せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2013/11/30(土)   よいお年を

 年内最後の投稿となるので、表題のとおり、ご挨拶させてもらえれば、と思う。従来のフォーマットを壊して来月以降の予定を載せることにする。

 30日は夜勤(宿直)。週明けからいろいろと激しくなる予定である。すでに公式に宣戦布告は済んでいる。対応待ちの状態であり、こちらから動くことはない状態である。
 外部サイトへの投稿は、奈良マラソンに出ればその結果報告のみ行う予定で、欠場の場合には投稿しない。出られるかどうかは鵞足部の状態に依存するものの、諏訪湖マラソンを練習と割り切ってあれだけゆっくり走ってもダメだったので、ほぼ欠場だろうね。(12月1週目)
 その次の、12月2週目は全く別の予定により拘束されていて、県外外出ははできない。3週目は1〜2週までの結果次第で3パターンあり、現時点では不明だが、千葉、大阪、松本のいずれかにいることになっていて、長野市にはいない。
 最後の週は、27日の仕事収めの式が終わってから武蔵溝ノ口に向かうことになっている(到着0:07)。始発まで時間をつぶして、28日早朝の長崎便で長崎の千歳町へ。30日のピーチの便で関西空港に戻ってきて、夕刻以降は予定がない状態。日本で正月を迎えるのが久々なので、いろいろと戸惑いそうだ。

 例年、今年の雑記大賞を載せることになっているんだけど、今年は該当なし。国賊売国安倍政権が誕生したことに加え、3月以降は異動による五月病で精神状態が危うくなったのが響いたね。SAN値ピンチ!SAN値ピンチ!と連呼絶叫しないといけなかったかもしれないね。該当なしはこのサイトを立ち上げて以来初の事態。嬉しくもなんともないね。

【追記1】森内名人、竜王位奪還おめでとうございます。渡辺竜王の連覇を砕くのは誰だ?ってのはよくある話題のネタだったけど、森内名人とは思わなかった。しかも完勝続きで。失礼いたしました。
【追記2】松本・塩尻・岡谷・下諏訪・上諏訪・茅野・富士見・小淵沢・長坂の各駅でスイカが利用可能に。長野市じゃ使えないのに、首都圏に組み入れられたのは驚きである。っていうか、村井も仲間に入れてあげて・・・

【予定別添】
7〜8日 奈良マラソン(欠場濃厚)
14〜15日 労働組合用務
21〜23日 千葉・大阪・松本のどこか
28日0:07〜5:58 武蔵溝ノ口
28日JL1841便 羽田(7:25発)→長崎(9:35着)
30日MM178便 長崎(16:25発)→関空(17:30着)

2013/11/29(金)   器用貧乏?不貧乏?

 器用だね。自身をうまく操縦できているから当然なんだけど。他人には絶対ムリ。自身にあこがれる部分があるとかいうわけの分からない人も多いけれど、まず自身が仮に十分な能力や経験を持っているとしても、ほかの人がそれらを使いこなすことが不可能だと思う。
 来月から、まさに全速前進の戦いである。こんなに多方面の外交戦術を練り上げたことがいまだかつてなく、実行可能かどうかという点で不安も残るが、まず大丈夫だろう。いろいろとあったけれど、論理に破たんをきたしたことはないんだし。とりあえず3日が最初のヤマ。4日もヤマ。8日も14日も大きなヤマ。ヤマ場だらけの予定であり、顔色一つ変えずにすべてをこなせるかどうか、さすがに懸念材料も多い。
 欲がないのが自身の致命的なところかな。**したい!!ってことが、まずないものね。どうすればよいのか不明だが、こればかりは先天的なものも大きいし、どうしようもないんだろうか。人並みの欲があればとっくにいろいろと恵まれていると思う。
 手帳は持ち歩かない人間だけど、さすがに来月の予定はすごいもので、こんなにぎゅうぎゅう詰めになったのは生まれて初めてだと思う。暇がないから貧乏、が座右銘の自身としては、今の生活に何の魅力も感じないのは確か。まあでも、それなりになんか、いいことがあるかもしれないね。以前にも挙げた3つの選択肢のどれに行き着くかは不明だけど、どれになっても後悔はしたくないなぁ、と思っている。

2013/11/28(木)   来月お休みのお知らせ(I have to, whether I can do or not!)

 たまにジムに行くとテレビが映っている。その画面によってサッカーの試合や選挙等の結果を知るのであるが、昨日はたまたま、NHKのEテレでLittle Charoが放映されていた日だった。
 同番組はいわゆる英会話もの。何の障害もなく聞き流せる自身って、昔と変わったのかな、そうじゃないのかな?こういうとき、昔の状態が分からないから不便だね。昔も今も教材で頭を悩ませるのは変わらないけど、教材のレベルが雲泥の差。こういう表現が適切かどうか不明だが、常に分からない状態じゃないと不安になる。
 しかし、チャロはかっこよかったねぇ。仲間が誘拐に遭った状態で、"We have to (rescue her), whether we can do or not!"。two of usしかいないのに。しかし、思いを前面に出してくるキャラクターってのは人間であれ番組であれ、好印象を抱くのは確か。っていうか、毎回見ているわけじゃないから話が飛び飛びだけど、ほんとにあと4回で終わるの?そんな印象を抱いた。【訳】できるかどうかじゃなくて、やるっきゃないんだよ!!(まじ恰好いい!!)
 こんな恰好いい言葉も、うっかり助動詞を間違えると悲惨なせりふになる。"We must, whether we can do or not."なんて言おうものなら、まさに自身の今の仕事での境遇のようだ。敢えて訳は載せないが、無理を通せば道理が引っ込む。そんな感じである。【訳】できもしねー仕事なんかやらせんじゃねーよ馬鹿ヤロー!!!
 来月はまた、激動の一か月になるんだろうね。月初から激しい攻防が予想され、多方面多次元外交も幕を開けるわけで、まさに心身安まる時間がまるでないと思われる。来月の雑記は非公開で預かりとさせていただいて、年があけてしばらくしたらさらっと載せておきたいと思う。あらかじめご了承願いたい。

(追記:訳は白字で追記しておきました。ご参考までに。)

2013/11/27(水)   曖昧な日本式

 特定機密保持法案が予想通り、自民党の強行採決によって衆院を通過した。

 自民党(と公明党)の考える「国益」はすなわち「党益」であり、日本という国家のためになることと一致しない。部分的には一致する部分もあるだろうが、一致しない部分のほうが大きいだろう。その自民党は、電力政策や地方分権、雇用政策など、国民のためにならないことを必死に進めている。
 外交において機密が必要なことは理解できる。しかし、政府が国益と判断した秘密(特定有害活動により洩らされたもの)、という部分がまずおかしい。ある人にとって国益と考えられることが、他の人によっては国益とはとらえられないなんて事態はいくらでも想定できることである。要するに、ときの総理大臣や官僚トップの判断で、国益かどうか、有害活動であるかどうかが決まるということになる。
 さらに言えば、どこまで該当すれば「外交」の範囲なのか、判然としない。たとえば通商交渉などは100%外交の話だから該当するのは当然としても、公共事業は一定規模のものに関してはWTOの対象なのだから、外交と判断されるかもしれない。義務教育なんて外交等にあたる部分は皆無だと思うけど、ときの責任者が特定秘密の分野に該当するといえば、それ以上報道されようがなくなる。すべての省庁がその指定権限を有するという箇所などは噴飯ものだ。
 情報漏洩の罰則を欧米並みにするのは当然だ、と主張するのであれば、秘密をチェックする機構や情報公開なども当然、欧米並みにしなければ話にならない。その部分は曖昧な日本式のままで、情報漏洩だけを強化する、ではただの裁量政治であり、民主主義とはかけ離れた暴挙である。アメリカでさえ30年経てば公開なのに、日本では永遠にロールオーバーすることができてしまう。膨大な国債残高を抱えながらいまだに政治家が公共事業に邁進して、国債のロールオーバーをしているのとダブってしまう。
 ただ、野党ももっと建設的な議論をしないと話にならないと思う。戦争につながるとかそんな理念的な反対ではなく、そういう法案のある国家ではこういう体制になっているとか、現在その法案がないことにより日本政府が行動困難になっていることとか、そういうことをもっと深く論じるべきだった。あと、報道は、その手の論争が盛り上がるよう、もっと背景を掘り下げ、平等で深い情報提供を幅広くしなければいけなかったと思う。今回の愚案については、報道の根幹も問われているものだと思う。

2013/11/26(火)   靴修理

 懸案だった靴修理を試みた。

 背景には高騰する靴代金がある。いくらアウトレットで消耗品として買うとはいえ、月に1足はダメになるからねぇ。かかとのすり減りがすごいんだこれが。レース用はさすがに20000円ぐらいのまともなシューズだけど、これも年に2足は必要。ランニングシューズだけで年間10万円は使っているね。
 それに加えて、4月からスーツ出勤が義務化されたので、革靴を履かなきゃいけない。これがまた減るんだ、靴底が。スーツって毎日着ていると袖のあたりとか切れたりするし、ほんと衣装代にいくらかかるか見当がつかない。革靴の靴底の減りもものすごく、歩いていてかかとが痛くなってくる始末。足底筋膜炎になりかねない。支出が増える一方で、アベノミクスのおかげで収入は激減でしょ。やってられないよ。
 そういうわけで、東京で買ってきた靴修理用品で自前修理することに。とりあえず作業の楽なビジネスシューズからかな。半年でこれだけ減ったことに驚きだけど、減った7mm分をきっちり埋め合わせる。金沢に行って不在の間に乾燥が終わっていて、驚くほど元通り。履き心地が全然違うね。わずか7mmの差とはいえ、一日に14000歩は歩いているから、片足だけで7000歩。異常の原因を取り除くのは復帰のために最低限必要なことである。
 続いてランニングシューズの修理に取り掛かる。っていうか、下駄箱にあるかかとのすり減ったランシューの山に我ながら驚いてしまう。一日二足をめどに、いろんな方法で修繕を試みる。難点は、ビジネスシューズと違って足底が黒ではないこと。赤だったり青だったり緑だったり。しかし、あえて全部、黒で修復することに。難解な構造だけど、それなりに修復した。試算するとランシュー代は年間5万円以上減り、半減しそうだ。まだ断言はできないけど、いい経験になったというか、むしろもっと早く、このことを試みておくべきだった。

2013/11/25(月)   やらかし。。。

 左脚が完全にダメになってしまった。症状のきっかけになった軽井沢ハーフマラソン(5月19日)以降の月間走行距離は以下のとおりである。116.0km(5月)、88.9km(6月)、214.0km(7月)、152.7km(8月)、174.4km(9月)、174.5km(10月)。今月は147.2kmという値。5月と10月にはハーフマラソンの21.1km、7月にはフルマラソンの42.2kmを含んでいる。念のため。
 諏訪時代は月間240km(=諏訪湖1周16km×15日)は走っていて、疲労骨折、シンスプリント、鵞足炎(右脚)、腱鞘炎等も経験してしまったから、昔に比べるとかなり減らしている。走るペースも相当落としているので、歩いているようなものかと思っていたんだけど、そうではなかったみたいだね。
 オーバートレーニング・・・、なのかなぁ。でも左だけ、っていうのがどうもおかしいと思う。物理的な原因はちょっと見当たらない。内科を本格的に受診したほうがいいのかしら。。。

2013/11/24(日)   銀杏の香り

 金沢から一度帰ってきた。珍しい車での外出である。燃費は行きは280kmを14.89リットル、帰りは268kmを14.57リットル。往路は18.8km/リットル、復路は18.4km/リットルという計算になった。往復での違いは位置エネルギーの差か、それともエコドライブを怠ったせいか。復路が往路と同じ燃費だったならば0.3リットルの差だから、50円ぐらい安かったのかな。50円とはいえ、2.5%と考えると馬鹿にならない。ここは要検証かな。
 さて、そこから電車で打って変わって東京へ。あんまり好きな都市じゃないねぇ。まず人ごみがダメなんだ。どうしようもないというもの。
 街を歩いていると銀杏の香りがする。決していい匂いとは言えない香りだけに、鼻をつまみそうになる。東京都のシンボルマーク自体が銀杏なんだけど、なんでこんなものがシンボルになったのかなぁ?などとも思ってしまう。
 用件はさっさと済ませ、退散。決して居たいとは思わないけど、何かをやるには便利。それが自身にとっての東京という都市である。しかしとにかく移動が半端なかった。師走が近づき、文字通り走り回る日々である。

2013/11/23(土)   左右非対称

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 右手と左手は成分や組成等は同じものだけど、重なることはない。こういう一対のものをキラルと呼ぶ。単純なことのようだけど実に奥の深いものであり、野依良治がノーベル賞を取ったのもこれに関連する研究である。
 金沢を走った。勝手が分からないから金沢運動公園の外周を7周ばかり走った。とはいえ、月曜日にも記したとおり、左足に違和感がある。普段はマラソンペースなら1km4分55秒、ジョギングなら1km5分41秒のペースなんだけど、今日はそれらよりはるかに遅い、1kmあたり6分6秒に設定して走った。
 しかしそれでも、走り始めから左足に違和感が。全般的に硬いんだよね。下腿だけに硬い、なんて寒いことはさておき、左だけというのがどうも気に食わない。というより、理論的にありえないように思う。だって、足にかかる衝撃とかは左右で変わらないはずだから。路面が傾いていて左だけ負担がかかるとかなら別だけどね。1時間走る予定だったのに、30分強で引き上げる結果となった。
 それだけではない。左足だけ現在も鵞足炎(5月20日から)。左足だけ腓腹筋痙攣になりやすい。左足のふくらはぎだけなぜかじんましんが出ている(右足には出ていない)。おまけに左足だけ筋肉が全般的に硬い。なぜなのか分からなくて困っているのが正直なところ。まぎれもない事実だけに、いったいどうすればよいのか、ただ途方に暮れている。

2013/11/22(金)   死んだ街並み

 諸般の事情で金沢へ。更新が遅れ申し訳ない、病気ではないので念のため。
 金沢の街をドライブしたけど、カーナビのおかげで便利だねぇ。悩むことがほとんどなくなり、頭を使わなくなった気がする。
 もうひとつ言うと、最近は金沢に限ったことじゃないけど、大型店ばかりで・・・。ヤマダ電機にしまむらにかっぱ寿司に大手コンビニチェーンと、ほんとどこでも同じような風景になってしまって・・・。過去1年に行った中でも秋田、新潟、金沢、静岡、甲府、長崎その他諸々、どこに行ってもほとんど同じ店ばかりで、地域差をいうのを感じなくなってしまった。大店法の規制はやっぱり必要だったんじゃないのかなぁ、と残念に感じる。

2013/11/21(木)   秘密保護法案

 自民党が野党に転落する寸前、首相だった麻生は「民主党が日章旗をひっちゃぶいた」などと批判した。とんでもない行為だとは思うけど、国民にはそんなことより、眼前の生活のほうが大切なんだよね。麻生は当然のごとく、選挙で大敗した。
 しかし、国民が望んでいたことをほとんど実現できなかった民主党は、次の選挙で大敗してしまう。ひも付き予算を減らしたり、少子化対策は給付にするなど、それなりの成果もあったと思うけれど、ほとんどのことは自民政権に戻ると残念ながらすべて廃止された。
 選挙がないと政治は好き放題になるね。消費増税も、選挙が近いうちにあったらできないこと。そのことによって国民の暮らしは大きく変わるわけだから。賃上げなんてほんの一部の出来事であり、自身なんて国策により賃下げに遭っている始末(笑)。スローガンと実態のあまりの乖離ぶりに呆れずにはいられない。
 そんな愚策の消費増税についで、秘密保護法案なんて、また意味の分からない政策をどうしても通すんだ、などと訳の分からないことを言い出した。この法案がなかったから、今までにどういう不都合があったのか。それを通すことによって、どういうことが実現可能になるのか。そういった検証も議論も何もないまま、国会で法案が可決されるというのは日本ならでは、というべきなんだろうね。政府が望めば永久に国民は事実を知ることができなくなる、そういう法案なのに、首相答弁は正反対のことを述べているわけでしょ。晋太郎の遺産を無税で相続したことが露呈したときもそうだったけれど、核心に迫られると早口になり論理が破綻するのは相変わらずだねぇ。こんな日本に誰がした?

2013/11/20(水)   関西弁のだめな関西人

 「注文の多い料理店」。宮沢賢治の代表作である。あれこれ注文をつけられ、結局自分が食べられてしまうという恐怖におびえるというもの。義務教育で取り上げられる代表的な作品で、国語の問題で出された人も多いだろう。
 昨日は東京へ行った。全国○○会議、というやつである。去年までも全国▼▼会議、みたいなのには毎年出ていたけど、今年はあまりにも内容が変わりすぎだね。職種が変わったから当然といえば当然だが、もう何がなんだか、さっぱりわからないというのが正直なところ。田舎者が呑気に発言するんじゃなかったかな?
 しかしもう、ほんと某京都人の発言が全く駄目だった。内容もひどいけど、それに輪をかけてひどいと思ったのは京都弁のイントネーション、加えていえば方言そのものである。内容がなさ過ぎて主催者側に止められたのはもちろんだけど、イントネーションが耳障りな関西人って、って思うかもしれないけど、大阪人は京都弁のイントネーションは普通、大嫌いだからね。
 もっと言えば、ひどいのは方言を全国共通と思って話していること。関西弁は関西でしか通用しない、要するに日本の10分の1でしか理解されない言語だってことを、全く分かっていないんだよね。「しはる」「してはる」といえば関西人なら敬っている気持ちを持っているんだなと思うんだけど、そのことを知らない人間からすればただの意味不明かつ傲慢な発言に他ならない。関西弁が抜けない人も多いんだろうけど、少なくとも敬語に関しては関西弁からは完全に足を洗ったほうが身のためであると思う。敬語のつもりで話しているつもりが、聞き手からすれば正反対になっているからである。

2013/11/19(火)   東京出張

 朝6時に出発、帰宅は終電です。たぶん書くことないだろうね。ということで先に書いておく(笑)

2013/11/18(月)   変

 昨日、全諏訪の優勝を見届けてから長野に戻り、暗くなった夜に南長野運動公園を走り始めた。外周2.3km。昔はどこが走る場所なのかさえ分からなかったけど、今では重宝しているコースのひとつである。
 しかし、何度か来てある程度慣れているとはいえ、日没後は怖いよね。足元がよく見えないし、対向車が来るとライトがまぶしすぎて、ほんと直近まで人影が見えない。それでも予定通り6周プラスアルファ(14.2km)を11.0km/hでというメニューをこなし、引き揚げようとした。
 終わって歩き始めたとき、左足首が変だったのだ。痛いというより、力が入らない印象。うーん。入念にストレッチをしてみたけれど、よくなりそうにない。近隣のゆい六助で食事後に広徳の湯に行って入念にストレッチとマッサージをしたけれど、変なんだよね。
 しょうがないので医者に行ったんだけど、圧痛も疼痛もないこと、症状を発するに至った経緯等から判断して、脳神経外科の紹介状を書かれる始末。外傷がない限りは片麻痺であり、そっちを疑うのが妥当なのだそうな。まさか整形外科に行って脳神経外科を紹介されるとは思っていなかったので驚いたのだった。大事(おおごと)でなければいいんだけど。。。

2013/11/17(日)   大逆転優勝

 昨日、さらっと8分6秒差と書いたけど、22秒差で涙をのんだ前回大会ですら、初日は6分18秒の差だった。そこからさらに2分の差ってのはやっぱり大きいよね。おまけに、新聞にはさらりと「前回2位の全諏訪はブレーキ区間があって5位と出遅れた。」などと書かれる始末(笑)
 いや、でも笑い話で済んで本当に良かったと思う。当の本人は非常に苦しかったと思うしね。「生きた心地のしない2日間でした。今までの人生で1番苦しかった。」彼の苦しさを笑い話に変えてしまったチームメイトにただただ感謝だね。お世話になっているN主任も踏ん張ってくれました。
 逆転が絶望的だと思うのも無理はない。初日は12区間119kmなのに対し、2日目は10区間98.5kmなのだから。最終日は実業団現役の塩川さんという秘密兵器があるにせよ、さすがに一人だけで8分も詰められるわけはないからね。自身だって、さすがに今年は苦しいな、と思っていたのだった。
 しかし、ほんと駅伝っていいものだね。なんだかすごく勇気をもらった気がします。主将が区間賞、次も連続区間賞と追い上げ、19区の女性区間と20区の中学生のリレー区間が見せ場だったかな。ちょうどトップに並んでたすきをつないで、もしかしたら一日目の分を取り返せるかも?と思ったもの。最後は笑顔で終われて、本当によい週末だったね。

(引用元、信濃毎日新聞社、Facebook記事等)
http://www.shinmai.co.jp/news/20131117/KT131116ATI090007000.php
http://www.shinmai.co.jp/ekiden/pdf/2013/gogai.pdf

2013/11/16(土)   駅伝応援

 県縦断駅伝の一日目が行われた。
 目的は全諏訪チームの応援だったはずなんだけど、1区に知人が出ていたので、その応援に・・・(笑)
 しかしこんな歴史ある大会で1区走れるなんてすごいよなぁ。。。ほんとそう思う。1km3分を切っている選手もいるし、速いのが純粋にうらやましいと思う。
 全諏訪チームは5位でのフィニッシュとなった。トップである上田東御小県とは8分6秒の差。絶望的な差にも見えるけど、何が起こるかは最後まで分からないよね。

2013/11/15(金)   懐かしい

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 今でもたまにゲーセンに行くけど、プレイするのはレトロゲームだけである。というより、最新のゲームのことがさっぱりわからない。情報収集していないから当然なんだけど、やりたいとも思わない。豪華かつ綺麗にはなったんだけど、昔のゲームのほうがよく練られていたと思うしね。容量に制限がある分、処理落ちなども多かったけど、本当に必要なものだけを詰め込んでいたような印象である。
 いろいろと古いものを見ていた。このコンコースとか、ほんと懐かしいなぁ、と思う。あとは歴史の教科書にあった南海難波の古い1階コンコースも懐かしい。エスカレーターは1階から見ると左に3つ、右に2つの5つあったのに、もはや4つになって久しいものね。それだけ旅客が減ったということだろうか。
 長野市で飲んでいた。いっぱい飲んだってよりは、たしなんだ、って程度かな(生3杯)。いろいろと自身の頭を整理しながら、もっとよく頭を練って、さらに詰め込むべく努力しないといけないな、そう感じたのだった。決して、思うがままになんでも詰め込める頭ではないのである。そこのところを勝手に勘違いしている人も多いんだけどね。

2013/11/14(木)   相撲

 奇数月は相撲の月。もっとも、自身の興味の及ぶ領域ではなく、「八百長?あああるかも?」「横綱大関に日本人がいない?そうなの?」「遠藤?誰それ?」そんな感じである。
 横綱審議委員会ってのがまずよくわからない。品格を審査するとか言って、実際にこの委員会から物言いがついたこともあるけれど、品格ってどうやって数値化するの?明確な基準がなければ、ただの好き嫌い、裁量である。小錦がどうやっても横綱になれないのは人種差別のせいだ、って言い放った気持ちもわかる。
 そもそも、横綱や大関になるための基準がいい加減なものであってよくわからない。2場所連続優勝またはそれに準ずる成績、って言ったって、じゃあ準ずる成績って何なの?といつも思う。理論上は8勝7敗で優勝することも可能なわけであり、優勝決定戦で敗れた力士は優勝に準ずるとして扱われるの?と思うんだけど、どうだろう。
 日本独特の文化の数少ないものではあるけれど、今後の隆盛はどうだろうね。あまり輝かしいものになるようには思えないんだけど、気のせいだろうか。

2013/11/13(水)   初雪

 寒い。一気に冷え込んだ印象があるね。昨夜から雪が降っていて、これは積もるんだろうな〜、なんて思いながら布団で横になっていた。
 朝になって窓の外を見てみたが、雪は積もっていなかった。ちょっと予想外だったけど、冷え込んだのは予想通り。朝は1℃。諏訪より暖かいはずなんだけど、さすがにびっくりだね。とりあえず電車の運行状況を確認したが、遅延の情報はない。どうするかね。
 悩んだけど、電車の遅延が怖かったので、割高だけどバスで通勤することに。バス停まで歩いたが、発車時刻を過ぎているのにバスがいない。始発なので、いってしまったってことはないだろう。ほかの通勤客も待っているし。こんなことなら電車にするべきだったかなと思った。
 どうも渋滞のせいで車庫からの到着が遅れたそうで、1分遅れで発車した。しかし、道路の渋滞がとにかく半端なく、ダイヤより20分以上遅れて勤務先に着いたのだった。遅刻にはならなかったけど、ほんと冷や汗ものだね。通勤時間が読めないのは困ったものである。

2013/11/12(火)   正面突破

 困っているときは困っていると正直に言うのが一番良い。言わなければ伝わらないわけだから。伝わらなければどうしようもないわけで、察してもらえるなんて言うのは甘えに過ぎない。一番嫌いなのは「守ってもらえる」と思っているパターンの人間である。まあ、だまされる男も男だと思うけどね(笑
 どんなときでも正面突破するのが一番いいと思っている。真正面から直球を投げ込まれるほうがいい印象を抱けるし、ダメなときでも後腐れなく終われるしね。変に策謀を練ってうんぬん、なんてのは自身の好きなパターンではない。
 中学や高校の将棋の大会だと、団体戦では強い順に大将から配置していく。将棋でなく、剣道や柔道など、スポーツなどでも同じだと思うけど。ところが、これが大学や社会人になってくると、なぜか「誰を大将にするかも作戦の一つです」になってしまう。勝利のために戦っているのは年齢によって違うというわけでもあるまいし、なんだか奇異な印象しかしない。
 しかし、一番強い人を五将にして1−4で敗退して終わるより、普通に強い順に並べて0−5で敗れたほうが、まだ悔いは少ないと思うんだけど、どうだろう。どうも自身には、年齢とともに身についてくるらしい陰湿な考え方が許容できないようである。

2013/11/11(月)   芯の強い人

 一週間にわたる駄作を書いたけれど、もっとも大きな問題の一つは「自身の主張を他人が素直に認めない」ことに尽きる。と言っても、「俺は天才だー!!」とか「カネを寄越せ」とか、そんな主張はしたことはなく、ほとんどは「俺麻雀弱ぇなぁ」とかの自虐的に思えるものなんだけど(笑
 自分自身が芯の強い人だと思ったことはないんだけど、周囲から見るとそうでもないみたいだね。ただ、彼女にするのなら芯の強い人じゃないと無理だろうなと思う。もうがっちがち。ガチであれより芯の強い奴はおらんやろと思ってた。こんな話をしていると第八話になってしまうので早々に切り上げる。
 自身は芯は強くないけど、どういう状態において何をすればよいか、ってことはよくわかるんだよね。いのちの電話で聞き手をやっていればわかると思うけど、相手はほとんどの場合、必要以上そして実態以上に圧迫されているように感じている。実際にはそんなことはなく、心理的なものがほとんどなので、それをうまく取り除く術を考えればよいのである。
 他人が困ったときにはそうやって適切に対処するけれど、じゃ自身が困ったらどうするのか。答えは簡単、こういう理由でこういう風に困っている、そのことを臆面もなく、率直に伝えればよいのである。でも、巷にはプライドの高い人が多いんだよねぇ。素直になれなくてミスる。あと、背負い込む人もいるんだよねぇ。切り出せなくてミスる。そんな風になっちゃダメ。うまく自己表現をするのもその人自身のためになることである。今回の駄作も自身のためになるものであり、それ以外の何でもない。

2013/11/10(日)   永遠の謎(7・完)

 関ヶ原の戦いが終わって、悩む徳川家康は伊達政宗に豊臣家の扱いについて問うた。3つのうちどれがよいかと訊いたが、政宗に「それがしには2つしか思い浮かばぬ」と回答される。二人はとりつぶしと縮小については見解を同じくしていたけど、家康はさらに、豊臣家を公家として残す選択肢を考えていたのである。大名を公家にするのだから荒業であり、果たして実現できたかどうかは定かではないが、大阪城と兵士を取り上げる必要があったから、意外と最有力の選択肢だったかもしれない。公家化が実現していれば大阪の役だって起こらなかっただろうしね。
 さて、自身の選択肢である。ひとつめは、なかったことにしてしまうこと。さて、これはどうだろう。将棋棋士の高島弘光は、タイトル挑戦者決定戦において、最後の勝ちの局面において凡ミスをしてしまった。打った歩を成り捨ててもとの道(局面)に戻れば変わらず勝ちであったことを高島は知っていたにもかかわらず、別の手を指し敗れてしまった。「棋譜は永遠に残るもの。恥ずかしい棋譜は残せん。」筋を通して生きる、高島らしい美学だった。
 ふたつめは、、永遠の謎にしてしまうこと。しかしこれは、自身の人生を振り返ったときには大きな汚点であるように思えて仕方がない。そうではないかもしれないけれど、やってみて駄目でしたぁ、じゃ話にならない。あと、意外と永遠の謎にするということは、それだけで大きなハンデなのであり、今後の難問に関しては延々と自己解決し続けなければならない。それは自業自得かもしれないけれど、考えるときついものがある。きついけれど、完璧にこなせる自信も能力も持っているから、そこはまだ救いかな。
 さて、これはなかなか思いつかなかったことなんだけど、一週間このことを書いてきて、もうひとつ、こんなことが実際に可能なのかどうか分からないけど、永遠の謎を解いてしまう。こういう選択肢も、実はあるのかもしれない。とんでもない難問であり、到底自身では不可能なことかもしれないけれど、いろいろと考えると捨てがたい選択肢であるな、と再評価するようになった。ひとつの懸念を除いて、ほぼすべてが解決するので、難易度こそ半端ないものの、やる価値は大いにあると思っている。

 一週間、こんなことを考えてきた。ああでもないこうでもない。疲れてぐでーっとなってしまう。テーブルの上にあごをチョコンと乗せて目を見開く、あのポーズを真似してみたりした。
「ま〜〜たむつかしいこと考えてんのね〜 意味ないのに〜」
 懐かしい笑顔がよぎる。人生、なるようになる。そう考えるしかないか。

2013/11/09(土)   かすかに(6)

 前回の終わりを見て「かすかかよ!」「かすかになったのかよ!」などと散々に言われる始末である。それほどまでに自身の自殺願望は有名なのか(笑)。結婚願望はなくても自殺願望はある、それが自身を象徴する言葉なのだから。
 しかし、自身の書いていることを無条件に正しいと思ってほしいと書いた。そのとおりであり、本当にかすかである。かすかに持っていることでさえ問題かもしれないが、まずその選択肢を取ることがありえないと思う。仮に自身が死んだとて、そのことが何を生み出すのかということを冷静に考えると、生産的なものは何も生み出さないからだ。生産的なことが何よりも大切な自身にとっては、非生産的な行為は耐え難いものである。来世であの子と結ばれたい、などとは文学的には思っても、現実的に言えば来世の存在そのものを信じていないのだもの。
 砂時計をじっと見ていると、最後のほうに砂が落ちていくのがすべて目で追えるような気分になる。蚊の動きが止まって見える、なんてのにも近いかもしれない。なんというか、この世のことがすべてわかったような気分になるんだよね。実際にはそんなことはあるはずないのだが、とにかく、世の中がつまらないのである。自身の自殺願望というのは端的にその裏返しに過ぎない。とくに日本に住んでいると、閉鎖的な日本の社会環境にはとにかく絶望的な気持ちにさせられる。何も感じない日本人の多さが、その絶望さに拍車をかける。
 しかし海外で住むとなるといろいろと問題がある。言語や仕事等の問題ではなく、肉親との距離感の問題である。なにせこれが遠いんだ。急用が一度起こると10日間の休みと百万円の費用がかかる。もう一つは、海外だとさすがに一人で暮らすのには問題がある、ということである。身寄りがなければ、ぶっ倒れてしまったときに死ぬしかないものね。相手をどうにか見つけてこないといけない。これもまた、一筋縄ではいかない問題である。連れていくのが一番良い答えなのだろうけど、果たしてそういう人間がいるんだろうか。いろいろと考えているうちに、縁もゆかりもない長野に来てもう6年になってしまった。時が経つのは実に早いものだね。気づけば、自身がまともな人生を送ることができる確率もかすかなものになってしまったように感じている。

2013/11/08(金)   内面と外面(5)

 精神と肉体ってどこまで分離してよいものか、よくわからない。自身としては知的能力まで含めて肉体なんだけど、そう思う人は少数派なのだろうか。そもそも、そういう分類をするのであれば精神と頭脳と肉体ではないか、そう言われるかもしれない。そういう人たちは、頭脳と肉体を便宜的に一体的に考えてもらえればいいと思う。漫画などでよくある、からだ(肉体)だけを乗っ取られた、というシチュエーションに、頭脳まで操られているというのが加わったようなものである。
 そういう漫画のようなシチュエーションで、自身が他人を乗っ取ったとしたら、いったいどんな風に感じるんだろうね。きっと新鮮なことに違いはないけど、物足りなさも同時に感じているような気がしている。自身の身体能力は今でこそマラソンとテニスぐらいしかできないぐらいだけど、昔は意外とあり、大学入学時に行われた体力テストで3クラス合算(約150人)でトップクラスだった。高校のころは腹筋と腕立て伏せを各150回ずつ毎日やっていたからね。高校2年のころ、サッカーの授業では得点王だった。肉体面のみならず学問的な意味の頭脳面でも、他人の中に入ったら物足りなさを感じると思う。
 たまに自身にあこがれるという奇特な人がいるけれど、なかなか大変なことだと思うのは気のせいなのだろうか。どんなに能力があっても、使いこなせないと意味がない。変な感情ばかりこみあげ、肉体も頭脳も制御することさえままならないと思う。乗っ取ったことで逆に病気になってしまうような、免疫学的な拒絶反応のようなことが起こることは想像に難くない。
 小説などの世界では、政治家や弁護士、医師等、えらい人たちと言われている人たちの子供が登場して、「あの人のお子様を務めるのって結構大変なんだぞ」なんていうふうにあっさりと流されるんだけど、自身も同じようなものだよね。少なくとも巷にありふれてはいない存在であり、自分自身を操作することは極めて困難かつ複雑であり、他人には絶対にできないことだと思っている。内面も知らないであこがれられても迷惑なのだけど、そういう人たちにとっては小説と同様、非日常だから好き勝手なことが言えるわけであり、できれば自身だって全とっかえしたいと思っている(笑)。まあそんな希望はかなうはずもなく、かすかに自殺願望として残っている。

2013/11/07(木)   必要なもの(4)

 男には女たらしというべき人がいる。異性を口説くことが楽しみである人たちだ。それとは逆の人というか、結婚だけ好きな人っているのか、と言われると、やはりいないんだよね。結婚したら離婚しないといけないわけで、民法の縛り等もある。バツの回数も増えればさすがに障害になってくる。日本で最多のバツ持ちがいくつあるのかは分からないけれど、10も持っている人っていなさそうだな、と漫然と感じる。甘いかな?世の中にはもっと強者がいるかもしれない。
 同じ人と長い間交際したことのある人なら分かると思うけれど、恋愛するために必要なものと、結婚してから必要なものはまるで異なるものである。たとえばデートのときに乗せてもらえる外車が楽しみ、という人がいたとして、結婚したらそんなものは逆にデメリットになるだけだからだ。実生活になるとお金がかかる。際限ないお金持ちで出費等を気にする必要がないのであれば別だけど、世間ではなかなかそうはいかないよね。
 自身ははっきり言って、恋愛に必要なものは何一つ持っていなくて、結婚後に必要なものはほぼすべて備えている人間だった。だから、まっとうに恋愛して、というコースが取れないんだろうな、と思う。異性との関係がいきなり同棲から始まる人なんて世の中で実に少ないんじゃないかと思う。でも、そうでもなければ自身はその(異性との)道に入ることも難しかったんじゃないかな、と思うのである。最初の人と短い期間で別れたのも当然の話で、向こうは自身の心理を全く理解できなかったと思う。
 よくも悪くも、一緒に行動し始めたり、一緒に住んでみ始めたりすると神秘のベールに纏われた相手が少しずつ見えてくるのである。それで幻滅することもあれば、さらに引き寄せられたりすることもあったりする・・・のかな?いきなりベールの最深部にまで突っ込んでくるなんてケースはどのみちそんなにないと思うし、説明しても理解を得ることは難しいと思っているけれど、何年経っても最初のころと同じような関係をずっと維持できたのは異性との関係ではなかなかない、ありがたい経験だったのではないかと思っている。

2013/11/06(水)   たった一度(3)

 昨日、頭がいいんだなぁ、ということ「だけ」は、自他ともに認めること、と書いたんだけど、そのことは、ほかのことに関しては自他ともに認められるものは何一つないということの裏返しでもある。もっとも、だからこそ、こんなシリーズものを書かなければいけなくなっているのである。今後、自身をよく知る人ほど理解できない内容が出てくると思うけれど、自身の書いた内容が無条件に正しいと思ってほしい。
 自身は頭はよかったけど、一般的な常識はなかった。世間では一般的にどういうふうに行われているとか、どういう傾向があるとか、そういうことにさっぱり興味がなかった。だから、最初に付き合った人ともすぐに別れた。今思えば惜しいことをしたなと思うけど、本当に惜しい人だったということに気づいたのは別れてから何年も経ってからだった。そのころ、自身はそのとき、本当に大切な人を亡くしてしまったのだった。
 ともあれ、二番目に付き合った人とは、本当に付き合うなんて思ったことがなかった。ただ、バイト先で知り合い、家出して自宅に押し寄せてきただけで、相手にもその気はなかったと思うし、もちろん自身にもそんな気持ちはなかった。ただ、女性によくあるタイプである、すり寄ってきてベタベタするタイプではなく、かと言って内気で外部に頼りまくるタイプでもなく、本当に真正面から直球勝負をしてくるのが好印象だった。どんなときでも明るく、誰彼かまわず話しかけすぐに仲良くなるのを見ていると、とても自身にはない能力であり、うらやましく思ったのは事実である。遠くないうちに、どっぷりと相互、離れられない関係になっていった。
 しかし、本当に天真爛漫というか、表裏が全くない、まさにどんな男性よりも男気のある、竹を真っ二つに割ったような性格だった。趣味そのものも極めて男性的なものが多かったし、頭の中で相手のことを女性だと思わなくて済んだのもよかったのだと思っている。いまだに未婚の自身だが、好みのタイプはいないの?と聞かれると答えに窮してしまう。率直に答えるなら「ちさのようなタイプ」なんだけど、その回答に理解も共感も得られないから、常に無言である。たぶん、死別の人にしか分からないんだろうな、と思うので、自身も理解を得ないようにしている。これは今でもそうであり、そういう人が現れたらピーンと来るんだろうけど、まあまず無理な話であろう。それほどまでに印象的な出会いがあったということだけでもう満足である。AKB48のヘビーローテーションみたいだけどね。

2013/11/05(火)   頭の良さ(2)

 唐突だけど、自身って頭いいんだなぁ、と思う。なんだそれ!?と言われるかも知れないけど、自身のことについて、このことだけは多分自他ともに認めることなんだよね。もっとも、頭がいいということの定義をしなければいけないので、突っ込んだ話にするには若干補足が必要になるかもしれない。
 頭がいいってのは一言でいえば、生きていくために必要なものを全部有しているということに他ならない。自然なタイミングで必要なものが必要に応じて出てくる。そういうふうなことができない人を数知れず見ているから、他人を見ていると非常に不器用に感じるんだよね。しかも自身にその能力が備わったのはいつかは分からないけど、おそらく10代半ばのころには持っていたと思う。かと言って、先天的なものではないから、現代の教育現場に関する報道なんかよりよほど凄惨ないじめに遭っていたのかもしれない。人格形成については幼少期の話が欠かせないのだが、その部分についてはいまだに触れることができないので割愛させていただく。
 そんなわけで、大学に入った当初から、そういう目線で見られていたと思っている。もっとも、20前後の人間が多く、ほとんどの人は遊ぶことを第一に考えていた世界だから、そういうことに気づく人のほうがレアだったんだろうな、と思う。最初に付き合った人は、そういうレアな人だった。大学そのものが世間的に認知度の高い大学だったこともあるし、ほんと自身は学歴コンプレックスとか知的コンプレックスを抱いたことは一度もないのである。そんな中で、自身は周囲の人たちに恵まれたほう・・・なのかもしれない。断定はできないけど、悪いことばかりではなかったのは事実だと思う。
 もっとも、だからと言ってそのことを自慢にしているか、と言われると、決してそうではないのである。むしろ正反対であり、教育予算だけはふんだんに取っていくけど、決して優秀な学生を輩出しているとは思えないところに疑念を感じていて、大学に残って研究を続けるというような選択肢は全くなかった。日本は韓国に並ぶ学歴主義なんだけど、学者の地位って驚くほど低いんだよね。学生のレベルも決して自身には高いとは思えず、ただ学生の数だけは多いから、レベルの高い人もいれば低い人もいる、そんな印象を抱いていた。加えていえば、官僚になる気など皆無だった。もっとも、自身とてほかの大学に通ったことはないので、ほかの大学に通っていれば全く違う価値観が構築されていたかもしれないけどね。

2013/11/04(月)   いろいろと思うこと(1)

 最近アクセス数が減ったと思う。昔はそれこそ、なんで何の宣伝もしていないのにこんなにアクセスがあるんだと思わされるページだった。特にネット黎明期なんてサイトそのものがそんなになかったから、日本の中でも五指に入るぐらいなんじゃないか?と勘違いするほどのものだったかもしれない。私生活にも変な影響が出て大変だったなぁ、と思う。
 そんな過去があるから、アクセス数を減らすためにいろいろと悪戦苦闘したものだ。減っては増え、減っては増えを繰り返して来たけれど、やっといいところで落ち着いたなぁ、というのが正直な印象。アクセス数が多くても、宣伝に使わないサイトなんだし、何一つメリットがない。何度も書いているけど、アクセス数が多いというのは害である。ここに載せている情報なんて、ダウンロードしてキャッシュで使ってもらえばいいと思っているんだから。
 ほかにもいろんな過去があるけど、敢えて触れていないという印象。もっとも、知っている人はちゃんと知っているし、全部のことは知らなくても部分的に知っている人はそういう話題を避けてくれるので助かっている。ほんとは甘えてはいけない部分ではあるんだろうけど、自身だって心理的にきついから、どうしようもないんだよね。それでも最近はかなり割り切れるようになったかな、と思う。もっとも、その箇所で割り切れても、ほかの箇所で割り切れないことが増えてきていて、意味がないようにも感じる日々である(笑)。
 幸いなことにアクセス数もめっきり減ったので、1週間ほど好き勝手に書いてみようかと思っている。書いて気が楽になるならそれでよし、そうはならなくても、断片的に情報を知る人が増えるだけでもいいような気がする。太陽の紋章の入手方法や邪心の像の使い方がほぼノーヒントだったファミコン版ドラクエ2が、リメイクされてスーパーファミコン版となりいくぶん(?)難易度が下がったように、ほかの人が自身のことを理解するのに役立つかもしれないしね。

2013/11/03(日)   へんなふいんき(なぜか変換できない)

 ほんと、どうしようもない金曜日だったなぁ・・・そんな気持ちを新たにしたいんだけど、なんかうまく切り替えられないんだよね。新たなことに試みたらいいことがあるだろうか。
 新たなことはできるかもしれないけど、新しいことは苦手なんだよね。厳密に言えば、「あらた」を「あたら」と読み間違える人が多かったから、「新しい」なんて単語が生まれてしまった。本当なら「あらたし(い)」のはずなんだけどね。
 山茶花なんてひどい話だと思う。茶会(さかい)、小林一茶(こばやしいっさ)と呼ばれるように、茶=さ、である。「さん+ざ+か」でさんざかであったはずなのに、皆が「さざんか」と呼ぶから名前が変わってしまった。デツゾウがねつぞうに捏造されたように、ひどいもんだね。
 学力テストに出されると、雰囲気の読み仮名を「ふいんき」と書く子が5割を超えたという。それだけ多くの生徒が間違えるということは、ある意味そちらが正しいんじゃないか?そんな気にもなる。すごいおいしい、すごくおいしい。後者のほうが正しいという気はするけど、あんまり厳密なことを言う雰囲気じゃないよなぁ。

2013/11/02(土)   しなの26号

 実にくだらぬ会議ののち、最終のしなので実家に帰ったのだった。しなの24号との落差がすごい・・・。指定席取ってて、自由席はさすがに満席だったけど、指定席の空席率は50%以上だったね。あと恐れるのは遅延のみ、というところ。
 順調に塩尻まで来たのだが、なんか嫌な予感が。。。「遅れておりますあずさ号との接続を取りますので、しばらく停車します。」いやぁぁぁぁ!!!!定刻どおり動かないと帰れなくなるっちゅーの!!遅れて発車しはじめ、さすがにアナウンスが流れた。「新幹線で新大阪方面にお乗り換えの方はお申し出ください」。
 何人かの乗客が車掌に乗車券を渡している。自身も渡そうかと思ったが、あいにく名古屋=岐阜、岐阜=京都、京都=大阪の分割回数券である。回数券を見せたら「最終目的地はどこですか?」と聞かれた。どこって答えるのがいいのかと思いつつ、「日根野」と答えた。「ひねの?ですか?」と言われたので、もう一度「日根野」と言った。
 その後、車掌が預かった乗車券を返しながら、接続について返答していたが、自身の問いは完全に無視されてしまった(苦笑)。まあ、間に合うことは分かり切っていたんだけどね。結局新幹線のほうが待つというレアな事態に遭遇したが、結局N700系のため、新大阪到着時にはほぼ回復していた。しかし、新快速姫路行きに乗れず、結局いろいろと不都合な事態に。。。まあ帰れたからよしとするか。

2013/11/01(金)   意味不明?な会議

 なんとも不毛な会議だった。頭の不自由な人ってああなのかしら・・・。高慢と言われそうだけど、そんな印象以外の何物でもなかった。
 生産的なことが好きである。その次に、建設的なことが好きである。その自身にとって、不毛な論争につきあうことは全く本意ではなかったので、何一つ発言しないつもりだった。ふられたから一言だけ発言したけれど、本意ではなかったな。前回の会議が建設的であっただけに、失望感はより一層のものだった。

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