せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2011/12/31(土)   終了

 諸般の事情によりこのコンテンツは本年末を持って終了いたしました。ご愛読、ありがとうございました。

 最後に一言だけ。「飾ることなく、ありのままに生きたい。」
 地に足がついたらまた戻ってくることもあるかもしれませんね。首を麒麟のように長くしてお待ちください(笑)

2011/12/30(金)   掲載終了のご挨拶

 寒中見舞いというのは本当は1月の5日より後、1月中に出すものである。なぜなら、寒中というのはその時期のことを指す言葉だから。もっとも、由来としてはそうなのだけれど、残念ながら現実問題として、喪中はがきに対する返書として出されることが多い。そういうわけで自身も寒中より前、よりによって年内に寒中見舞いを出すという荒技をしてしまった。無礼なことは承知の上でしているので、御気に触っても平に謝るしかない。そもそも自身は3年前からずっと心理的には喪中なのである。年賀状を送ってくるな、というのが正直なところ。
 というのも、とにかく体調が悪いのである。どこが悪いかなど、個人的な話をするつもりは全くないので触れないけれど、少なくとも五体満足とは言えなくなったかな、と思う。もともとヤワな身体に鞭打ってきた人生なので、そのツケが現れた格好だろうか。年初に寒中見舞いを出している余裕がとてもないのである。
 身体以外にも悪いところはいっぱいあるものね。まず頭が悪い。のみならず、顔が悪い、口が悪い、性格が悪いと来たものだ。救いようのないというのはまさにこのことで、もう完全にあきらめている(笑)。堀●さんのように素晴らしい人間だったらどんなにいいことか、などといつも考えている。
 悪いだけならまだしも、改善しようとする気が自身にはないのも問題だろう。そういうわけで、自身の悪いところを洗いざらい、綺麗さっぱりにしなければ・・・。そう思っている状態である。こんなところでぐだぐだと非生産的な文章を書き続けている場合ではないようである。もちろん、書き続けてきたことで得たものは非常に大きかったのだけれど、今はそのメリットがほとんどない状態なのだ。
 諸般の事情を御汲み取りいただければ有難く思います。こんなに長い間続けられたこともひとえに読者の皆様の支えがあってこそなのだから。こっちはこっちで、読者などおいてけぼりのつもりで書いてきたんだけど、文章の裏にある気持ちまで多くの人たちに理解していただけたことに感謝いたします。ありがとうございました。

2011/12/29(木)   題材の苦労

 題材を探すのはいつも大変である。ちょっとでもアップロードが滞るとなぜか「朝礼のネタがない」などと苦情を寄せられたりする(苦笑)。基本的に時事ネタを織り込んで書くようにしているので訓話などにはちょうど良いのだろうか。しかしそういう職責の人が題材をパクるんですか?とは思う。
 話の起点が大変なだけで、ネタになる事件を見つければあとは簡単である。個人的な信念には全くぶれがないので、いつものように処理しているだけである。だから、毎日いろんなことを書いているようには見えるけれど、そんなに斬新なことを書くことなどほとんどないと思う。水戸黄門は終わっちゃったけど、あれと同じでワンパターンで何の問題もないと思っている。
 あとはアンテナの深さの問題である。個人的に全国紙は大嫌いなので、新聞記事をそのままネタにすることはまずない。なぜなら、正しい記事が皆無であるからである。記事と、国会の議事録、県議会録、あるいは裁判の傍聴録を比較すると非常によくわかる。新聞に不都合な部分については全く触れられていないということが嫌と言うほど分かるし、鉢呂の解任に見られるように、事実を捏造することさえ顕著になってきた。
 そういうわけでネタの基本は議事録あるいは公文書を開示請求して得たものなのだけど、もちろんニュースの記事も参考にはする。FT(イギリス)とシドニーヘラルド(オーストラリア)である。あとはABC(アメリカ)ぐらいだろうか。いろんなネタを簡単に掘ってきているように見えるかもしれないけれど、事実として正しい記事をピックアップするという起点は本当に大変である。日本の全国紙がこれほどまでに堕落していなければ、こんな苦労もせずに済むんだけどねぇ。。。

2011/12/28(水)   変わらない姿勢

 このサイトは自身の文章のデータベース、蓄積場所である。読者のことなど全く何一つ考えていない。もともとこのページは年1000万件は優に超えたものすごいアクセス数だったので、荒らし対策などが大変だった。アクセスが殺到してサーバが落ちるなんてこともしょっちゅうだった(当時はバックボーンが細かった)。個人的には早く厄介払いしたいぐらいだった。
 そういうわけで、メインだったコンテンツを1つ外し、2つ外しとしていった。4つ外したところでなんとか落ち着いたものの、それでも今でさえ、時折いわれのない苦情を寄せられるのが実情である。「出さなくなった」と書いた通り、叩かれないように隠れているモグラのようなものである。
 メインだったコンテンツを相次ぎ外し、今や完全に昔の面影もない別物のサイトになってしまっているけれど、これも今は亡き親友に「せっきーの日記が面白いから毎日読みたい!」などと言われたからである。そういうわけでサーバーごと相手の所有物になったのだが、件の凄惨な事故があった。そういうわけで今は、天国に向けて綴っているというのが正確なところだろう。個人的にはこの先もずっと、永遠に喪中の気分である。
 しかし、それももう潮時だな、と思う。自身の文章が時代の要請にそぐわない、というか、そぐえなくなったのである。昔はほんと、書きたいことをそのままストレートに書いていた。書けた、と敢えて書かないのは、書こうと思えば今でも書けるけれど、そうしないからである。そしてその原因を探ってみると、官僚の愚民化政策とその尻馬に乗っている新聞社にあるのは火を見るより明らかであり、今や両者を嫌忌している毎日を過ごしている。
 なにはともあれ、自身のスタンスがなんだかんだで全くブレないのがよいところだと思う。16年もぶれずにきたこと、16年も毎日書き続けてきたことの二つだけは手放しで褒めてもいいところかな、と。

2011/12/27(火)   データベース

 几帳面というか、何でも記録を残しておくタイプである。そんなわけでこの雑記そのものもその一部なのだけど、日常生活のことはとんでもないぐらいデータが残っている。たとえば毎食何を食べたかとか、どれぐらい運動したかとか、いくら使ったかとか、車で何キロ乗ったとか、血圧、残業時間、お勉強時間までも事細かに分かってしまう。
 最近はとにかく睡眠時間が長い。2年前は1日あたり2時間7分で去年は3時間1分だったけど、今年はもっと寝ている。っていうか、普通に考えれば過去数年の睡眠時間の短さがありえないことだもの。寝てるのはほとんど海外での話で、観光などほぼせずに毎日12時間は寝ている。はっきり言えば睡眠のために海外に行っているのである。去年が3時間を超えたのは、海外に3回行ったからである。
 ほかにも知りたくもないことが分かってしまう。体重が半年ぶりの低さになった、とかもそうである。例年、8月がもっとも痩せている。夏バテなどではなく、9月になると海外に出て行って大食いしてしまうため、とんでもなく太ってしまうのである。例年はその8月の値を下回ることはないんだけど、今年は違うみたいだね。
 好物?の生野菜も相当食べたものだね。今年は原子力発電所の事故もあり、産地に非常に気を付けながらも(4月からは京都・奈良・和歌山以西のものしか食べなくなった)1年間で118kgほど食べた。一日あたりにすれば320gでしかなく、少ないかなぁ?とも思うけれど、まあ今年は少なくなるのはしょうがない。食べてからセシウム入ってました、とか言われたら笑えないものね。ちなみに生野菜以外でも野菜は摂っているけど、それは計算に入っていません。念のため。

2011/12/26(月)   鉄道のパラダイムシフト

 少し前まで、鉄道各社というのはスピードを競いあっていた。関東では競合と言える競合が中央線と京王、東海道線と京急、成田輸送の京成ぐらいしかなかったため、この三路線は特に力を入れられてきた。たとえば中央線は201系が最後まで頑張っていたけれど、当時最新鋭の201系が最初に投入されたのは中央線だった。三複線の東海道線も言わずと知れたことで、空港輸送は快速こそほとんどなくても、成田エクスプレスは首都圏各地で発着できるようにダイヤが組まれている。
 それに比べて、私鉄と完全に競合する関西ではそれこそ、熾烈な争いだった。JRは大阪から京都まではダンピングした後でも540円であり、阪急や京阪にかなうすべもないのだが、昼間や休日は300円前後で利用できる切符が売られていたりする。新快速が両駅間を最短の27分で結んでいたころもあったが、京都駅の停車時間が20秒と短すぎ、慢性的に遅延を招いていた記憶がある。京都だけでなく、神戸、宝塚、和歌山方面へもすべて競合。スピード競争は福知山線の惨劇ののち、やっと改められた。
 いまや大阪駅では停車時間を2分、京都でも同1分とって、柔軟な運用をしている。それでも遅延することはよくあるものの、一時期ほどではないと思う。新快速の停車駅も新大阪、高槻、芦屋、尼崎、南草津とどんどんと増えていき、快速の停車駅も増えてきている。速達性より利便性へと大きく変わってくる一方、普通の本数は間引かれ、大阪市内でも1時間に4本しか電車がこない駅もあるほどである。南海には1時間に2本しか電車が来ない駅があるから、それよりはマシ、という程度だろうか。
 一周40分ほどの大阪環状線は、西側で快速運転をしている。これも速達全盛期には特別快速ウィングなんてものがあり、大阪と天王寺以外止まりません、というものだったのだけれど、そんなものはどこかに消えてしまった。それだけでなく、いまや快速の停車駅は増え続ける一方である。今春の大正停車に続き、来春には福島に全部の快速が停車するという。快速と普通の緩急接続が行われない路線といえば中央西線が有名だけれど、快速の意義がなくなりそうな事態になっても、それでも快速がなくならないのは不思議である。

2011/12/25(日)   最優秀(?)雑記

 長々と書き続けること16年、思い返せば16年前はほかにまともなサイトというものがなかったのだった。ヤフーなんてものもなかった、というよりは、ホームページが少なすぎたため、検索エンジンそのものが必要なかった。ブラウザそのものもものすごく限られていた。とても画像を読み込めるような環境ではなく、muleのようなテキストブラウザを使っていたりしたものだ。
 16年前の文章も味があってよいと思う。自分らしさというのはいつも現れているものね。もちろん、いまの文章に対してもそうである。出なくなった。あらゆるものが出なくなったなぁ、それが今の自身の文章に対して思うこと。出がらしになったお茶っ葉のようなものだろうか。というのは冗談で、出さなくなったのである。超鈍感な自身でさえも、世知辛い現代の、攻撃的でとげとげしている風潮というのを嫌でも感じてしまう。そんな世の中になってしまったのだ。
 今年はほんと、大きな事故があった。現在の体制がいつまで続くのか、分からない。その体制が続かないほうに人生を賭けている自身としては複雑な心境ではあるものの、端的にいえば現在の体制がいずれ崩壊することは当然のこととしか言えない。幾分希望的観測が混じっているのかもしれないけれどね。パラダイムシフトに抵抗する官僚の末路はいったいどうなるのだろう。
 本年は2本立てもなく長編もなく、本当に一日一章という形態であった。4段落を堅持し、3または5になったのが数えるほどしかない。そんなふうに最後の雑記シリーズとなったわけだが、多くの皆様からご評価いただき、ありがたく思っている。原発前ぐらいのスパイスの効き具合が良かったのだろうか、本年の最優秀雑記も昨年と同じく、2月のもの、人生の答えに決定である。残り一週間、適度に回顧を織り交ぜて書くべきか、どうしようか。

2011/12/24(土)   年の瀬

 もうすぐ紅白という、まさに年の瀬である。いろいろ忙しいはずなのだが、現実逃避で旅に出ている始末。そんな南国にいても非常に寒いクリスマスイブである。長野はどれぐらい寒いのだろう。
 その紅白に、今年も水樹奈々が出るらしい。声優出身の歌手はそこそこいても、紅白に出られたのは彼女が初めてかなぁ、と思う。声量はやはり本業の歌手に比べればそれほどないのかもしれないけれど、その分、高い声も低い声も出せるから一長一短というところなのだろうか。
 アニメ出身の音楽というのも実に多い。主題歌が大ヒットしたと言えば徳永英明の「夢を信じて」がそうで、その徳永もまた、今年の紅白に出るようだ。知らないうちに駅で流れていたりお店で流れていたり、出自を知ると意外な気分になってしまう。
 ゲーム起源の音楽というのも、なんだかんだでそれなりに市民権を得ている。Love song探して、という名の曲があって、ドラクエ2の復活の呪文を入れる画面の音楽なのだけど、当時15歳の牧野アンナが謳っていたのだった。そんな彼女もいまや30歳になり、AKBやNHK連続ドラマにダンス指導をしているんだとか。表舞台ではなくなってしまったけれど、まだまだ活躍してほしい。

2011/12/23(金)   脱カフェインの時代?

 カフェインを含むものを飲むと眠れないなどと言われる。カフェインには興奮・刺激作用があるとされていて、寝る前にコーヒーを飲んだらダメ、という人も多い。寝る前にビールを飲む人はたまにいるけれど、無難に水ぐらいに済ませておくのがよいのかもしれない。
 コーヒー、お茶、コーラ。この3つは歴史上、人類が開発してきた飲みものである。コーヒーからお茶(紅茶、緑茶、烏龍茶などいずれも)の時代になり、近代になってコーラが発明された。そして、そのどれにも、ふんだんにカフェインが含まれている。
 そうして世界を席巻してきたカフェイン飲料であるが、しかし、なんだかんだ言ってカフェインフリーを謳う食べ物・飲み物が増えてきたのも事実である。カフェインが害かどうかというところには議論があるけれど、もしそうするとなれば大きな歴史の転換である。なにしろ前述のように、人類はカフェインとともに成長してきたのだから。
 昔の人たちはタフだったから、カフェインごときが問題になることはなかったのかもしれない。寝る前だろうが何だろうが、コーヒーや紅茶を飲んでいたのかもしれない。現代人がやわになったから、カフェインが害になるようになったのだろうか。時代考証をするのも楽しいものである。

2011/12/22(木)   ゲームバランス

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(真弓明信 打率.293右打ち)

 今のゲームというのはバランスが良いと言うのか、簡単というのかよくわからないけれど、親切だな、という風には思う。難しいゲームと言えばたけしの挑戦状とか、マイティボンジャックとかがあったけれど、ドラゴンクエスト2などにしても攻略本なしにクリアできる気がしない。
 でも、さらに昔のゲームはバランスが異常に悪かった。ゲーセンに行けばあるゲームというのは決まっていたようなものだった。花合わせ、チャンピオンベースボールの二つは相当やったような気がする。もうとにかく、どうやってもゲームオーバーになるのよ、ほんと。
 チャンピオンベースボールというのはおそらく最初に音声を取り込んだ野球ゲームだったんじゃないかな。打率や防御率がでるのも斬新だった。でも、初回こそCPUを抑えられても、2回以降は毎イニング2〜3点ずつ取られていく。イニングにつれてこっちの打球がフライになる確率は高くなっていくばかりだし、勝ちこされた瞬間ゲームオーバー。やっていられない。
 花合わせも同じような感じで、最初こそ役を作れても、いずれはCPUにフルボッコにされる運命が待ち受けている。インカムの関係でしょうがないっちゃーしょうがないんだけど、麻雀格闘倶楽部やMJなんかは同じ問題を抱えていながら、実にうまく解決しているなぁ、と思ったのだった。

2011/12/21(水)   減った

 高校のころは電車で通学していた。大学のころは電車のときもあったけど、自転車のほうが多かった気がする。もっとも遠いときで約10km、普通に自転車通学をしていた。雨が降るとさすがに無理で、バス+電車だったけれど。
 公共交通機関を優先して利用するというのは現在でも変わらない。先週のキャンプでも、集合場所まではコミュニティバスだったものね。都会にいたときほどではないにしろ、電車もよく利用する。だって、なくなると困るのだもの。乗って残そうを地で行っている。
 もちろん個人的な効率という意味では自動車のほうがはるかに優れている。予定変更も容易だし、複雑な工程をこなすことも容易である。ガソリンもそんなに高いわけではない。
 とはいえ、それはやはり個人のエゴである。地球全体、という意味で言えば、個々が車で移動するなんて、無駄以外の何物でもない。末端区間などでどうしようもないところはあるけれど、主要部分は公共交通機関を使うのが当然というものである。
 久しぶりに都会の電車に乗った。23時ごろの、終電も近づいてくる頃合いの電車である。いつもであればこの電車は相当混んでたんだよなぁ、と思ったものの、その面影がまるでなかった。忘年会シーズンということで、混雑に拍車をかけそうなものなのに、それでもこの程度なのか・・・。臨時の区間急行まで運転されていた時代が懐かしい。

2011/12/20(火)   豪華かケチか?

 自動車交通量が増えていく一方である。そういうわけで開かずの踏切が問題になり、鉄道線は高架化されたり、地下化されたりした。今行われている京急蒲田のあたりの高架工事とか、すごいと思うものね。現在線の真上に高架線を構築するという工事がありえないことだもの。
 普通であればどうするのかといえば、まずは上下線のどちらかを仮線に移す。そして開いたスペースをいったん更地にして、また新たに線路を引き直す。そうして上下線双方を仮線にして、そこに高架の駅を造り、仮線をひとつ壊してもう一つの高架駅を完成させる。そういうまだるっこしい手順であり、だいたい10年以上はかかるだろうか。
 少し前のことだが、東海道新幹線で停電が起こった。上りが不通になり、下り線を逆走する形で5時間遅れで到着したということだけど、いやほんと、すごいことだと思う。普通の鉄道事業者であれば安全のため、高架にする際でも必ず改めて作り直すものだから。上下線双方ともどちらにでも動かせるように造っているなんて・・・。万が一のためにかけている金額が半端ないんだなぁ、とJR東海に対して思う。
 しかしその逆走の技も、深夜の時間帯だからできたこと。通常の時間帯であれば逆走して2分もすれば別の新幹線と正面衝突してしまう。逆走なんてしなくても在来線は普通に運行できたんだから、JR東日本の協力を得て在来輸送すればせいぜい3時間遅れぐらいで東京には到着できただろうに。JR東日本にカネを払うことをためらった結果なんだろうけど、こっちはこれで、随分吝嗇な企業だなぁ、と思ったのだった。いくら競合のない独占企業だとは言っても、もっと旅客のことを大切にして欲しい。JR東日本が品川駅前の一等地をJR東海に譲った経緯などを知っているから、なおさらそういう思いが強くなるのだろうか。

2011/12/19(月)   内弁慶

 金総書記が死んだ。ついに、というか、やっと、と言うのか。哀悼の意が湧くわけではないが、歓喜というようなものでもない。正直に言えば、これは大変な時期が来るかもしれない、と思っただけだった。
 日米韓はじめ、北朝鮮に翻弄された国家というのは多い。だからと言ってこの混乱に乗じて北朝鮮を攻めるのかと言われれば違うだろう。土地は痩せ、資源もない。南北併合なんてことになれば韓国国内の不満はさらに高まるだけである。今でさえ、偶像にすがって国内に鬱積する不満を捌くのに必死であるというのに。
 北はミサイルを撃ったりするだろうか。問題はそこである。金総書記やその長男の金正男であれば、世界の情勢にも明るいのでそんなことはするはずもない。しかし後継はまだ20代の世間知らず。その取り巻きも、それほど国外事情に精通しているわけではない。君主も取り巻きも無能といえば三国志の蜀の2代目を思わせるものである。日本といえば天皇家はいまだに正統だと思うけれど、取り巻きの宮内庁の役人や政治家は実に堕落したものである。
 それだけ無能な国家なのだから戦争に踏み切るようなことはないと信じたいが、外圧が高まれば挑発するようなことはあるかもしれない。そういう有事があったとき、やはり政治無能な日本は適切な対応を取れるだろうか。無能な官僚が支配する日本が、責任のある対応を取れるとはとても思えない。責任のなすりつけ合いに終始するのではないかと強く懸念している。

2011/12/18(日)   流される悲哀

 小泉首相のころ、郵政法案が否決されてなぜか解散、総選挙が行われた。その結果はご存じのとおり、自民が3分の2以上を制する圧勝だったのだけれど、あのときの小泉の選挙戦術は徹底していた。組織票を固めることと、二者択一を迫り、知的な面で劣る層を大量に取り込むということである。
 官より民、という言葉が耳ざわりのよい言葉のように聞こえる。それというのも、官という言葉が「非効率」を示すかのような報道が相次いだからである。表向きは官を批判していても、裏では官とどっぷりの新聞社の報道スタンスはこのころには明瞭に以前の路線とずれ始めていた。今や、完全に違うと断言しても間違いではない。
 そういう二重構造が理解できない層も1票、詭弁を見抜ける者でも1票なのである。衆愚を騙せば勝てる、その想定は選挙戦術としては当然のことかもしれないけれど、結果は小泉の想定以上のものだった。
 マスコミが健康食品を取り上げたら翌日にはすべて売り切れた、なんてことも起こる。その中には茶のしずく石鹸のように、アレルギーを引き起こしたりするものも多いというのに。テレビに毒されたかわいそうなとある知人にそそのかされて、キャンプ後に非常に奥地まで、不毛な買い物をしに行ったのだった。生理的に受け付けられる限度を超えていたが、それでも我慢できたのが信じられない(笑)

2011/12/17(土)   キャンプ

 ただでさえ長野は冷える。その当たり前のことを熊本にいったとき、ひしひしと感じたのだった。5枚着こんで羽田に着いたら少し汗をかく程度だったが、熊本に上陸してしばらくすればもう汗びっしょり。風邪を引きかねない状態だった。
 そんな寒い長野だけど、山に登ればなお寒い。そんなことが分かっていながら、なぜか高遠にキャンプに行くことになったのだった。9月に行っても夜は氷点下という場所であり、当然12月なんかに行けばどういう状態か、火を見るより明らか、ってものだね。相当下準備をして出向いたのだった。
 コテージに入ったのに冷蔵庫より寒い。暖房をつけてみると、現在温度は1度。何の間違いかと思ってしまう。室内でこれだもの、外は相当ひどいもんだろうなぁ。そうこうするうちに温まり、自身が持ち込んだ輸入ゲームで盛り上がったのだった。

2011/12/16(金)   融通無碍

 日本でポピュラーなゲームと言えば何だろう?うちの家は正月がくれば花札をしていたものだった。八八と言われるものをベースにした藤桐三光というものである。八八を改良したもので、1点札が0点、役が五光、桐、藤、三光、赤短の5つしかなく、途中終了がないという違いがある。
 しかし、残念ながらそんなルールは大阪のごく一部でしか行われていない。大阪虫(大阪ムシ)と呼ばれるルールなのだけど、そのルールを2人ではなく、3人で行っているのはおそらく実家と親戚だけなんじゃないかなぁ。場六の手七、という時点で前代未聞と言われる。雨で喰ったり滑ったり、桐を割ったりインデコになったり、そんな言葉さえも分かる人は極めてレア。
 しかし同じようなローカルルールがそこらじゅうにあるのである。そういう意味では実にいろんな遊び方ができるゲームという意味でもある。12までしかないけれど七並べの変わりにもできるし、柳と桐を除いて株札の変わりにすることもできる。実際、漫画「じゃりんこチエ」でテツは花札を使ったおいちょかぶに明け暮れている。カス札でも全く同じデザインのものは存在しないので、その気になればトランプの代わりにもなる。
 そう、昔は実に、道具が少ない時代だった。でもなんとかやり繰りすることでいろんなことができてきたわけである。今の時代、足りないものはないんじゃないか?というぐらいに物質的には充実しているはずだけど、それとは逆に人々の心の中は空虚になってしまっているように思えるのは気のせいだろうか。

2011/12/15(木)   においの正体

 おならをしちゃったとき、音がすれば犯人が誰かというのはわかるのだが、そうでない場合はなかなか分からない。子供であれば「誰誰がやった!」などと言い合うのが常。突然あのにおいが襲うのである。嫌でも分かってしまうというもの。
 眼には見えないという点では放射能がまさにそうなのだが、毎回そっち系に持っていくとアレなので今日はやめにして、においの問題にだけに徹することにする。珍しい。においというのは気体である。固体でも液体でもないのである。ガソリンなど、たまに液体からにおいがしているように感じるのは、あくまで蒸発したガソリンのにおいを感じているだけである。
 それでも固体のにおいを感じたように思う人がいるかもしれない。たとえば鉄棒をやったあと、手のひらに変なにおいを感じたように。残念ながら、それは完全に錯覚であり、汗の酸性で鉄が腐食されてできた有機化合物のにおいを感じているに過ぎない。炭素数6〜10程度のものだと言うが実に多岐にわたり、人によってもにおいは違うのである。
 他にも塩素のにおいなんてのも錯覚である。塩素そのものはガスで、確かににおいはあるのだけれど、その塩素のにおいというのはおそらく、普通の人が思っている塩素のにおいとは全くの別物である。プール付近で漂っているのは、塩素系消毒剤が有機物と反応して作られたクロラミンを主成分とするにおいである。塩素のにおいについてしたり顔で語る人は多いけれど、でも残念ながら、100万人に1人ぐらいしか、正確な塩素のにおいというものを知らないんだよなぁ。

2011/12/14(水)   真っ青になる食品

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 ゲームは今はまずしない。子供のころは好きだったけど、もっぱらパズル・アクション系だったと思う。ロードランナーとか、ドアドアとか、フラッピーとか。ロールプレイングゲームが好きではなかった。閉所恐怖症だったから無理もないけれど、自身でクリアしたのなんて初代ドラゴンクエスト(DQ1)だけだった。
 そのドラゴンクエストをプレイすると、まず最初に出てくる敵がいる。スライムである。青い外観で非常に弱い。やられ役というべきもので、赤いからだのスライムベスと並んでレベル上げのための存在だった。と同時に、このゲームのシンボル的存在として、常に雑魚キャラとして出現し続けているらしい。
 その25周年記念ということで、特別にスライム肉まんなる中華まんが売られた。170円もするのに1週間で100万個とは恐れ入る。食べた時点で「スライムを やっつけた!」という印象が満載である。最初の形だけは可愛くても、ちぎってしまえばグロテスク。よくもまあこんな商品を開発したものだとは思うし、よくもまあ100万個も売れたなぁ、と思う。
 はっきりと言えば、限定だから売れただけであり、恒常品であれば100円でも売れないだろうね。そもそも、青色というのは食欲をそそらない色である。青い食材なんてほとんどないわけだし、青い動物そのものもいない。滅多に見られないからこそblue bird(青い鳥)だし、夢のことはblue print(青写真)、不可能なことはblue rose(青いバラ)。こんなに大量に青い物体を見た日には吐いてしまいそうだった。せめて商品にするならメタルスライムがベター、スライムベスがベストのような。。。

2011/12/13(火)   資源外交

 韓国の領海で漁業をしていた中国の漁船が拿捕された折、従順に捕まるどころか抵抗をし、逆に韓国の役人を刺し殺したという。なんともとんでもない事件、と思うが、最近は南沙問題に代表されるように、南シナ海でも同じようなことが起こっている。尖閣で同じことが起こったとき、日本の態度は実に脆いものだった。
 なにしろ、それまではずっと見て見ぬふりをしてきたのである。それこそ、北海道の漁船がロシアに捕まることなく操業し続けられたように。鈴木宗男がいなくなり漁業にも支障が出て、実際にカニの価格なども上昇した。日本が最初、中国漁船を拿捕したと聞いたとき、腑抜けな自民外交から脱却したのかと驚いたが、実態はもっと腑抜けであった。レアアースで脅迫され、あえなく船長を解放。中国では英雄呼ばわりされているというが、日本にとっては恥以外の何物でもない。
 レアアースは世界に幅広く分布しているけれど、中国の鉱山で採るのが採算的に最も良かったから、中国一極依存になってしまった。北海道や九州に多くある日本の炭鉱が閉鎖されたように。当時は政治リスクを考える必要もそれほどなかったし、コスト面では圧倒的に中国が秀でていた。レアアースの価格が尖閣問題前後で10倍とか20倍になる元素もあるほど。慌てて他国でレアアースの生産を試みても、一朝一夕の問題ではないからね。98%を中国に依存しているというのが大きなリスクになっている。
 中国はレアアースに関しては自国で使う技術がないので仕方なく輸出しているが、本当はそういう技術も求めている。現地の日本企業もいつ接収されるか、わからないだろう。中国による銅の輸入が先月、過去最高を更新したという。高い購買力にまかせて他の金属もはじめ、あらゆるものを買いまくっているというのに、日本の政府は一向にそういう資源外交をしようとしない。これだけの円高というのなら、それを逆用する発想があってもよさそうなものだけど、官僚というのは実に無能だなぁ。

2011/12/12(月)   トイレのない国、日本

 資格試験がもてはやされている。世の中、実にくだらない資格試験が増えたもので、これは新手の貧困ビジネスなのかと思ってしまう。それだけならまだしも、政府がコンピュータ関係など、特定の資格に助成金を出したりしているのなどを見ていると言葉が出てこない。単純に資格があるから就職に有利だ、というような時代ではもはやなくなっているというのに。
 無駄と分かっていながらも自身も資格の数だけは多いわけで。TOEICなんてその最先端。漢字検定のときに問題になったけれど、どう考えても半分の価格でも高すぎる試験なのに、いまだにまともに是正されないままである。そんな結果を採用の参考にするという企業が多いのにも驚く。自身がそうだからというわけではないけれど、950なければ足切り、とかなら最低限の基準として分からなくもないけれど、400とか600とか、結果として全く同次元としか思えないのだけど。
 ある試験を受けに行った。会場は女子高である。当然のことながらトイレがほとんど女子トイレしかない。男のものは1階に1つだけあったのみで、これはおそらくは教師用なのだろう。3階の女子トイレを男子用として用いていたものの、そこには長蛇の列。そもそも小用を足すのに座らなければならないというのに違和感を禁じえなかった。
 とはいえ、トイレがあるだけ、マシなのかもしれない。トイレのない部屋にもし住んでいれば排泄物と一緒に住まなければいけないわけなのだから。とはいえ、日本全体がトイレのない社会になっている。何のことかといえば原発である。廃棄物の行き場がないのに、ひたすら廃棄物がたまってくる一方。こんな日本に誰がした??

2011/12/11(日)   重複

 ニュースを読んでまとめるだけで五時間かかった。そんな時代もあったほど、ほんとに大変だった。なにせ無知なので背景が分からない。きちんと裏づけを取っていけば1〜2時間など、優に過ぎてしまう。要領を得ないもので同じものを何度も調べたり、今と違って調べ方がわからなかったり、とにかくいろいろあった。
 今のニュース短評など、30分ぐらいである。情報源は国会の議事録と、あとはほとんどは英語のニュースである。単純に信頼度が違いすぎるからなのだが、これも理解できるようになるまで随分かかった。最初のころなんて、VOAで練習してたぐらいだものね。いまVOAのスピードで英語を聞いたりしたら、もうまだるっこしくて「絶対ムリ」と思うだろうね。
 そんなわけで、ニュースは30分、ここは10分で、合計しても40分ほどしかかかっていない。特段のネタがなければもっと短いこともあるかもしれない。ほかにもいくつかのトピックを終了させるなど、とにかく文章を書かなくなった。その分、外部サイト2つを書いているとは言っても、減らしたほうが圧倒的に多い。
 それなのに、外部サイトも書くのが面倒くさいのでいい加減、やめたくなってくる(笑)。しょうがないので片一方を英語のみ、もうひとつをその日本語訳にしている。こうすることで同じネタで2度おいしい、という、なんと無精な人間だろうか。

2011/12/10(土)   金融偏重は害

 報道されなくなっているけれど、ウォールストリートのデモは警察隊が強制乱入、いったんは排除したものの、膨れ上がるデモのすべてを封じ込めることはできない様相である。逮捕者はすでに1000人以上にものぼり、アラブの春はアメリカに飛び火するだろうと書いた自身も、まあなんとか。という印象だろうか。
 金融業に従事する1%ほどの人数が、米給与総額の40%以上をかっさらっていく。これを異常と言わずしてなんと言おうか。しかしいまだに米野党は富裕層のさらなる優遇をもくろんでいる。庶民の税率は30%なのに、富裕層は15%。こんな姿が素晴らしいと堂々と社説で述べている読売をはじめ、日本の新聞は腐っていること間違いない。
 アメリカもイギリスもそうだけど、主産業を金融業にしちゃったからね。金融業というのは農業あるいは製造業のサポート役として非常に重要ではあるけれど、金融そのものは何の付加価値も生み出さないものだからね。そういう意味では、もっと金融というのは謙虚にならなければいけないと思う。公的資金を受けておいて高給、低税率というのはいくらなんでもおかしすぎないだろうか。
 今話題のユーロ危機。金融業が主軸のイギリスが強硬に反対し、イギリス以外の26カ国で妥結した。ったって、どう考えても変でしょ。自国産業を保護するなどと言いながら、陰ではユーロ各国のCDS(国債商品)を売り浴びせて大儲けしているのである。ユーロ危機をひとり喜んでいるイギリス。ありえない話というべきではないのだろうか。

2011/12/09(金)   経営者の資質

 日本にはろくな経営者がいない。昨今のオリンパスの騒動しかり、大王製紙しかり、東電しかり、である。金川千尋さんとか、佐藤研一郎さんとか、あんまり好きな人ではないけれど永守重信さんとか、優秀な経営者というのは本当に一握りしかいない。
 環境がどう変わっても対応できなければ淘汰されるだけである。実際、大手企業だって何度もパラダイムシフトを経て現在に至っているわけである。先代の苦労を思えば、なんだってできそうなものだけど、いまの経営者は甘ちゃんである。東電を見るのが最も簡単だけれど、ロビー活動だけで自分たちの地位を守っている。逆に言えば、彼らはロビー活動以外何一つできない。
 自動車税を減税しろなどと自動車業界が言いだした。正社員を圧縮して非正規を増やせば、そりゃ車を買える人も減るだろうよ。分配せずして消費なし。大企業が潤えば中小も潤うという考え方がもう完全に時代遅れ。アメリカも日本も失敗し続けているというのに、いつまで同じことを続けるのだろう。
 自動車税減税もロビー活動の一つだけれど、今日はトヨタの副社長が「超円高でものづくりの崩壊が始まった」などと、減益決算の席で言い訳をしていた。日産が増収、ホンダはタイの洪水の被害こそあれど、なんとかやり繰りで来ているのに、変われない経営陣というのは実に情けないものである。ふざけた一連の会見を見て、時代遅れの経営者が政治に干渉し続けているのが許せなく、トヨタ車など絶対に買わないと思ったのだった。

2011/12/08(木)   ゲームのジャンル

 ゲームの分類というのに困ることがある。とは言っても、コンピュータゲームの類ではない。たとえばチェスはボードゲームだろうか、それともテーブルゲームだろうか。一昔前にはテーブルトークRPGなんてものが流行ったけれど、あれは本当にテーブルゲームなのだろうか。そのあたりであればまだ悩むだけで済むのだが、たとえばポーカーはテーブルゲームかとか、ジェンガはボードゲームかと言われれば、まず間違いなく違う、と言えるので、無意識の区別の論拠に悩んでしまう。
 そんな状態で考えるのもなんなのだが、日本で人気のあるボードゲームといえば何だろう?人生ゲームとか野球盤なのがそうなのだろうか。野球盤も微妙なところである。ほかのテーブルゲームとは違って、反射神経が要求されるゲームであるからだ。フォークボールになるあの仕掛けを使って、球を飛び上らせるということも可能である。厳密な意味ではボードゲームとは違うような気がする。
 世界に目を向ければ、一番人気のあるボードゲームはモノポリーである。世界大会も開かれるほどで、あのまだるっこしい交渉が嫌いな自身には信じられないことだが、8人に1人がプレイするほどだという。2番目に人気があるのはスクラブルで、こちらは単語をボード上に作っていき、点数を競うゲームである。こちらは10人に1人がプレイすると言われている。
 日本ではモノポリーの入手は容易で、オリジナルだけでなくボードウォークを銀座に変えたような日本版も存在するほどだけれど、スクラブルは日本語版が存在するどころか、オリジナルを入手することさえ大変である。この1番目と2番目の落差はいったい何なのだろう。輸入おもちゃはピンクジェンガ、ボグル、アンザックオセロは持っているんだけど、今度行ったらスクラブルかアップワード、あるいはビッグボグルを買ってこようかな。

2011/12/07(水)   政治家の資質

 今の政治家が総じて小粒で、どうしようもない人間の集積体のように見える。一部には優秀な政治家もいるものの、いま権力の座にある政治家というのはほぼ間違いなく小粒で、からきし期待できない。たとえば前原のような官僚の飼い犬が期待されるなど、完全にどうかしていると思う。
 政治家の役目ってのは、地元のために、支持者のために働くこと。外国と渡り合って、国益を確保すること。昨今でいえばたとえば、日韓スワップ協定で5兆円もの資金を漏出させたり、原油を無償供給したり、TPPに参加するなどと言って国内雇用を脅かしたり、遺伝子組換えの作物で国民の食卓を危機にしたり、原発事故の当事者の経産省と東電を必死になって全力擁護したり、こんな議員たちは全く必要ない。
 橋下氏が大阪市長に当選したとき、ギャングスターの息子が市長になった、とタイムスに出てた。海外紙からすれば、その議員がどういう政策を持っているか、どういう資質があるのかのほうが重要で、資金繰りとか出自とかはどうでもいいんだよね。安倍首相(当時)の「これからはたたき上げの時代ではない」という発言とかあるいは7億円の無税相続とか、石原一族の数多くの勘違い発言などを聞いていると、たとえどんなに法律的にシロであろうと、政治家としてはおかしいと思う。クロにならないのは、検察や官僚に媚びているだけだから。何もできない政治家というだけでも有害だが、とりわけ政策が権力中枢志向の政治家は特に有害である。
 独自で北方領土返還の交渉を進め、北海道の漁業も保護してきた鈴木宗男議員が仮釈放された。精力的に仕事をこなす氏の存在が、特定の権力からは目の上のたんこぶの存在だったからこそ、茶番の逮捕劇、茶番の裁判などが行われたというのに、そのことをまだ理解できていない人たちってのも数多くいるようである。こんなことだから日本は沈没するのだ。鈴木氏のこれからの活動を応援したいけれど、それに応えるためにもまず我々国民が、変わっていかなければなるまい。

2011/12/06(火)   謎の合意

 人間関係のトラブルというのはとにかく多いもの。自身のように人間関係がきわめて限られていてもそうなのだから、交流の広い人たちであれば大変だろうと察している。人間関係と言っても友情だったり、金銭だったりいろいろ。毎回同じで片付けるわけにもいかない。
 勝手に決めつけられていることって、思いのほかいっぱいある気がする。自身の常識は他人の非常識。そういう前提がないと、人づきあいってのはうまくいかないよね。たとえば自身はお酒を飲むことは別に何とも思わないけれど、注がれるのは大嫌いである。そんなわけで飲むときは常時手酌なのだが、ほかの人たちから見ると異端なのだとか。自身からすれば、そちらのほうが異端なのだけどね。
 まあ酒の席ぐらいならいいけれど、お金の桁が大きくなったりとかすると、少しの認識の違いが大違いになってしまうからね。勝手な思い込みを避けて、明確に文書として合意したほうが間違いがないと思う。
 しかし男女関係というのは、さすがに文書にはできないものね。柔道の五輪金メダリストが逮捕された。お互いの合意があった、と犯行を否認していると言うけれど、妻子持ちが女子大生に手を出すという時点で常軌を逸していないだろうか。相手が合意していないからこそ、被害届を出されているのである。性犯罪というのは思いのほか、女性のほうが勘違いをしているもの(仮に女が睡眠薬を飲ませたりなどして一方的に襲っても、男は被害届を出せない風潮がある)だけれど、彼の場合は逆であったということのようだ。

2011/12/05(月)   私物化

 全国紙を読むと病気になる。ちなみに全国紙とは世間的に言えば全国で売られている新聞、読売、朝日、日経、毎日のことを指す。産経は全国紙の区分に入ることもあるけれど、せいぜいよく形容してもブロック紙。実態はタブロイド紙かゴシップ紙、あるいはそれ以下というのが正確なところである。
 一方、地方紙には健全な論調の新聞社も多い。そんなわけでどこかに行って時間をつぶすのに困っても、地方紙を買って読んでいる。共同や時事通信の記事も多いけれど、地方紙の論説というのは中央の枠組みと地方のできることの両方を踏まえて書いてあるのでプラグマティック(実践的)である。
 全国紙と言えば本当に、その対極に位置するのである。かれこれ60週連続でカラオケ一位の「♪どんどん大きくなってゆく〜〜〜 ボクの、イマジネーション!」という曲の歌詞通りの感じだろうか。過去の失敗の検証もせず、都合よくイマジネーションで書かれている。イマジネーションなんて横文字でなく日本語で書けば「被害妄想」である。
 読売新聞が巨人球団の前代表、清武氏を告訴した。清武氏は渡邉恒雄のことを批判したけれど読売新聞のことを批判したわけではないのだから、読売新聞が訴訟を起こすと言うのは奇異というか、異常である。渡邉氏個人が訴訟を起こすのならば分かるけれど、そうすれば裁判費用も個人持ちになるわけだしね。新聞の売れ行きも悪く、原発マネーも細る一方。無職の一個人から一億円もの賠償を受けないと持たないほど、読売新聞社の存続はピンチなのだろうか。

2011/12/04(日)   井の中の蛙いわく「羽田は怖い」

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(平和公園@長崎県長崎市)

 羽田空港が滑走路四本にまで拡張されて、国際線の枠を少し増やしてから1年になる。当初の期待ほどの利用があるのかと聞かれると実に微妙な返答にしかならず、中韓など近距離便は堅調なものの、長距離便は善戦しているとは言い難い状況のようである。アメリカ人がシンガポールやオーストラリアに行くときに日本(成田)を乗り継ぎに利用しているのはたまに見かけるけれど、まさか成田から羽田、あるいは逆への移動ができるはずもないものね。
 というよりも、滑走路が四本に拡張されたとは言っても、実は「井」の形なのである。当然同時に四本使えば大事故につながるわけであり、平行する二本ずつを同時使用できるに過ぎない。とはいえ密度の高い空港なのでスタンバイ時間を省略できるだけでも大きなことなのである。
 今回は行きは羽田から熊本、帰りは長崎から羽田であった。羽田で降りるということが随分と久々である。いつもであれば中部空港を使うものだから。残念ながら便数が少なく、また中部空港そのものへのアクセスも羽田に行くのに比べればよくない。厳密な距離で見れば中部のほうが近いのだが、アクセスのしやすさでいえば断然羽田になってしまう。
 羽田に着陸するとき、その井げた状の滑走路が目に入った。いやいや。こりゃ一歩間違えれば大惨事。東海道新幹線の東京=名古屋間を絶対に利用しないのは異常な過密ダイヤのため怖いからなのだが、羽田を使うのはやっぱり怖いと思ったのだった。平行滑走路が3本4本と整備されるまではひたすら中部空港か成田を使わざるを得ないだろうか。

2011/12/03(土)   JR線再全線走破

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 昔からこれといった趣味のない人間だった。なにかあれば勉強しているというのは今でもそうで、実につまらない人間だなぁ、と思うし、そう言われてしまうものである。でも勉強というのは絶対に自分のためになるからね。それこそ上杉謙信のように、極限までストイックなまま人生を全うしたいと思っている。
 そんな自身が教育実習で北海道の小中学校に行った。渡島と網走で理科を教えたのだけど、その往復に北海道ワイド周遊券を用いたのだった(現在は廃止)。20日間も乗り放題なのに使わないのはもったいない。そういうわけでそこらじゅうに行った。乗って乗って2500kmというJR北海道のイベントがあったこともあって、盲腸線を含めてすべて乗りつぶした。
 そうしてから四国も九州も乗りつぶし、気づけば本州も乗りつぶしたのであった。最後に乗車したのは御殿場線。国府津で降りたときに何か特別なことを感じたのかと言われれば実際問題そんなことは何もなかった(笑)。そうこうするうちに東北・九州新幹線、東西線、おおさか東線などが開業し、また未乗区間ができたのだった。
 本当はそうした路線の開業日にいければいいのだろうけどなかなか実際、難しいものである。九州新幹線が開業してから9カ月。今日、新八代から博多まで乗車し、再びJR線全線走破を達成したのだった。しかしやはり何も感じることはないどころか、疲労がたまりすぎていて寝てただけというオチ(笑)。博多からは折り返し、かもめに乗車したものの、もう乗った瞬間に寝てしまい、長崎で清掃員に起こされたのだった。とにかくひたすら疲れた出張だった。

2011/12/02(金)   酒量の違い

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(鹿児島方面から熊本駅に入線する新幹線)

 長野の平均寿命は都道府県別にみて日本一である。これは地理的に塩が入手しにくかったため、料理が薄味であることと無関係ではないと思っている。敵に塩を送るというのは上杉謙信の有名な故事だけど、塩・たばこ・酒というのは国が儲けるために厳しい規制を敷き続けてきたものなのである。
 九州の人たちは酒に強いと言われる。なぜなのかはよく分からないけれど、寿命と同じで、地域ごとの差というのはあってもおかしくないと思う。単純に言えば、九州の人たちはお酒を飲む機会が多いのであろう。長野では高天、岩波、七笑など日本酒こそよく作られて飲まれてもいるけれど、他のお酒というのはあまり飲まれない。日本酒しか飲まないという人たちもいるのである。
 九州でコンビニに入るとお酒とおつまみのコーナーの広さにまず驚く。なんでこんなに大量に、店の3〜4分の1を占拠するぐらいじゃないのか?と思ってしまう。未だに酒類販売の免許を持っていないコンビニも長野にはあるぐらいなのに。在来線の普通電車に乗ると車内で缶ビールやワンカップなどがそこかしこで飲まれている。長野では特急ではたまに見かけても、普通電車では見かけない光景だなぁ、と思う。

2011/12/01(木)   師走

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 基本的にあんまり外食しない。それに加え、ラーメンを食べにいくとなれば、ほとんどない気がする。いいラーメン屋はそれこそ先日の甘心堂のように安心感があるけれど、未知の店に入る気がしない。実際、非常にまずいラーメンが出てくる確率もかなりあるからね。リスクを考えると無謀な冒険はできないのである。
 今日はなんだかんだで一番忙しい日。朝からてんてこ舞いである。バイキング朝食もそこそこに仕事の準備である。失敗が許されないというのはいつもそうだけれど、今日は特別にダメだからなんだかんだで緊張するのである。
 結果的にはなんとか無事に終わり、良好な成果であったとお褒めにあずかることに。ふーーーっ。自身がこの手の会議に出ないといけない理由が能力的なものではなく、学歴的な理由なのでとにかくげんなりしてしまう。毎夏と、冬は2年に一度、ほかにもたまに突発的にこの手の行事はあるのである。ちなみに2年後の会議場所は残念ながら東京であり、今からげんなりしている。出張場所が近場だと、いろいろと旨みがないのである。
 とにかく疲れた一日だった。同僚と打ち上げで熊本市街に繰り出す。さすがに70万人都市、繁華街の人通りが半端ない。少なくとも長野県内では考えられない光景である。実にいろいろなお店があり悩んだものの、結局先輩の顔を立てて熊本ラーメンを食べることに。鶏ラーメンというメニューがあったのでそれにあっさり決定。麺から出汁からチャーシューまで鶏一色のラーメンは松本の五色を思い出すけれど、非常によい味わいだった。帰りにはライトアップされた熊本城が。寒さを感じないものの、もう12月なんだねぇ。。

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