せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2012/01/31(火)   人生の価値

 学生のころ、本当に話せる人というのは2〜3人しかいなかった。そのうちのひとり、Gさんとこんな会話をしたのだった。「いや〜〜、せっきーさん、これからはアフリカで農業の時代ですよ」。そんなGさんは歯科医の息子、いわゆるぼんぼんであったのだが、今はケニアで農業をしている。ちなみに当時のGさんは21歳で、自身は20歳であった。

 アラブの春と言われた地殻変動から数カ月が過ぎた。就職活動が始まっており、リクルートスーツに身を包んだ若い子を見る機会が増えた。3月末に向けて春闘も始まった。大企業ではベア論外というのが主流だそうだが、利益を上げられなくなっているのだったらまずは経営陣の報酬から削るべきだし、責任を取って辞任するべきもの。やるべきことをなにもせず、賃金だけをカット。その時点で変である。
 リクルートスーツを来た若者たちは、いったい将来設計をどう描いているのだろうか。去年は原発事故という大きな事故があったものの、東電を辞退した学生はゼロであったという。今年も東電や電力会社を志望する学生というのは多いのだろうか。東電ではないにしても、彼らはほかの業種・企業を少なくとも志望しているわけである。いったい何を基準に選んでいるのだろう。景況感の悪い昨今、大企業偏重の様相をあいも変わらず見せているようである。もっとも、「将来は なにになりたい? 正社員」という川柳が入選するほどなので、正社員であれば何でもいいのかもしれない。
 自身が面接官だったら、こういう質問は絶対にするだろうね。「お金を稼ぎたいのなら金融工学か原子力工学でも勉強したほうがいいと思うんですが、それでもなお当社を志望するのはなぜですか?」と。若者たちが暗記するほど読みなおしている面接本のたぐいを読んだら圧迫質問とか、変化球とか書かれていそうだけれど(読んだことがないので知らないのが実情)、個人的にはこれはど真ん中の直球である。このホームランボールを打てない学生は絶対に採用しない。
 おそらく、若手の答えはそうだ。御社は安定している、成長している、ブランド感がある。うんぬん。あーもうダメダメ。全部却下。採用したい学生が誰ひとり残らないという事態にもなりかねない。あまりの惨事に自身の質問の仕方が悪いのかと悩み、禿げてしまうかもしれない。確かに大企業は待遇はいいかもしれない。東電もそうだし、もちろん他の電力会社、新聞社、広告業など、アホみたいな高給の会社というのはあるからね。
 でも、本当にお金を稼ぎたいのなら、絶対に金融工学を必死で勉強したほうがいいと思う。人間関係とか面倒くさい苦労を何一つすることなく、それこそ年に1億、10億なんてレベルで稼げるようになるのは必定だから(金融工学のことを大嫌いな自身は趣味レベルではやっても、本業には絶対しない)。大企業に入るのと中小企業に入るとの差なんて、それに比べれば誤差の範囲でしかない。
 その金融工学にはリスクヘッジという言葉がある。リスクを減らすために何らかのことをしておくことを指すのだけれど、金融工学そのものが立ちいかなくなってしまったら一体どうなるのだろう。もっと具体的に言えば、世界の金融システムが機能しなくなったら、いったいどうなってしまうのだろう。
 今の世界、なんでこんなにおかしいのか、という問いにはいろんな答えがあると思う。その答えのうちの一つはこれである。「全く汗を流さない人間が搾取しすぎている」からである。日本では派遣労働の拡充がその傾向に拍車をかけた。アメリカではゴールドマンがサブプライム問題で過去最高の利益を上げた。そして今では、ギリシャやポルトガルなどの破綻に会社を賭けている。一企業が一国家を転覆させる。異常と言わざるを得ない事態。TPPにもし日本が参加すれば、ベトナムなどでそうなったように、日本の農業というのはアメリカのモンサントという会社に完全に破壊されてしまうに決まっている。
 本当のリスクヘッジというのは何だろう。金融システムが立ちいかなくなってしまったら、金融業とか広告業とか新聞社とか電力会社とか、ほかにもいっぱいあるけれど、マージンビジネスというものが立ちいかなくなる可能性もあるわけである。そういう激動の世界を生き抜いていくためには、第一次産業か第二次産業に就いていなければならない。価値のあるモノを作れなければ生き残れないのだから。サービス業なんてクソの役にも立たない世界になる。
 個人的には、きちんとしたモノを作る仕事に就く、ということが人生における最大のリスクヘッジである。だからいま、こういう仕事をしているのである。電通だったら今ごろ年2000万貰ってるのに、とか言われても、そんなものは万が一のときに何の役にも立たない。「ヘボ将棋、王より飛車をかわいがり」という将棋の有名な落語(川柳)でもくれてやりたいぐらいである。本当は第一次産業に就くべきなのだけど、専門的な理由から第二次産業に従事している。もちろん、農家や鉱業の方々に深い敬意を示している。
 もっと極端なことを言えば、別に住むべき国は日本でなくてもいいのである。それこそ人生は選択なのだ。日本に住むというのもチョイスだし、日本以外を選ぶというのもチョイスである。しかし、その国で第二次産業があるかどうかというのはまた別問題だからねぇ。世界中に2カ国だけ、第二次産業がほとんどない先進国というのがあるのである。それさえクリアされていればもう日本人ではなくなっているに決まっているだろうね。

2012/01/30(月)   新居

 昨日、知人の家を訪ねた。大阪の中心部にあって非常に広い家である。どうみてもこんなに必要ないと思うのだが。プラグマティックな自身としては、まあ絶対にありえない選択肢。自身がその境遇だったなら、国分か香芝(五位堂)あたりに住んでいることは必定だから。いや、大和八木とか、榛原という選択肢だって、普通にあるかもしれない。
 なにせ、近鉄の定期の割引率は異常なのである。通学定期なんて、回数券より安いものね。おまけにストは絶対にない(アーバンライナーを除く)。そんな境遇だったら、大阪のハートに住む必要性など全くないもの。もちろん出張が多いとかで、やむなくそうしたのかもしれないけれど、いくらなんでも家賃が違いすぎる。
 そんな自身も1月1日に昇進し、宿舎から追い出されることになった。いろいろ探すにしても大変だった。県内に保証人が誰一人いない。その時点で、物件30件以上見た中で25件は却下。数少ない選択肢からなんとか一つに決めたものの、割り増しの保証料とか半年分の家賃前納など、かなり足元を見られた契約になったのは事実である。賃料も、相場より高いかもしれないし、なにせ毎月の支払に手数料がかかるというのがあり得ない。
 そうは言っても面積は3倍になった。引っ越しに当たって不要な荷物はすべて処分したため、部屋は3倍、荷物は3分の1という様相である。そんなわけか、とにかくなにもかもがらんどうの世界。まさに何もない世界がそこにある、といった印象だろうか。1部屋は全く使わず、天然冷蔵庫と化しているほどである(笑)

2012/01/29(日)   違う

 昔、親睦会のことを書いた。こんな親睦会に金を払い続けることなど実にあほらしい。そう書くだけなら普通であるが、言う書くのみならず、本当に親睦会から脱退してしまったのだった。職場の60年以上の歴史の中で、異動・退職以外での脱退は初めてということであった。しかし、所詮そんなものは自身には関係のない話であり、間違っているものには間違っていると言わざるを得ないのである。
 そもそも、盛り上げたいと思うのは普通にしても、そのためには予算が必要である、という考えになる理由が自身には全く理解できない。別に予算を使わなくても盛り上げる工夫というのはいっぱいあるわけで、金を使って商品を分配すれば盛り上がる、というのが極めて特殊な個体に依存した考え方だと思う。ビンゴをやるにしてもせっかくなんだからビンゴ番号の代わりに会員の名前を書いた会員ビンゴにしたらどうですか?なんてことなども言ったものの、合理的な理由もないのにすべて却下。75番までのビンゴなんて使ったらプロの司会でも30分以上かかるに決まっているでしょ。。。
 理系の研究に予算が必要、というのも残念ながら、古い考え方なんじゃないのかなぁ?と思う。それこそ東電とか経産省とかに頭を下げて、思ってもいないことばかり言い続けて予算を集めて設備を入れて、なんてしているところもあるけれど、自身の研究なんて毎年10万円未満。それでいて、ちゃんとした論文を毎年一本書いているのである。なければないなりにやり方があるのだ。研究をするために金が必要、という考え方を持っているというだけで、この人なんだかな・・・???と思ってしまうのである。
 文系の先生とお話をする機会に恵まれた。なにせ、このためだけに帰省したのだから。理系の人と話しているときでも自身はほかの人たちとの共通項が少ないな・・・と思うのだが、今日はそれに輪をかけて「うっわ、原点が違いすぎる・・・」と思ったのだった。それは当然のことではあるにせよ、新鮮と言う部分もあったし、ショックな部分もあったのは事実である。別に相手の考え方が自身と違うからと言ってそれを受容しないようなことはしないし、逆に自身の考えを強制させるようなこともしないのだけどね。百人百様、違ったままでいいと思う。

2012/01/28(土)   個人的なこと

 基本、人物が映っている写真は載せないことにしている。自身のようなぶ男を載せても読者の吐き気を催すだけであるし、ほかの人の画像を載せるというのも変である。どういう関係なの?ということになるのは必定だから。
 昨日は熟慮に関する記事だった。それこそ、ネット上に個人情報をばんばん載せる人というのは考慮が足りないと思う。例えば、今でも「誰かがあなたと同期だったと言っています」とかいうフィードが流されているけれど、正直言って大きなお世話という印象しかない。実名記事など論外で、年齢も誕生日も非公開。どこで育ってどこに住もうが、そんなことは第三者に伝えたい情報ではないのだもの。
 なにしろネットの世界に住んで17年にもなる自身はその怖さを身にしみて知っている。脅迫、恐喝みたいなことも受けたし、サーバー攻撃をされたこともある。挙句の果ては自宅のポストに大量の吸い殻が捨てられ、ボヤ騒ぎになったことさえある。それだけではない。同時期からネットを使っているユーザーはかなりいたけれど、今でも同じように活動している人というのは皆無である。それぞれの事情があるにせよ、ネットに関わり続けたままであると、よほど心理的に敢然としていない限り病気か何かになると思う。
 AKBのメンバーが二人、突然脱退することになった。一期生の舞台は自身が見に行ったこともあるのだけど(意外?)。その原因がネットの情報をつなぎ合わせたことによる、男女関係の写真の流出にあるというのだが、ほかにも酒場での写真も漏れているし、なぜか二人の親や彼氏の名前や住所、職業、出自までもが流出している。ネットと言うのはそれほどにまで怖い世界なのであるということを、最近のユーザーというのは全く自覚していない。自覚のなさで怖い事件に巻き込まれる恐れのあるのは自身なのだから、正直勘弁してもらいたい。

2012/01/27(金)   短慮の結末

 なんとも複雑な印象を感じてしまう、と昨日書いた。言葉で説明できないことというのは世の中にはいっぱいあるからね。そりゃ何でも説明できるに越したことはないんだろうけど、説明できなくてもしょうがない部分もある。先日はにおいのプレゼンをやったけれど、会場内でにおいを再現してもらうのが本当は手っ取り早い。しかしそれは無理である。無理なことをやってもしょうがないから、可能な範囲でやるしかない。しかし、人によっては自身が無理と音を上げているようなことでも実現してしまうのかもしれない。人によって実現の可否に差があって当然なわけである。
 米長九段が会長になり、日本将棋連盟がおかしくなったとも書いた。金銭的に極めて不透明だし、なんていうのか往年の自民党を思い出させる、という印象だけれど。米長はかつて東京都の教育委員を務めており、園遊会で陛下から極右の思想について直接苦言を呈されたことでも有名である。さすがの米長も、陛下に逆らうわけにはいかず、引きさがったのだろうか。
 有名な升田九段の著書に米長評がある。これを読んで実にそうだな、と思ったのだった。『こうと信じたことを主張するところがありますね、この人は。それが正しいかどうかは別にして強く主張する。(中略)これはいいことですけれど、体質上というか、体力といいますか、その主張が、続かないところがある、そういうふうに、私はみています。それはね、続く場面もあります。スムーズにゆけばやるんだから。けれども、いくら主張してても、なかなかその通りにはゆかない、これはむずかしいぞということになると音をあげるところがあります。だから、いうなれば、熟慮した意見、主張ではないわけだ。感じで言うとるから、続かない。』
 結局のところ、思想の善悪より、熟慮のなさが米長から感じ取れると言うことを、升田は35年も前に指摘していたということ。将棋そのものでも独創的な序盤で圧勝するなど先見の明があった人だけど、人物評も大したものだと思わされた。名人戦が朝日毎日の共催になって、今年で期限の5年が過ぎた。名人戦の契約は減額になり、別の棋戦もなくなりそうな情勢である。それこそ5年前の状況を思えば、米長の決断、もとい短慮が将棋界にもたらした負の遺産の大きさに驚くばかりである。

2012/01/26(木)   複雑な心境

Image1.gif 604×108 4K
 ダルビッシュの渡米会見が面白いものであった。そう感じると同時に、インタビュワーの下手さが嫌でも目に付いた。自分の思惑通りの答えが欲しい。そう思うことはインタビュワーとしては当然かもしれないけれど、2人しかいないインタビュワーの両方がそう思っていてはファンとしては不幸というもの。それでもダルビッシュは「(今後最も期待している選手は?)木田さんです」と答えるなど相手の球筋を避けながらスパイスを効かせてきたりして「スポーツ選手にしてはすごいものだな」と思わされた。メジャー志向ではないのだ、とも語っていた。
 そのメジャー志向のメジャーとは別の話だが、マイナー志向というわけではないが主流派というわけではない自身がいると思う。例えば、普通に考えれば東京で大きなところで働くというのがいわゆる敷かれたレールという印象だものね。でも、何度も書いている通り、人生なんて所詮は選択なのである。いろんな選択があっていいし、いろんな人生があって良いと思っている。
 まいこりんが好きである。言わずと知れたmay'sのボーカルの片桐舞子さんのことである。メジャーなのかな?と聞かれると彼女に失礼だけど、実際どうなんだろう。AKBのトップメンバーや西野カナ、吉岡聖恵などに比べれば知名度はないと思うのだが。。。個人的な好き嫌いには理由は必要ないので、そこについては省く。好きなものは好きなのである。
 ところが、とあるブログである人が自身と全く同じことを書いていた。それを見た瞬間、とにかくひどくショックだったことを覚えている。同じ人のことを好きだからとか、そういった理由ではなく、もっと抽象的で、うまく表現できないのだけれど、とにかくショックだったのだ。好みがかぶりたくない人って、いたりしない?いやもちろん、某Wさんは素晴らしい人なんだけど。。。なんていうのかな、あの、その・・・。どうやら自身にも人間としてのリハビリが必要なようである。

2012/01/25(水)   特急の違い

 以前、ベーカーシートについて触れた。フル規格新幹線の座席はグリーン車を除いてABCDEとあるんだけど、それぞれエイブル、ベーカー、チャーリー、ドッグ、イージーと呼ばれている。今のような電子端末(マルス)が普及する前は電話で指定席をとっていたので、重複を避けるための措置だったのである。
 ベーカー、いわゆる3列席の真ん中、B席は他の席に比べて4cm広くなっている(画像を見れば明確に分かるのだが、いま手持ちではない)。そのため、自身のような肥満体の人間がみどりの窓口にいくと、何も言わなくても駅員氏は必ずB席を出してくるのである。それが嫌なわけではないが、東海道新幹線に全くのらなくなった。本当の理由は東海道新幹線、とりわけ東京=名古屋というのは非常に過密であり、いつかは事故が起こるのではないかと危惧しているからである(ソフト的に制御しているだけであり、ハード的には事故は起こりうる)。
 そういうわけでもう新幹線に乗る機会もほとんどないものの、特急に乗ることはある。やはり多いのはあずさ。スーパーあずさは狭くて気分が悪くなると周囲では不評だけれど、確かに居住性は良くないね。とはいえ居住性の悪さという意味では普通のあずさも同じだと思う。やはり座席間隔が狭い。もうひとつ気に食わないことがあって、甲府から長野よりは特急料金がグンと跳ね上がるシステムなのが気に食わない。逆にメリットもあり、好みの座席を自分で簡単に予約できる。いつも2号車2番A席を予約することにしていて、特急券をもし忘れても大丈夫だったりする(駅で約6000円を払った後、自宅から切符を持っていくと返金してくれる)。本当は6号車15番を予約したいのだが、6号車は自由席なので不可能である。
 反対側、たまにワイドビューしなのにも乗車する。こちらは大阪・名古屋と長野を結ぶ特急だけれど、やっぱり東海の特急というのはJR東日本・西日本のそれらと違ってゆったりとしているね。伊那路・ひだ・ふじかわ・南紀、すべてそうである。特急に乗っているなぁ、という気分には浸れると思う。ただ、わざわざスピードダウンして近鉄のアーバンライナーと接続できないダイヤになっていることだけは許せないのだが。長野行きは2時間50分前後なのに名古屋行きは3時間を必ず超えている。理論上、名古屋行きのほうが時間は短くて済むはずなのに・・・

2012/01/24(火)   非実用的

 実用的でないものが嫌いである。たとえば大学生の学会発表がそうである。ふざけんな!金返せ!と言いたくなるほど、最近の学生の発表というのはひどい。それでいてなぜか学会費は安いのである。金額に見合った発表というのか、なんなのか。金を払っていらいらするのもアホらしいので、今年は学会に出るのをすべてやめることにした。
 いまの大学生ってのはいったい何のために勉強しているのだろう?高校を出てすぐに大学に入って卒業して就職する。それが当たり前みたいになっているけれど、そうでない生き方だってあっていいと思うのに。東大が秋入学への変更を正式表明したけれど、あれもいいこと。みんな4月1日に就職とか、おかしくない?と感じる。
 その就職の試験というのも実にいい加減である。まあ実際、マスコミや広告事業などでは能力よりコネのほうが仕事上でも大切なので、そういう採用になるのは理解できる。しかしなにせ、公務員の採用がなんとも言えない。国Iの試験なんて難解だなんて言われて、東大出みたいな試験マニアばっかり通るんだけど、通った「アホな」人たちというのは省庁に入ったあとにどうするのかとか、全く考えてないからね。日本を良くするために官僚になった人って、心的に病んで辞めたか、圧力で辞めさせられたか、どちらかになっていると思うもの。
 難易度が高い?とも思わないけど、あんなものが解けたって、実際何の役にも立たんわなぁ。そんな人間が政治家をさておいて政策を決定しているという日本の構図が嫌いである。非実用的な人間の、非実用的な人間による、非実用的な人間のための政治。今の政治が夢の中の喜劇だと誰か断言してくれまいか。

2012/01/23(月)   無駄な機能

 その昔、麻雀格闘倶楽部が登場したころ。まだオンライン体制が整わず、店内対戦仕様でのデビューとなった。最高で人間3人CPU1人という形だったが、それでも非常に盛り上がった記憶がある。やっぱり、どんな糞ゲーだろうと、対戦だと燃えるのよ。対戦できるということだけで何か違うものがあるのである。
 そうしてその後、オンライン対応版になり、2になり3になりとして行った。現在のバージョンは9に当たるはずなのだけど、はっきりとは分からない。少なくとも昔とは異なり、ドル箱とは言えなくなったかな?というのが正直なところ。後進のセガのMJに抜かれ、閑古鳥が鳴いている店も多い。というか、ほとんどじゃないだろうか。
 その初代や2〜3のころ、カードを差し込むと指紋認証なるものがあった。先見の名がありカードをオークションで売ろうか考えていた時期だったのだけど、そのとき某Pさんに「指紋認証があるのに売れるわけない」などと言われたのだった。そこで自身の指の代わりにPさんの指を突っ込むと普通に認証し彼女は驚いていたが、本当にそんなデータを登録してるわけないでしょ。何も置かなくても次の画面に進むのである。実に無駄な機能だった。
 そこまで無駄ではないにしろ、世の中には無駄な機能がついた製品がいっぱいあるわけで。携帯電話なんて3Gでも多機能すぎると思うのに、スマートフォンなんてことになるとどれぐらい機能が増えるのか、分からない。その中の一つに方位磁針なるものがあり、へぇ最近のスマホはこんなものまで内包しているのかぁ、と感心したものの、実は示された方角が全く違っていたというオチ。そんなことなら、むしろないほうがいいんじゃないの??

2012/01/22(日)   検札

 最近は検札がめっきり少なくなった。同一列車乗車中に3回も4回も検札にくるトランスパースほどではないにしろ、それこそ昔はそれなりに見た記憶がある。今でも検札が多い区間と言えば福知山付近とか大糸線とか東北本線とかなのだけど、昔は東海道線でもよく検札が来た。米原大垣間なんて1時間に1本で2両編成だったし、検札が当たり前のように来ていたのだった。
 検札でやることと言えばもちろん、きっぷの確認である。正しいきっぷを持っているかどうかを確認するというのは事業者として当然の権利。中央東線(青柳〜茅野、長坂〜小淵沢)・篠ノ井線(稲荷山〜冠着)でもたまに検札はあるけれど、車内で清算している人ってのは結構いるものね。裏を返せばどれほどキセルされているのか、という印象である。
 東京に行っていた。仕事の発表なんだけど、まあぼちぼちといった印象。どうしてもあの大学という空間が好きになれない。浮世離れしたというのか、たぐいまれなる雰囲気を醸し出しているというのか。大学で働くという選択肢は自身にはないが、大学に残っている知人というのは相当数いる。JSTとかRITE、理研、産総研とかも含めればかなりの人数にのぼる。
 その東京からの帰りのこと。とくに急ぐ用事もないので普通電車でのんびりと帰ってきていたら、大月で乗り換えた直後(大月→初狩間)に検札が。もちろん正規の乗車券をもっている自身には関係のないことというのか、ウェルカムなことというのか、って感じだったけど。IC乗車券でもどこから何時に乗車したとか、逐一調べるんだねぇ。乗り換えのとき「なんかこの電車、なんで乗務員が4人もいるんだよ?おかしくない?」と思ったけど、それぐらい人数がいないと検札もできないのだろうか。

2012/01/21(土)   効率化

 日本の社会には無駄が少なすぎる。無駄が多いと言えばそれこそ電力・ガス会社などの独占事業、政治家との癒着がいまだに指摘される建設業、不動産業、独立行政法人、あとは世界的な競合がない生鮮食品産業というところ。外国に出てみると最初はその非効率な社会に驚きこそすれ、考えなおせば日本の社会のほうがおかしいのだ、と思うようになった。
 鉄道事業も、本当に効率化が進んできている。まだまだと思うところもあるけれどね。たとえば大月まで10両の電車が走っていたりとか。小田急は本厚木、京王は北野、南海は泉佐野で系統分離してもよさそうに思うから。実際、南海の社長は株主総会において泉佐野以南、和歌山市方面は2両ワンマン運転も視野に入れていると回答していた。
 近鉄も無駄の多いダイヤを組んでいる。近鉄は特急最優先のダイヤであるため、もともと普通・急行系が割を食うダイヤにはなっているんだけど、その特急にまでてこを入れるとは驚いた。名阪ノンストップ特急なんて言ったって、特急料金を290円多く徴収するためのものであるというのは常識なのに、まさかそこにメスが入るとは・・・。四日市に住んでいたころに変わっていれば・・と思うものね。
 奈良線に続いて大阪線まで区間準急を投入するという。奈良線の普通を東生駒(西大寺)→東花園と短縮したように、大阪線の普通の運転区間を国分→高安と短縮するためだけなのは明白なのに、区間準急は途中の●●には止まらないんですね・・・なんて言われても・・・。効率化のためのダイヤ変更であり、利便性のための変更ではないということがどれほどまで認知されているのか、分からなくて困った。特急にしても現状の微変更であり、ダイヤ改正とは言えないものだろうに。

2012/01/20(金)   LED照明

 省エネが叫ばれている時代。本当は、電気会社などからしてみれば節電なんて「とんでもない」というのが本音である。仮に原発事故がなかったとしても、電力消費量が全時間帯で減ってしまうとピークボトム比が増え、火力発電など、スポット的な発電が必須になるからである。そうすると原発の比率は嫌でも下がり、発言力は低下してしまう。
 なんにせよ、原発はカネになるのよ。ストレステストの結果を見なくても分かったことだけどさ。一昨日だったか、福井で委員会を開いて、会議でOKが出たから耐震強度は満たしているなんて言ったって、委員のうち少なくとも3人は電力会社や三菱重工など原発関係のメーカーから多額の献金を受けていたことがすでに分かっている。福利厚生、年8%以上の社内預金の利息までもが発電コストに含まれている時代だもの、賄賂さえ発電コストに含まれていないとも限らない。そもそも事故の原因は保安院にもあるのに、なんで旧態依然の発言力を確保できているのか理解不能である。
 そんなわけで、極力電気を使わないことにしている。暖房器具のない冬も4年目に突入し、はっきり言えば慣れたというところ。周囲の電気料金が月に6千〜8千という中にあり、2000円前後に収まっている。電気だけでなく車の利用率も減る一方で、手放しても構わないんじゃないか?とさえ思ってしまう始末。一時間に1本の電車、3時間に1〜2本のバスで生活が間にあってしまう。そんなにあくせく生きて、どうするよ?
 消費電力を抑えるため、LED照明に切り替えた。ワット数が3分の2ながら明るいのなんの!70%に落としてもまだ明るい。しかし50%にまで下げるとさすがに暗いので仕方なく70%にして使っている。うーん。10%刻みで調光できる機種にするべきだったか・・・

2012/01/19(木)   衝撃ではない事件

 昨日は衝撃の事件を書いた。というわけで、そんなに衝撃でない事件を書きたいと思う。何かと言えば、ここの雑記のスタイルが変わったということである。毎年、微妙に変化をつけることにしているのだけれど、今年はフォーマットは同じながら、全く異なる書き方になっているはずである。
 と書いていながら、そんなことは本当は今日触れる必要もないことだったりする(笑)。衝撃ではない事件というのは何かと言えば、去る14日、引退棋士の米長邦雄と最強コンピュータプログラムのボンクラーズの対戦が行われ、ボンクラーズが勝利を収めたことである。
 なにせ、あのことに関しては予言していた。米長の惨敗米長が勝利すれば腰を抜かす、と書いていたのだから。米長自身も対局後の会見で、自宅で練習を始めたころ、いきなり10連敗したと述べている。そんな退役棋士が1局指して対局料が1000万円というのはどういうことなのか理解できない。将棋のタイトル戦の優勝賞金でも1000万円に満たないものがいくつもあるのに。日本将棋連盟は米長会長になってから金銭的に極めて不透明な団体になってしまったと思う。
 米長はプロとは思えないほどの惨敗だった。かつて米長は「プロがコンピュータに負けるのはいつ?」という質問に対して「永遠に来ない」と答えている(なお、羽生善治は2010年ごろと答えた)。言い訳はいっぱいしていたものの、会見の中でひとつだけ印象に残った言葉があった。来年の第二回は予定を変更し、プロ棋士5名とプログラム5つの5:5マッチにするというのである。これは自身も主張してきた通り、学術的には大きな意味があること。来年といわず、今秋ぐらいにやってくれればそれに越したことはないのだが。

2012/01/18(水)   衝撃の事件?

 いきなり知っている人が逮捕されたと聞いたらどんなもんだろう。え?あの人が??みたいな感じだった。詳細は割愛するものの、自身の知っている人が二人、昨日逮捕されたのである。
 えっ?と思った。世の中、東電の勝俣じゃないにしろ、いかにも悪人面って人はいるじゃない?だって、逮捕された二人に対してはそんな風には思ってなかったから。むしろ礼儀正しく温厚で、適度に冗談をも発するような人だと思っていたからである。
 まあ、世の中いろいろだね。いろんな事件を見てきたし、巻き込まれても来た。そういう経験という意味でははるかに同世代の人たちよりは豊富である。自衛のために法律学も勉強した。知らなければ損をする。理系なのに、法律も経済も、文学にさえも首を突っ込んでいる。本業がおろそかになるのも無理はないというもの。
 あくまで報道の経緯が正しいとすれば今回は残念な事件だったと思うけど、当然捕まるべき愚劣な行為をした人でさえ、何人も捕まっていなかったりするわけであるから複雑である。人生を謳歌しているように見える人たちって、意外と暗部をいっぱい抱えていたりするからねぇ。。。

2012/01/17(火)   難しい・・・

 個人的にチャットは嫌いである。好き嫌いに理由など必要ないわけで、生理的にダメとしか言えないのだが。楽しすぎて時間を遣いすぎるのが無駄の一つ。もう一つは、サーバーの負担やリソースという意味での無駄。さらに言えば会って話すのと比べるとトラブルになる可能性も比較的高い。
 そんな自身だが、昨日はその必要性があり、外国人の方とチャットしていた。英語圏に在住の人とのやり取りとなれば当然、英語である。"Hi, secky, how are you?" "I'm fine now." "What do you mean now?" こんな出だしである。
 元気?今は元気だよ。今ってどういう意味?それぐらいのことであり、普通に会話していれば起こらない(あるいは起こってもすぐに想像がつく)ことなんだけど、チャットだとこういうことも起こるんだね。1週間前は風邪だったんだよ、と言ってすべては解決。その後も言いたいことが日本語でさえ思い浮かばないという状況こそあったけれど、英語をタイプする分には不都合はなく、スペルミスも全くなかった。
 とはいえ、20分ぐらいのチャットの中でarticle(冠詞)を忘れたのが2度。日本語にはないものだから、どうしても抜けちゃうんだよねぇ。それでも最近は進歩したのか、文章をタイプした直後には気付くようになった。「あっ、やっちゃった!!」って。でも、タイプした後で気づいても、本当は遅いんだよねぇ。。。

2012/01/16(月)   比較

 自分は自分。比較することに何の意味もないと思う。そんなことは常日頃書き続けてきていることであるのだが、敢えて今日またそれを書いているというのは、当たり前のことながらそれに意味があるからである。
 他人と比較していったいどうするの?おれはあいつより年収が高い、と自慢するのか、あいつのほうがイケメンなどと自らを蔑むのか。ちなみに自身は自虐キャラでありしょっちゅう自虐ネタを使っているものの、あくまでネタである。心の中で自分自身と他人を比較することはまずしない。無駄なことはしない、金にならないことはしない。実に単純明快である。
 だから、なんでも絶対評価。たとえばこの前、熊本に行った。同僚のプレゼンは最低の出来栄えだったなぁ(残念ながら事実なのである)。ほかの人たちのはTPOをわきまえていて良かったなぁ、という感じ。ほかのプレゼンというのは4つあったんだけど、わざわざ相対評価をすることもなく、どれもすべて「良かった」と答えた。そしてもちろん、出張の報告書にも「我々のプレゼンは悪かった。他の四つは良かった。」ありのままを書いた。
 とあるアンケートがあった。5段階評価で、「非常に好き」「まあ好き」「どちらとも言えない」「どちらかというと嫌い」「大嫌い」という選択肢が用意されていた。そんな設問が74問もあったのだが、自身の答えは「非常に好き」が43個、「大嫌い」が31個でその他の答えは全くなかった。それを見たとある人が、「いや、実にせっきーらしいな」とつぶやいたのだが、どういう意味なのか良くわからないふりをしておいた(笑)

2012/01/15(日)   ルイージがすべてをぶち壊し?

Image3.jpg 532×760 71K
(ファイアだとマリオとルイージの区別がつかない・・・)

 日本では短歌や俳句というものが流行った。今でも皇室など、やる人はいるものの、自身はやらない。というよりも、難解すぎて残念ながら能力が追い付かないであろう。やらないというよりはできないのである。
 国語の授業をやれば、中学高校で漢詩というものが必ず出てくる。五言絶句、七言律詩という言葉を聞いたことのある人たちもいるだろう。これらは日本の短歌や俳句のように字数制限があるだけでなく、韻を踏まなければいけないという決まりがある(踏まないものもたまにあるけれど、日本の短歌でいう字余りと同じように、踏み落としと呼ばれる)。例えば杜甫の有名な五言律詩、俊坊春望を引いてみる。

  国破山河在
  城春草木
  感時花濺涙
  恨別鳥驚
  烽火連三月
  家書抵万
  白頭掻更短
  渾欲不勝

偶数行の末尾が、深、心、金、簪、すべて「ん」で終わっている。厳密には二文字の「●ぃん」で終わっている。
 英語の詩にも同じような韻がある。この画像はシリーズ最高の難易度と言われるスーパーマリオブラザーズ2のエンディング画面である。上から順に、3単語DD、3単語OO、4単語PPと終わっている。しかしこのシリーズはマリオとルイージで別々にプレイ可能であり、ルイージでクリアすればIになるのかと思いきや、そうはならなかった。この韻は任天堂が狙ったものではなく、単なる偶然なのだろうか?いや〜、でもOOの韻とか、半端ない難しさだものね。もっと難易度の高いIIは無理と言うことなのか。ただの考えすぎなのか。

2012/01/14(土)   散々にもほどがある

 職場の親睦会で、泊まりの新年会が行われた。幹事の一員として、まあまず疑問だったのはお金の使い方。春に総会をやって、その通りに行事をやると決めているのであったが、一部の幹事が「飲みたい」などと言いだし、ソフトボール大会後に飲んだ。8人前後であり、こじんまりとした席ではあったが、これはこれで良いと思っていた。
 12月にはボーリング大会が行われた。また飲みたいなどと言われたのは良いとしても、「前回は人数が少なかったから、もっと大々的に人を呼ぶべきだ」などと言われたので異論をはさむ。「打ち上げは会費から出すのではないのだから、回覧文書に盛り込むべきではない。」残念なことに自身の意見は完全に無視され、今度は参加しなかった。親指の爪を折ったのはそのときのことである。
 そのボーリングの打ち上げのとき、酔った会員の方がいて「来い」ということだったのでお迎えに行った。住まいは塩嶺であり、知らなければ行けない場所である。で、待っている間に烏龍茶を一杯(280円)だけ飲んだのだが、打ち上げ会費は自身を含めた均等割りで2200円。翌日の迎車も含め、1円ももらってないのに。何の冗談なのか理解できなくて困った。
 その飲みたがりの人は卓球大会を個人の一存で中止し、新年会でビンゴ大会をやるのに予算を使いたいという。いや、あんた、それは全員がいる総会で決めるべきことでしょ、と言ったものの、「下っ端は黙ってろ!」と一喝されて終わり。親睦会に、身分の上下などあるのかね?
 酔っ払った幹事にビンゴ大会をマネジメントできるはずもなく、大失敗に終わった。それどころかてんかんで倒れている会員の方がいらっしゃって自身は大慌てで会場の外で「大丈夫ですか!!大丈夫ですか!!」と叫んで、AEDの手配まで旅館の方にお願いした。会員が意識不明になろうが、自分の考えた企画が最優先。こんなものが親睦会と呼べるのかね?
 全く飲んでいなかった自身がその方をご自宅までお送りし、翌朝は6時から一人で二次会部屋の片づけ。他の幹事は4人いるはずだけど爆睡中で、何の役にも立たない。こんな親睦会に毎月会費を払い続けるなど、実に馬鹿らしいと痛感した2日間なのであった。

2012/01/13(金)   新年会

 海外にいたころ、スペイン人、韓国人、イタリア人と自身の4人でシェアをしていたことがあった。まあ、実にいろんなことがあったものだ。いろんな厄介なこともあったけれど、そのぶん貴重な体験を積み上げることができた。日本人だけの空間にしなくて良かった、と心底思ったし、今でもそう思っている。
 その4人でシティに出ていき飲んだことがある。パブにつくや否や、バーテンダーが話しかけてくる。「おおよく来た、いらっしゃい。ボブは誰だい?」「うちら、フェリーだよ」「おおそうか、気兼ねなく飲んでおくれ」。また別の団体客がやってきて「おおいらっしゃい、ボブは誰だい?」「俺だよ、俺」「おおそうか、このバッジをつけておいてくれ」。
 ボブというのは誰かの名前のことだと、絶対に思うよね。普通に名前として存在するわけだし。でも文脈からお察しの通り、実は運転手のことなのである。飲酒運転そのものは犯罪ではない国だけれど、それでも呼気量に応じて刑罰が下され、一定水準(ビール2杯ぐらいかな?)を超えると相当な厳罰である。運転手に酒類を提供しないように、お店側も協力しているのである。
 今日は泊まりの新年会であり、今から憂鬱である。旅行のときにも思ったけれど、なんせ、日本の宴会というのは酒くさいんだ、これが。飲むのもオプションなら飲まないのもオプションとしてあって当然というものだろう。後はお酒を注ぎたがる人の多さが理解できない。ちなみに海外では一人ワングラスが当然であり、回し飲みもなければ注ぐなんて文化もない。日本の文化がいろいろと恨めしく思える日々である。
 

2012/01/12(木)   ランドセル

 小学校のときはランドセルで通学していた。もっとも、相当手ひどいイジメに遭っていた自身のランドセルは、2年になったときには爪で引っ掻きまくられていて、黒の塗装が剥げて革が完全に見える状態だった。兄が中学に入ると同時に兄のランドセルを使ったが、それもたった半年で全く同じ状態になった。
 今の小学校で、そういうことって考えられるのだろうか。イジメが問題になることは多いし、少し前には岡谷の高校のイジメ動画がアップロードされたりした。残念な事件だとは思うけど、あれがニュースになるぐらいなら自身の体験とてニュースになっていても何一つおかしくないとだけは言える。小学校のころなどまだかわいいもので、中学校になってからなど、弁当箱を開けたらすでに誰かに食べられていて半分以上なかったとか、全くカラだった、なんてことがいつものことだった。
 そのランドセルといえば小学生の代名詞とも言うべき言葉である。そんなに容量はなかったけれど、中身がいっぱいになることなどまずなかった記憶がある。小学校は給食制だったし、体育着も着ていっていたから中身は本当に教科書とノート、そして筆箱だけだった。
 電車の中で帰路の小学生3人が、自身が鎮座していたボックスシートに座ってきた。最近のトレンドなど知らないので話がほとんど分からなかったが、親指を上げて「いっせいの〜で〜●●」と言っている遊びだけは分かった。ほかに気づいたことと言えばランドセルのでかさである。教材がA4になったせいで、自身が使っていたころの倍以上の容量になっている。それでいて重量はほとんど同じというのだから驚いたのなんの!でも、ちょっと小学校1年生には大きすぎるサイズなんじゃないのかなぁ?

(いつものことですが、実話です。念のため。)

2012/01/11(水)   分かっていても使えない

 株やFXで儲けたい、と思っている人たちが跡を絶たないのか、ウェブでもう10年以上、ずっと見かける広告である。儲けようと思ったところで簡単に儲けられる世界ではなく、ほとんどが業者に流れていっているのが実態なので、火傷せぬようやめておけというのだけれど、自殺志願者はいまだに多いようだ。競馬でも雀荘でも何でもそうだけど、結局胴元しか儲からないのよ。
 それらの業界にマージンという言葉がある。基本的には利ザヤという意味なんだけど、なんというか心のどこかで、業者が取っている手数料、みたいな印象があるんだよね。中間マージンという言葉がその最たるもので、安く仕入れて高く売る。それは商売の基本なんだけど、あんまりマージンという言葉にいい印象がない。
 マージンという言葉にはもう一つ意味があって、紙の余白という意味なんだよね。紙の中央部はメイン(main)であり、そうではない、隅っこのことをマージンという。こちらのマージンという言葉はwordや一太郎なんかを使っていれば触れる機会があると思う。
 その余白、という意味のマージンを形容詞、あるいは副詞にしたらmarginal、marginallyという言葉になる。マージナル、マージナリー、という言葉で、ごくわずか、という類の意味なんだけど、本当にどうしてもそういう意味だと思えないのである。どんな世界でも、業者のマージンはぶぶぶぶ厚いのだ。わずかに、と言いたいときは必ずスライトリー(slightly)と言ってしまう自身がいる。

2012/01/10(火)   我慢しない人生

 我慢するのは損である。我慢しても、何も生み出さないから。例えばダイエットと健康の入り口に書いてある通り、「本当に、痩せる必要性、あるの?」。その一言に尽きる。たとえ短期的に断食などをして痩せたところで、同じ生活習慣であれば必ず元の体重に戻ってしまう。
 体重を減らしたい!そう思うのであれば、生活習慣を変えるほかないのである。食べたまま、運動しないまま痩せるというのは無理と言うもの。栄養学的に痩せるサプリなど存在しないことは自明だし、心も身体も、今までのその人の積み重ねが人望、体型などとして明らかになっているのである。
 脱サラして作家に転身した清水義範の本が好きである。「納得できません」=納得できないときに表示されます。「思うように動作しません」=ひょっとして、そうなることを望んでいませんか?丁寧過ぎるマニュアルをモチーフにしたパロディの一種であり、実に秀逸なものである。
 納得できないなら、しなければいい。別に納得しないまま先に進むことも可能である。結局、人生は選択である。やるやらない、とるとらない。すべてその人の考え次第である。無理に我慢して辛い思いをしても、結局は自分のためにならない。世の中、そんなものである。本当に自分のためになることならば、辛くても絶対に、「すでに」成し遂げ終えているはずなのである。

2012/01/09(月)   変態将棋

Image1.jpg 586×376 81K
 個性というものがなくなっているように感じる現在である。何度も書いているけれど自身のこの文章すら没個性。攻撃的な世の中にあって、叩かれないことだけを考えており、実につまらぬものである。
 そんな自身だが、仕事という面では没個性にはならない。議論は大嫌いだけど妥協は滅多にしない。これはこう、あれはあれ。明確な信念に基づいて仕事をしている。もっとも、自身の信念と職場の目標が一致しているのが今の仕事の最大のメリットなのである。嫌いなことを生業にしたりして苦悩することはありえない。ネット上とは違い、保身のことなど全く考えないし、考えずに済むからストレスも溜まらない。
 将棋の世界でも個性というのは出るものである。若手の将棋でも渡辺、広瀬といったあたりの将棋だと並べていてすぐに分かる。羽生は相手の土俵に躊躇なく飛び込んでいくので分かりづらいが、谷川や高橋など、ベテラン棋士でも分かりやすい人もいる。
 そんな中でも群を抜いて分かりやすいのが佐藤康光の将棋である。昨日今日と、掛川で王将戦第一局が行われた。盤面をみるや否や、「あ、これ先手が佐藤康光だ」と分かってしまうのである。対局は佐藤の快勝で終わったのだが、投了図を見るとそんな変態将棋のかけらも見えない。実に不思議な佐藤ワールドなのであった。

2012/01/08(日)   祇園

1.jpg 801×1201 149K
(上:祇園花見小路1/6夜 下:鶏すき焼き定食1/8昼)

 昔はよく京都に外食しにきたものだった。大津から電車で10分。バイクでもよく来たものだった。あの多い一方通行もいまだに覚えているほど。
 とはいえ、くることは本当になくなったと思う。この前は甘心堂のラーメンを載せたけど、あれにしても京都駅前。四条河原町や祇園方面に出てくるということが全然ないものね。
 そういうわけで、珍しく繰り出してみることに。あの煩雑なバスルートもほとんどすべて覚えている。シドニーで400路線を覚えているのに比べれば大したことはないので、当然かもしれないけど。206番のバスに乗ったが、停留所が分かりやすくなっていて驚いた。東山安井で下車、目指すは侘家古歴堂の本店である。
 そうなのである。本店。いつの間にか支店まで出していたんだねぇ。そういうわけで二日後の今日、昼食を支店、なんばにまで食べに行った。さすがによい値段で・・・。夕食は一人2万円で昼食は一人2千円。年に一度の贅沢というべきものだろう。

2012/01/07(土)   コンピュータ将棋

 コンピュータと一言で言っても、実際には何を指しているのか厳密にはわからなかったりする。モニター、メモリやハードディスクまで含めた一式をコンピュータと呼ぶ人もいるだろうし、マザーボードだけ、あるいはCPU(MPU)だけををコンピュータと呼ぶ人たちもいる。さまざまである。
 それに比してコンピュータ将棋と言った場合、何を指すのかは格段に分かりやすい。プログラムのことを指すんだな、ということが分かるもの。チェスの世界チャンピオンのカスパロフがコンピュータチェス、ディープブルーに敗れてもう10年あまり。プログラマーのターゲットは将棋になってきている。
 先日、引退した米長九段とコンピュータプログラムの対局が組まれた。14日の公式対戦のエキシビジョンのような形だったけれど、コンピュータの完勝、米長の惨敗であった。退役棋士などが出てきて一千万円も対局料を踏んだくるということがよくできたなぁ、と思うぐらいの惨敗であった。
 ボナンザというプログラムと渡辺明竜王との対戦が行われてからもう5年。あのときでも渡辺は冷や汗だったというのに、5年も経って退役棋士が出てくるなど、何かの冗談だろう。個人的にはいまトッププロが敗れても不思議ではないと思っているぐらいである。日本将棋連盟がどうなろうが全く関係のない話であり、学術的には今こそプロとプログラムの対局を多く残しておくべきだと考えている。

2012/01/06(金)   細かいこと

 いろんなことをこまめにデータベースにしていると書いた。自身のことならばそれこそ適当だけど、仕事のこととかになるともっと丁寧だからね。ほとんどリアルタイムで、いつ何をやってきたとか、どの仕事はどこまで進んでいるとか、というのが誰が見てもわかるようになっている。それも、自身が今の仕事に就いて以来、すべての業務についてである。いつ自身がいなくなっても困らない体制である。
 個人的にはそんなことは常識なのだが、残念ながら世の中、そんな人は極めてレアなようである。自身も他者が休みを取っている時などに電話で対応していると「担当の○○は本日不在ですので・・・」などと言わなければいけないけれど、不在は分かっても、それでもそれなりの対応ってのは出来るでしょ?と思うもの。自身あての電話だったら「せっきーは不在ですがその件については完了しております」とか、「いま○○の段階でございます」とか言えるもの。
 お金のやり取りに関しては本当に厳密につけている。会計向きだね。まあ実際、会計士みたいなものだし。懇親会とか地域のグループなどで会計業務をする機会も多いけれど、まず1円も狂わない。でも、ほかの人に任せると金額が合わないというのは日常茶飯なんだよね。そもそも使途不明金とかが出てくる時点で理解不能。銀行などは1円でも狂えば全員を残業させて必ず探すというけれど、それぐらいやるのが当然というもの。使途不明で終わりってアンタ!って思うものね。
 この前の旅行のとき、どこやらの部長に「おまえは細かくてうるさい」などと言われたのだった。まあ酒の席だから、ということで大目に見たものの、実際問題としてよくない温情だったのかなぁ、と思っているところ。だって、普通に考えれば、細かいことができない人に大きなことができるわけないでしょ。大雑把な人間というのは端的に言えば、自分の都合を常に押し付ける人だと解釈できる。もっと言えば、他の人たちの都合は無視されているのである。

2012/01/05(木)   確定申告

 確定申告ってのは2月から3月の中旬までに行われる、ってふうに思われているみたいだけど、別に一年中出来るんだよね。ただ、やろうとしないだけ、あるいはやる期間が限られていると勘違いしているだけの話である。それこそ自身が初めて長期外国滞在をした時は6月20日という実に中途半端な時期に準確定申告というものをしたりした。来年できそうにないのであらかじめ済ませておく、というものである。
 確定申告ってのは納税額を自分で決定できるという権利である。それこそ昔は、収穫量に応じてではなく、裁量によって年貢がどうこう、とされてきたりしたのだった。そのことを思えば現在の税制というのはいくぶん不平等な形態であるにせよ、きちんと確立されているのは非常にありがたい話。やることさえやれば自分の納税額をちゃんと把握できるのだから。悪代官が出てきて付け届けをしなければ増額、なんてことは起こりえぬ話なのである。
 そんなわけで、どれぐらいの還付が受けられそうなのか、昨年内にあらかじめ概算してはいた。還付金額はほとんど決まっているのだけど、厳密な金額は計算しないと分からない。そんなわけで事細かに計算していったんだけど、なんかゼロの数が違うような・・・?っていうか、全額還付になってるんだけど??あれおかしいな?と思っていた。
 思い返せば昨年の1月。値洗いして大幅な譲渡損失を抱えていたのだった。御蔭さまで綺麗な身体にはなったんだけどそんなことはすっかり忘れていて、まさかの赤字決算だったとは・・・、ということだけがしばらく頭をよぎっていた。「赤字、赤字・・・?うそん?」。まさに冷や汗ものだったけど、別にそれで損をするわけじゃないんだからいいんだよね。昨日申告したから電子署名の期限は3年間で4回有効だし、還付は10日ぐらいには受けられるしで、自身のような貧困層には実に有難い限りである。

2012/01/04(水)   不毛な議論ではなく、議論が不毛

 よく不毛な議論という言葉が使われる。建設的な結論が出るんだったらいい議論なんだけど、巷の会議とかでそのような結果になったのを見たことがない。最終的には政治力。実につまらないと思っても、日本社会というのはそういうものなのだ、と割り切るしかないのだろうか。
 議論する場所も問題である。ちゃんとした場所でリアルタイムでやり取りするんならともかく、議論の仕方すら知らない人はいっぱいいるものね。自身の意見を適当に載せているせいか、通りすがりの人が沸騰して掲示板を荒らしていった、なんてことも日常茶飯だった。個人のプロパティを一方的に棄損するのは犯罪行為なのだが、キリがないので無視している。いまや見つけるや否や即削除である。
 バレエダンサーのリディア・ロポコワは愛する主人にこう言ったことで知られる。「あなたの批判は相手にお気の毒よ」と。主人とは言わずと知れたイギリスの経済学者、ケインズである。いまケインズ経済を否定している自身が言うのもなんだけど、この言葉は実にすばらしい言葉だと思う。相手を言い負かしても、何も得るものはないのである。不毛である。
 今日は仕事始めの日。職場で2つも会議があり、そのうちの一つは大もめにもめた。どうしても納得できない案件だったので頑強に抵抗していたものの、リディアの言葉を思い出し、素直に全面降伏、という印象である。実際、相手の言い分が全く理にかなっていなかったから(というか事実無根だった)、いくらでも理詰めで押さえつけることは可能だったんだけれどね。言い負かしたほうが不安に感じるのが世の常だし、正論を通したのに恨みを買うと言うのも不興である。最後は勝手にやってくれ、みたいなものであった。議論そのものが不毛としか言いようがない印象の一日だったし、リディアのような存在がいればよいなと思った一日でもあった。

2012/01/03(火)   帰省ラッシュ

 実家に帰ったのは大みそかだった。なんだかんだで大変だった。11時過ぎに名古屋につき、8年振りに矢場トンで食事をしようと思っていたものの、すでに長蛇の列で1時間待ちという状態。あきらめて近鉄名古屋駅に向かったものの、アーバンライナーは満席で取れず、12時半の電車にせざるを得ない始末。こんなことなら矢場トンでのんびり食事できたのに・・・。いろいろと名古屋駅の不便さを思い知ったのだった。ちなみにビスタプラスなのでオンライン予約ができなかったのだ。
 近鉄、名鉄があるほう、いわゆる東側の地下街というのが個人的にはいろいろと残念なんだよね。そういうわけでいつもエスカに向かってしまう。4000円台のブルートゥースのイヤホンが欲しくてついでにビックカメラに向かったものの、置いていないという始末。なんだそりゃ!!って感じだった。
 今日は帰る側である。18切符をバラで1枚買い(3000円)、在来線でのんびりと帰ることに。思想的に新幹線がダメなので、どうしようもないのである。大阪駅12時半の近江塩津行き新快速に乗り、米原と大垣で乗り換え、名古屋についたら15時12分。きしめんを食べて、15時32分の中津川行きに乗る。ここまでは想定通りだった。
 何が想定外だったかって、中津川でやり過ごした特急が乗車率100%未満だったことと、中津川で乗り換えた16時54分の普通松本行きが超満員だったことである。え??もちろん自身は全区間を通して窓側席に着席してましたけど。連絡階段の場所とか発着ホームとか、1番線のきつねきしめんは410円だけど7番線だと370円だとか、つまらないことを覚えすぎなんだろうね。鬼門の大垣は降りる2分前から準備してたりとか、着席にかける意欲が違いすぎたようだ。まだまだ若いもんには負けられねえ(笑)

2012/01/02(月)   異常な人だかり

2.jpg 801×601 136K
 昨年は激動の一年だった。いつも、自身にとっては激動の一年だったね、と書くことがほとんどな自身でさえ、社会全体の激動を感じずにはいられなかった。紅白も久しぶりに見たけれど、連ドラの歌の残念さ以外に感じたことと言えば、その激動、あの激震のことばかりだった。
 正月は久々に住吉大社へ。受験のときにM田さんと来たんだよね。そしておみくじで凶を引いたものの、なんとか大学受験はサマになったという結果だった。その後、一回だけ1月1日の未明に来たんだけど、昼間に来たのは初めてである。そのM田さんは大みそかにお子様を授かったそうで、実におめでたい。心よりお喜び申し上げたい。
 例の太鼓橋からの風景がこんな感じである。さすがに250万人以上の人出が予想されているところは違うというものか。関西の一位は伏見稲荷だけど、さすがに遠くて行けず。例年と同じことをお願いして去ったのだった。

2012/01/01(日)   ご挨拶

 年が変わったので例年通り改めます。いつまで続くのか、未定です。あしからずご了承くださいませ。

過去ログ 2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2008年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 
2009年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2010年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2011年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2012年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2013年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2014年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2015年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2016年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2017年01月 02月 03月 04月 05月 06月