、別の局面を想定する。Q→P→Q’→A’→B’→C’という局面だとしよう。
A→Eが必然だとしても5手先までしか読み込めないコンピュータだと、Pという別の手を指すことでその先のEという不幸を地平線の奥に覆い隠すことができるわけだ。
Pという手を指すことでー10ポイントになるとしても、5手先でー10ポイントならー10>ー100だから当然前述のAという着手を選ばずPという無駄手を指すことになる。
ところがQ→P→Q’と進んだ後コンピュータは考える。また、A’→E’と進んではまずいと。
そこでまたP’と指して目の前の不幸を避ける。当然Q”と応じられる。
そうこう繰り返していくうちにPと指すための持ち駒(普通は歩)がなくなり、結局A”→E”と進む。

このときの結果をみると、Q→ABCDEと進んだときがー100だとしても、Q→PQ’P’Q”A”B”C”D”E”と進んだ方がー120になっているのである。
目先のことだけにとらわれて結局時間かけて損しているわけだ。

人間って将棋を指してるときは『あほやんこのコンピュータ、むかつく』って感じだけどいざ自分が実生活でそうしてる、って気づいたとき、どのように思うものなのだろうか?
将来の不安から目をつむるために目の前の快楽に飛び付いていいことなんてあるわけないのに実際逃避機制を取る人間をみてると滑稽で笑い転げそうになる。
それでいてその人がそういう不安を他人のせいにしてたりするとなおさらだね。過激なときは『こいつに生きてる価値はない』って思うもん。おいらもひどいやつだね(笑)

ときに、将棋の市販プログラムにおいてこういう地平線効果が起きないようにしているのは企業秘密らしい(・ε・)ムー
なんつか、非常に興味あるんですが………柳瀬さんお願いですからこっそりと教えてください。


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