せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2011/04/30(土)   不買運動

 なにか不満があるとき、それに対して文句をつけることは珍しい。もちろん苦情を伝えることで状況が改善されれば自身のみならず先方にとってもメリットなのだが、苦情を受け入れてくれるぐらいの相手であればもっととっくの前に改善しているというもの。あきらめているといえば変だが、無駄になるかと思いストレートに述べることがほとんどなくなったように思う。
 最善の抗議活動は不買である。売れないという現象に対し、正しい処方箋を持っていなければ事態が改善に向かうことはない。そういうとき、どれだけ客の声が聞けているのかというのは重要である。なんでもかんでも景気のせいにするのは簡単だけれど、それは根本的な問題ではない。周辺環境に左右される経営そのものがおかしいとも言えるのだから。
 3月の出荷データが明らかになっているが、多くの分野で劇的に落ち込んだ。鉱工業生産も過去最大のマイナス。とある自動車会社のように余剰を持たないことを善としてきた会社ほど大きな影響を受けているようである。スリムな会社がよいとは限らない。世の中、難しいものである。
 新聞用紙の出荷が2割ほど落ち込んだのが目を引いた。新聞など、一度解約されてしまえばこのご時世である、なかなか再契約してもらうことも難しいだろう。そもそも中身がいただけない。世の中の1%にも満たない富裕層のために記事を構成していては、庶民に買うなと言っているようなものだろう。自身は信毎以外は購読する気がなく、どの全国紙が勧誘に来ても断り続けている。なにしろ、金額に見合う価値があるとは到底思えないから。

2011/04/29(金)   ソフトの価値

 長々と柿木将棋Vというソフトを使い続けてきた。難易度を特に求めていないので、再生とたまにソフト相手に指すぐらいならばこれで十分だったからである。しかしさすがに数年前のソフト。OSをウィンドウズ7に変えたら実行こそできるものの、表示がおかしくなる始末。仕方なくソフトを買いに繁華街まで出向いた。
 それにしても実に多くのソフトがあるものだ。かつてはほかに金沢将棋、森田将棋、AI将棋といったあたりしか選択肢がなかったというのに、プログラムの選手権を開催し始めてからぐんとレベルが上がったように思う。ハードの進化につれてソフトは強くなったけれど、ボナンザに象徴されるようなアルゴリズムの進化も一役担っている。
 候補が多すぎて悩むものの、最後は携帯電話のくじ引き機能で無理やりひとつを選択。さすがに2つも3つも買うものではないからね。そして自宅に帰ってプレイしてみる。再生機能も細かくなり、検討も随分深くなった。毎年進歩しているのだから言うまでもないが、数年分の変化を今まさに感じているのか、と思った瞬間だった。
 もうすぐコンピュータ将棋選手権の2011年度版が開かれる。最新鋭のコンピュータを何十台も動かすという非常に電気を使う大会であり、開催が危ぶまれていたりしないのだろうか。開催されればまた新鋭ソフトの躍進と古豪ソフトの堅調が戦う構図になるのだろうか。開催されればよいけれど、どうなるのやら。

2011/04/28(木)   反省できる組織

 浜岡原発が再開するらしい。いくら日本の技術力がすごいと言っても、設計通りに運転されていないのだから意味がない。点検したら原子炉の中にレンチが入ってました、圧力壁にひびが入ってました、でも何もしませんでした、ではシャレにならない。運転しつづけるために隠蔽する。末期的症状である。
 東北新幹線があすにも全線再開するようである。徐行などの関係で所要時間は当初よりも1時間ばかり多くかかるものの、それでもすごいことである。JRとしては年3回の書き入れ時に間に合うように復旧したかったのだろうが、それにしてもすごいものである。阪神淡路のときの山陽新幹線の復旧には2ヵ月半かかっているのだから。
 それに加え、中越でも地震があり、走行中の新幹線が脱線するという事故があった。それでも死傷者ゼロというのはすごいものである。そこに安心することなく、耐震強度を増していくことに注力した結果として、東北新幹線の復旧も早まったのだろうか。
 それぐらいのことは当然と片づけられそうだが、当然のことが過去も、現在もまったくなされていない事実を見せつけられるにつれ、やるべきことを黙々とやるということが地味ながら実にすごいものだと思わされたのだった。族議員の財布と化していた国鉄の解体が実り多かったように、官僚経営の東電も解体しなければならない時が来ている。どんな手段でも構わないから反省できる組織へ改組してほしい。

2011/04/27(水)   幹事

 例年、この時期には近隣に住んでいる同僚と酒を飲むことにしている。題材こそ花見という名称だが、飲み食いをメインにしており花見などどこ吹く風である。昨年は例年の水月公園ではなく高島城でやったものの、人通りが多いところはやはり危険である。肉を焼いているさなかに警察がやってくる始末。当たり前のこととはいえ、酔いもさめるというものだ。
 しかし最初5名ばかりであった近隣者も年々増え、いつの間にか11人を数えるまでになった。随分人数が増えて、スケジュールの調整も難しくなる中、なぜか幹事を任される始末。この手のことは嫌いなのだが、なんともどうしようもないというものか。
 例年のようなことができそうにないので、普通に飲み屋を手配し、飲み放題で適当にやることにした。スケジュールを調整し会場を予約さえすれば終わりなので楽である。幹事の分際で奥まった席に座り、後はすべてなるようになれ状態(笑)。事前にも後輩に「メンバー的に絶対盛り上がらないですよね」などと言われていたのに、思いのほか盛り上がり、肩の荷をなでおろした。家に帰ったらもう何もやる気がなくすぐに寝てしまった。それが昨日のことである。
 4月から変わった部長も会に出ていたのだが、どういうわけか「あれは年に何回やってるの?」と聞いてくる始末。いや、年に1回きりですけど・・・と言う自身をよそにすごくやりたそうである。今晩は家に帰ったらその部長ともう一人の部長に呼びだされ、なぜか3人で飲む始末。毎日この調子だとどうなるのやら・・・(笑)

2011/04/26(火)   一票の差

 チェスで、チェックされていないにも関わらず、自分の駒をどう動かしてもチェックの状態になってしまうとき、ステールメイトという引き分けになる。もちろん優位な側はステールメイトにならないように寄せるので関係ないといえば関係ないのだが、ごくまれに勝っているのに引き分けにしてしまったりすることもある。
 一方、将棋ではステールメイトはなく、動かせる駒がない人間の負けになる。将棋ではチェスと異なりそんな状態になることはまずないのであるが、きちんとルールが設定されていることはすばらしいことである。ホリエモンが収監されることになったが、氏や東電のような「想定外」だなんてセリフは聞きたくもない。きちんと対応できるようにしておけばよいことである。
 諏訪市議選が行われた。なんと最後の議席が1026票で同票。前回の知事選も僅差であったが、それでも数千票は開いていただろうか。有権者数が違うとはいえ、全くの同数というのもレアである。4年前にも松本市議選(定数1)で同票だったことがあった。
 こういうとき、同着当選などというシステムはない。選挙長がくじを引き、どちらかを当選とすることにしている。レアケースにもきちんと想定しているのは良いことだが、政策でも活動でもないものに当落が左右されるというのはおかしな気がしないでもない。しかし現在の制度に文句をつけてもはじまらない。新人の当選が決まり、「2人分頑張るしかない」とのコメント。最下位当選とはいえ、期待は2倍というところだろうか。

2011/04/25(月)   鉄路の復旧

 関東は人口の密集が激しい。横浜市が大阪市の人口を抜いてしまったと聞いた時、大阪人でなくても悲しくなっただろう。もはや東京以外は地盤沈下と言われているように感じる。大阪でもそうであるし、もっと小さい都市になれば尚更だ。
 しかしその関東では京王、京成と京急ぐらいしか私鉄とJRのまともな競合がないのが意外である。京成とて最混雑区間で考えれば、船橋以東の客を船橋でJRに移しているだけであるし、京王も八王子(中央線)、京急も蒲田・川崎・横浜(東海道線)ぐらいしか競合しない。それに比して関西ではどの私鉄もJRと完全に競合している。大阪神戸間などはJR・阪急・阪神と三社競合という恐ろしい過当競争である。
 阪神淡路の例の地震のとき、復旧は資金力ということを強く感じたものだった。JRは4月1日と同8日に新幹線、在来線と復旧させたものの、阪急は夏ごろ、阪神に至っては秋口になっていた。もっとも両社とも当初はもっと復旧は遅いと言っており、最も海よりの阪神は来年などと言っていた。高架にあった石屋川車庫は地面に叩きつけられるように崩落するなど壊滅的な被害で、留置の電車が多数廃車になった。車庫の完全復旧には1年2カ月もかかったわけであり、そうした予想も無理のないことだっただろうか。
 あのときでも復旧には最短で2ヵ月半かかった鉄路。今回の地震はあれ以上の被害、しかも4月に入ってからのあの余震だけでも500箇所以上がやられてしまうというものだったにも関わらず、東北本線は本震から1カ月半もかからないうちに復旧した。新幹線も今日は福島から仙台までが復旧し、残るは仙台から一ノ関の間だけである。地震の被害は保険で対応できるけれど、収入減には保険では対応できない。だからこその資金資材を大量につぎ込んでの復旧作業になったわけだけれど、ここまで早いとは恐れ入る。今日の停電騒動はご愛嬌といったところだろうか。

2011/04/24(日)   猿の大群



 杖突峠や勝弦峠、塩尻峠などでは鹿を見かけることがある。道路脇の自然でたたずんでいることが多く、車道にまではみ出しているのを見たことがないけれど、やはりよく通過する人はそういうシーンを見ているようである。鹿は増えすぎで農業被害も深刻で、鹿肉ハンバーグなどまで売られているが、本格的な問題解決には程遠いだろう。共生のためにはどうすればよいのだろう。
 今日は奈良井まで出かけた。例年この時期は奈良井は多くの人が訪れる。特急こそ止まらないが、到着した各駅停車から降りてくる人は40人はいただろうか。改札業務も大忙しである。
 そうして帰ってくる途中、木曽ならかわの道の駅の目の前で、猿の大群がいて目を疑ってしまう。「うわっなんじゃこりゃ!!!」と叫びながら慌てて車を止め、なんとか猿を轢かずに済んだ。対向のトラックもびっくりの様相である。猿はわがもの顔で、中央西線の線路の上で密集している。そうこうするうちに特急しなのがけたたましい警笛を鳴らしながら突っ込んできて、また車道が猿まみれになってしまう。いやはやなんとも、驚きの一日であった。

2011/04/23(土)   輸入食品

 車に乗って松本まで出かけた。実は先週も書籍を購入するためなどできており、2週連続になる。しかし終日にわたりなんともひどい大雨で、前も後ろもほとんど見えない。車もバックでは入れられず、仕方なく前進で入れる始末。
 松本城の桜は散ってしまっていた。百老亭の中華を食べながらのんびり。そのまま輸入食品の買いだめである。食品に何の神経も使わないころは良かった。しかし今や無神経でいれば必ず放射能を食べてしまう時代である。国内の商品があやふやになれば、輸入物で満足するしかない。暫定基準値というようなものはあるけれど、輸入食品に対する規制は暫定基準値の数分の1以下であるのだから。
 帰りは道の駅に立ち寄る。関東のレタスもあったけれど、長崎産のレタスや高知産のピーマンやたまねぎが山積みで、しかもよく売れていたのは目を引いた。牛乳も南阿蘇牛乳などという今まで見たことのない商品が入っていて、やはりよく売れている。500mLで250円でありスーパーの値段からすれば信じられないが、安全というプレミアがある。縁のなかったJA長崎やJA高知というのが購入意欲を起こしているのか。
 しかしいずれ、食品偽装の問題も出てくるだろうね。東欧に行けばradiation freeなどと書かれた肉を見かけるし、シェフも必ずそのセリフを述べるために客前に出てくるのだし。JAの簡素な包装は今のところは別にして、偽装されなくもなさそうだけれど、輸入食品は中身もそうだけれどパッケージと日本語版イングリーディエントまで偽装するような人はなかなか出てこないだろう。食費がとにかくかさむ。こんな中、消費税増税だなんて勘弁だ。所得税増税で担税力のある人間が日本を支えてほしい。

2011/04/22(金)   国営化

 少し前はなんでも民営化がはやされた時代だった。「民でできることは民で」などという意味不明のスローガンで囃したてられたが、実際に重要なことは国民の利益を最大化するためにはどちらを取ればよいのか、ということである。国営のほうが国民の利益につながるのであれば国営のままでよいし、無駄が多ければ撤退を考え、場合によっては民営化する。それが基本的な論点である。
 そういう視点もないままただ民、民と叫んだところで、ポークバレル(利権誘導)になるに決まっている。かんぽの宿に代表される例の事件のとき、民からの代表が国の会議に参加し民営化を推奨し、その落札に自社が参画するなんてことがあった。あまりの露骨さに言葉を失ったが、その会社の強弁がもっと驚きのものであった。「社長は私人であり、今回の入札とは無関係」。アメリカや中国なら逮捕だが、もちろん献金を受けている当時の与党がそんなことをするわけもなく、民営化とか言いながら利益を根こそぎ奪われるところであった。
 農業と水産業を国営化したほうがよいと思っている。なぜならいま生じている放射能汚染は風評でもなんでもなく実害であり、しかも目に見えないため判断に悩むからである。すべてを国が買い上げ、徹底的に品質管理し流通に回す。民ではできない事業であり、なおかつ現在はその必要性も重要性もある。汚染食品をいかに売るかを考えている場合ではない。
 また国営化などというと焼け太りとの指摘も出てくるのだろうが、非常時には国は大きくなるものである。平時ならスリムでも何の問題もないが、現在は明らかに平時ではない。指をくわえたまま決断が遅れれば遅れるほど、そのツケは国民に回ってくると思っている。

2011/04/21(木)   比較

 何度も書いていることだが、自身は他人と比較しないことにしている。そもそも比較する必要がない。その人自身は絶対的な存在なのだから。一時的に比較しなければいけない場合が出てくるのは事実だけれど、そんなものに一喜一憂するのもどうなのかと思う。
 東電が電力料金を値上げするらしい。経済原理としては当然だが、現場で確実に被爆している作業員が年収200万円台などというのに対し、東電の社員はプレスで見ても年平均750万円。マスコミの報道を愚直に信じている人が多いのでいくつか指摘しておきたいが、東電の社長は福島県に対し、行くということを公式には伝えていなかった(マスコミを通して一方的に通告した)。県関係者に県民への謝罪の言葉はないのかと聞かれて初めて「近隣住民の苦悩は担当の役員から聞いている」と返答。会長も、地震だから法に基づき国が賠償するとの趣旨を述べ、数億円に上る個人資産の拠出は胸を張りながら却下した。頭を下げながらも「ああ天下り失敗しちゃった、ちっ。」と思っているような連中である。もはやすべてが他人事の世界。給料の削減も不十分だが、役員報酬の削減は9割以上が常識だろう。東電の社員役員に加え、経産省と内閣府の職員は経理や整理要員など一部を残して全員を現場での事態鎮静化に当たらせなければなるまい。拒否するものは全員解雇か免職。国のため、会社のために働くのだ。人員が全く足りていない今、それは当然のことではないのか。
 肝心の電気料金はどうなのか。アメリカや韓国の倍ほど、オーストラリアの3倍ほどである。途上国ではもっと安い。そのため、金属の精錬など電気を使う事業はかなり昔から海外で行われている。それは経済的にするために当然のこと。下手にそんな国々と太刀打ちしようとか思わないでほしい。太刀打ちするにしても、原発のコストはもっと厳正に見積もって欲しい。きっと高すぎて、電気料金は10倍以上に跳ね上がるだろうが。
 しかし世界でみれば日本よりもっと高い国も存在する。原発がないイタリアはリビアからの資源に頼っていることもあり、現状では日本の倍程度だろうか。そこまではいかないにしても、デンマーク、ベルギー、ドイツなども高い。原発の多いフランスも日本と同水準。だから単純に日本の電気料金が高すぎるとも言えないと思う。円高の恩恵も被っており、原油高だから値上げ、という説明に説得力もない。たまには説得力のある、責任感も感じる会見をしてほしい。

2011/04/20(水)   反省のない社会

 諏訪は桜が満開。例年より5日ほど遅いだろうか。今年はとにかく寒かったので遅くなるかもと思っていたけれど、そういうどうでもよい予測というのは実によくあたるものである。明日の株価とか為替が分かったほうがよっぽど儲かりそうだけどね。
 桜と言えばどうしても入試のイメージがあって、サクラサク、という印象なのだが、本当に入試の話題はどこに飛んでいったのだろう。ほんの一か月前まではカンニング一色だったのに、いまや言葉すら聞かない。しかし事態は何ひとつ進まないまま放置されているように思える。
 対策を練らなければ当然今年も同じ話がぶり返されるに決まっている。なにしろ手口をご丁寧にテレビや新聞などで大々的に報じたのだ。携帯をいじったぐらいでは退室処分にならないということはよくわかったこと。試験官も神経を使う仕事ではあるけれど、大学の業務なのだからもっと増員してほしいと思うし、仕事も真摯にしてほしい。
 こういう過去の教訓を生かせないというのはまさに日本特有のことなのだろうか。もうすぐチェルノブイリが25周年を迎えるけれど、まさにあのときの反省が生かされていないからこそ今の惨状がある。そして今、わずか一カ月前の出来事を反省する風潮が官僚組織や東電などに有るだろうか。今度は25年もしないうちに、地震をトリガーとしない大きな原発事故が起きて、日本人の反省しなさを垣間見ることになるのだろうか。

2011/04/19(火)   親知らず

 「直ちに健康に影響はない」というセリフをまるで聞かなくなった。厳密には「健康に影響を及ぼしたのかどうか、直ちには分からない」あるいは「直ちに影響が見られるほどひどい被害ではない」というべき内容である。健康に影響がないならそんな規制などないに決まっている。過去には1キロ当たり数百ベクレルの食糧が輸入停止になったことも何度もあるのに、今や数万ベクレルの食品も普通に流通している始末。どうすればよいのか。
 なんだか歯の様子が変である。昔から親知らずが横向きでおねんねしているという話は聞いたことがあったので、歯科医に出かけてみた。見えないので念のためにレントゲンを撮ることになったが、前回は説明すらなかったレントゲンの放射線についての説明がある。世の中というのはこういうものなのだろうか。外部被ばくだけで済めば幸せというものだろう。
 像をとってみた結果、ついに親知らずが姿を現しつつある模様である。このままでは7番(親知らずの隣)の歯が高確率で失われるといわれたものの、姿が見えていないのですぐに抜くこともできないらしい。じゃあこのままほおっておくしかないんですかね?と聞くと、歯科医は「すぐには影響しないですね」という始末。おまえは官房長官か!と言いたくなったものの、それが事実なのだからどうしようもないのだろうか。
 下の親知らずは抜きました?と聞かれたのでまだだと返答。普通は下のほうが早いのだけれど、といいつつ過去のレントゲン像を見ると残っていた。これはたぶん生えてこないですね、とのことであった。とはいえ昔は上についても同じことを言われていたのだ。どこまで何を信じてよいのかよくわからなくなってくる。病院を変えたほうがよいのだろうか。

2011/04/18(月)   ゆすりか

 諏訪湖の名産と言えば何だろう。うなぎのまちなどと言われているけれどもはやうなぎなど取れないというのは有名な話。小エビなども棲んでいたようで、昔は水面を網で叩けばエビがとれたなどという時代もあったそうだけれどいまやそんなことはありえない。湖底に武田菱があるなどというがそんなものが肉眼で見えるはずもない。わかさぎも個体数が減少している。
 例年この時期になるとユスリカという虫が大量発生する。もはや網戸も車も何もかも真っ黒である。ちょっと車のドアをあけただけで無数に入ってきてしまい、数に辟易しそうになる。仕事を終えて車に乗ろうとすると車内で大量に死んでいる。暑さにやられたのだろうか。
 例年もこの時期は鬱陶しい時期なのだけれど、今年は何年かぶりの大量発生の様相であり、少なくともここ4年では初めての経験である。今年は雨が少ないから花粉も多いというが、雨の少なさがユスリカにも影響しているのだろうか。何にしても、とにかくうんざりげんなりの様相である。なんとかならないものか。

2011/04/17(日)   混ぜるな危険

 二酸化炭素25%削減と述べて鳩山前首相は最初の国際会議に参加した。派手なアドバルーンをあげるのは海外の政治ではよくあることで、パフォーマンス込みなのは目に見えていたけれど、日本文化ではあまり評判が良くなかった。日本人はとにかく言質主義。言った言わないで喧嘩したりなど日常茶飯。世界に言質を与えたとでも認識していたのだろうか。ちなみにその後、日本の目標の取り下げが認められている。
 温暖化の要因でもあり、オゾン層破壊の原因でもあるフロンガスの排出が禁止されて久しくなる。代替フロンの開発も進んでいるけれど、やはり浸透力などの点からまだまだ元祖フロンには及ばない。
 塩素系の洗剤とそうでない洗剤を混ぜると気体としての塩素や塩素酸が発生するという事件があった。何名かが犠牲になられ、洗剤の容器には塩素系か非塩素系かが書かれるようになった。
 やはりフッ素や塩素というものは極性が高く便利なのである。元素の周期表を見ればそこにとって代わる材料などないのは目に見えているのだから、代替品に満足できる時代などこないのかもしれない。それでも最優先するファクターを満たす代替品を使っていくしかない。浸透度もそうだし、低沸点、相溶性、熱容量などなど、どれを最優先するのか。不便でも使えないものは仕方がない。
 福島の農産物に出荷制限解除の動きが出始めている。洗浄可能な野菜ならばともかく、洗浄できない野菜や乳製品、魚介類などではどうしようもないのである。チーズやヨーグルトにされたりミックスサラダにされたりすれば洗浄のしようがないというもの。まさに混ぜるな危険というもので、こんなことをすれば安心できる食材まで敬遠される結果になろう。混ぜれば安全なのではなく、混ぜるからすべて買えなくなるのだ。官僚組織というのはどこまでも愚劣である。東電に完全に買収された学者達の意見も出鱈目で無責任なものばかり。
 福島の農家の収入を手当するのは東電の仕事だろう。いかに賠償額を抑えるかという論点で農業厚生政策が動いていることが許せない。東電は解体、OBも全部解雇で、東電から差し押さえた額で足りなければ全額政府が出すしかあるまい。職責に応じては刑事訴訟の対象にすることも検討しなければなるまい。そうすると官僚のみならず、独立行政法人、外郭団体、大学の研究室、マスコミなど、あらゆる組織が穴ぼこになってしまう。実に東電問題の根は深い。乳製品も野菜サラダも(ブレンド)米も買えない。子どもたちやその先の世代に大変申し訳なく思う。個人的にも大きく痩せそうだ。

2011/04/16(土)   災害復興減税、復興阻害増税

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 福島県では一時、レギュラーガソリンの価格が1リットル180円や200円まで跳ね上がったという。悪質な便乗値上げなら許せるはずもないが、物流がほぼストップしてしまい入荷がない状態であったのだから、経済学的には価格が上昇するのは当然のことである。需給曲線という反比例曲線を見たことのある人は多いだろう。そんなことは経済の教科書に載っている。
 対外債務が増えすぎた第一次大戦後のドイツでハイパーインフレが起こり、大量のマルク札を抱えているドイツ人の写真をみたことのある人も多いだろう。あれだけのお金でコーヒー一杯しか飲めなかったのである。少し前にはジンバブエで何兆ジンバブエドル札などが発行され、空前のデノミが行われたりした。あれは遠い昔だから起こったことではなく、今でも起こりうることである。そんなことも教科書に書いてある。
 日本は対外債務がほぼないのだから外国を契機にインフレになることはない。デフレになるのも、常に供給が余剰気味だからである。もちろん実生活は教科書通りに進むはずはないにしても、経済の原理さえ知らない有識者というのは実に多いものである。
 貧者の一灯のつもりで義捐金を寄せた。義捐金は気持ちであり額を比較するものではないが、おそらく東電の役員陣よりは多いだろう。震災から立ち直るためには義捐金も必要だが、それを使って家を新築し、車も家財も衣類も新調しなければならない。医療費や慶弔費もかさむ。食材にも神経質にならざるを得ず、負担は増すだろう。どの面でも多額の支出が想定されるのである。
 そんなところに復興税構想など、実に馬鹿げた構想である。被災者を支援するどころか、被災者を苦しめてどうするのか。デフレ時代ならば財政出動して消費を伸ばし景気の下支えをする。インフレになりそうになれば増税し、利上げもして過熱に歯止めをかける。そんなことは教科書に書いてある、ごく当たり前の基本である。100%断言しておいてよいが、復興支援などと言いながら増税したところで、絶対に復興のために使われることなどない。ガソリンの暫定税率の話と同じであり、たとえ時限法でも時限法になるわけがないのは目に見えている。外債の極めて少ない日本がいま果たすべきは減税であり、増税などであるはずがない。

2011/04/15(金)   金本の記録

 プロ野球が2週間遅れで開幕、阪神の金本の連続試合出場が今日ストップした。
8回裏、2死で代打出場したものの、俊介が盗塁死。打席を完了しないまま守備につかず、出場とは認定されなかった。
 敵将落合監督のコメント。
> )なるほど……ここで止まるとはな。オレの目の前で見させてもらって良かった。十分気をつけなきゃいかんな。一回井端の時にあったはずなんだよ。その記憶があったから。良い勉強させてもらいました。
 井端は確かフルイニング出場をそれなりに続けていたことがあった。9回表の打席で負傷したのか走塁することができず、フルイニング出場がストップしてしまった。そしてその後も連続試合出場を続けていた井端だったが、負傷で出場できそうにない日が訪れた。
 当初は偵察メンバーとして起用され、そのまま代打を出されるはずだった。しかしそれでは打席にも守備にも入らないので、出場したことにならない。代走でも駄目である。そこで夫人の入れ知恵で、なんとか連続試合出場を継続させたということがあったのだった。
 連続の記録も偉大だけど、結果的にストップさせてしまった俊介が悪いとはとても思えない。2点リードだったのだし、貪欲に次の塁を狙うという姿勢は正しい。本人の心中はどうなのかわからないものの、俊介が金本の持つ連続フルイニング出場を更新できるぐらいの選手に育つことが金本への恩返しというものではないだろうか。

2011/04/15(金)   瓦礫のような経営者

 岩手県宮古市に田老地区という場所がある。万里の長城と呼ばれる10mの堤防を建設しそれまで津波を防いできたが、今回の津波はそれ以上であり15mとも22mとも言われる。大きな被害が出た一歩、それより北部にある普代村。今回の歴史的な津波を防いだのは15m超の堤防であった。防災が必要とは言っても高さをどのように設定するのかは難しい。50mの津波の可能性はゼロなのかと聞かれればそうではないとしかいえないわけであるが、では50mの堤防を作るべきだ、といわれると無駄だと感じてしまう。しかし今回は奏功した。悲惨なニュースが続くなか、数少ないよい知らせであった。
 地震と津波による大量の瓦礫処理が今後の課題となる。普通の瓦礫であればどこにでも集積できるものの、放射能を含んだ瓦礫はそうはいかない。川崎市が善意で市内で処理するなどと表明していたけれど、善意はありがたくても放射能汚染の観点で言えば大迷惑である。風雨などの自然や花粉、昆虫など生態系を伝ってただでさえ拡散していくのである。わざわざ人工的に拡散を広げるなど、どんなに悪い冗談なのかと言いたくなる。もし長野や近隣自治体が汚染瓦礫を受け入れるなどと表明すれば全力で反対するだろう。農業の自粛などと言っている場合ではない。周辺全域を立ち入り禁止にして、生態系による汚染を防ぐために木々もすべて伐採し、野生動物もすべて処分するべきだと思う。土地は東電が速やかに買い上げなければなるまい。
 放射能の汚染は完全に人災である。東京電力会長の勝俣は天災だから東電ではなく国が補償するのだという趣旨のことを公然と述べていて唖然としたけれど、経団連の米倉まで同じ趣旨のコメントを出していて耳を疑った。経団連にも入会規則があり、詳細は省くが東電はそのいずれにも反しているだろうに。退会処分も下せず、身内に随分と甘いものだと呆れてしまう。東電は税金を要求する傍ら、マスコミとそのOBを海外へ毎年接待旅行していたとも勝俣は述べていた。清水は原発擁護の研究室に多額の資金を拠出してきたと述べた。これではマスコミと原発擁護学者のために税金を使うようなものである。
 東電は税金で窮状を救えと主張する傍ら、瓦礫処理に当たっての対外契約について金額も時期も相手も「私契約のため」公表できないなどと述べた。原発内部および周辺土壌の汚染状況なども東電はデータを持っているに決まっているのに、ストロンチウム90、塩素38、ナトリウム24などについては発表を避け続け、結局東電からではなくIAEAから発表される始末。汚染マップも東電のものは「正確な流出量がわからない」ため開示できないと明言。この事態においても東電は私企業であり、都合の悪いことは公表しない、でも税金は一刻も早く投入しろという。挙句の果てには原発の再開を主張しはじめる始末。この主張を全面支持する経団連も含めて、日本の大企業のトップというのはどうしてこうも腐って狂った人材ばかりなのだろう、と嘆くばかりである。

※東電を擁護するものではないが、ベータ線・ガンマ線スペクトロスコピーでの検出には時間がかかるので、採取から発表まで10日ほどかかるのはやむをえないことである。しかし2週間以上経っても発表しないのは100%隠蔽。

2011/04/14(木)   進歩と省力

 錬金術がもてはやされていた中世。金でないものから金を作り出すという試みがそこらじゅうでおこなわれていた。貨幣経済というよりもまだ金本位制度という時代である。文字通りの一攫千金を夢見ていたのだろうか。現在の科学的知識からいえば不可能の一言で片づけられてしまうけれど、そういう目的を持って研究に励んだ結果、多くの知見が得られ現在の科学の土台となった。逆にいえば、知見を積み重ねた結果、錬金術というものは無理であるということが分かったのである。進歩の積み重ねというものだろう。
 原子力などというものが注目されたのは歴史的にいえばごく近年である。広島と長崎に原爆が落とされた。その後も核実験などで何度か使われた。いずれも生産的な行為ではない。破壊のための道具として使われてきた。それを、日本だけが「核の平和利用」などと言って政治が強力に推進してきた(他国での原発は、核兵器開発の副産物)。確かに莫大なエネルギーを完璧にハンドリングできればこの上ない武器になるだろう。技術は日々進歩していく。現在の技術で不可能に見えることでも、将来は可能になるかもしれない。例えばコンピュータのこれほどの普及そのものが一昔前では考えられなかったことだから。
 しかし、やはりできないことはできないのである。例えば技術が進歩すれば地震を予知できるなどと言って莫大な予算が使われているけれど、肝心の本震を予知できなければいくら余震が予知できるようになったところで何の意味もないだろう。別に努力することが無駄だと言っているわけではない。現在あるすべてのものは努力の積み重ねの結果なのだから。具体的にいえば色素増感型太陽電池や有機ELなども、一進一退ながらも少しずつ進歩してきているからね。
 こんな但し書きをいちいち書かなければいけない現代というものが嫌になるときが多いが、それは今回は別の話なので脇にやる。原発を完全に制御下に置くという理想は莫大な資金と年月をかけてさえ実現できないとは断言できないけれど、水銀に中性子線を当て続けると核種変換で金ができると言っているようなものではないだろうか。要はコストが全く釣り合わない。地震予知もそう。はっきり言って無駄な投資であり、現在の日本にそんな研究をしている余裕はとてもないと思う。この手の真の「バラマキ」に歯止めをかけてほしい。

2011/04/13(水)   周回遅れ

 同じネタを扱うのは気が引けるが、今や日本の一大事である。話がどうしても原発に絡んだものにならざるを得ない。だいたい世界の報道でも相当な関心を持たれていて特集も大量に組まれているほどなのだから、もはやどうしようもないだろう。ちなみに海外の報道は日本のものより詳しく書かれていると書いたがもちろん物による。花粉症のマスクの存在を知らない記者が放射能予防と書いていたりするような、論じるに値しないものもある。しかし総じて言えば、海外の特集は日本の新聞より客観的に書かれており、阿呆みたいに政局を扇動する内容ではない。菅は清水と同じく姿を見せる機会が乏しいことは糾弾されていても、日本の新聞がいうような初動の遅れにつながったというような出鱈目は報じていない。日本の全国紙が東電からのカネを受け穢れているということはほぼ世界の共通認識になっている。
 3号機はプルサーマルであり、プルトニウムを使っているから他の原発よりも危険だと書いた。それに対してその論拠は何なのか、毒性を示す文献があるのか、というような問いをいただいたのでちょっと一緒に考えてみたい(ちなみに毒性など書いていないのに、批判する人は実にいい加減だなと思った)。確かにそういう文献はないだろう。一説によればわずか50μgで人一人が肺がんになるなどと言われるが、医学的に検証したものはない。プルトニウムは天然に存在しない元素であり、被爆の危険を冒してまでそんなことを論じる学者は普通はいないだろう。もんじゅのような危険な研究をしているのももはや日本だけ。その日本で文献がなければ、世界どこでもあるはずがない。
 セシウムは筋肉などのカリウムと置換される。ヨウ素は甲状腺に溜まる。ストロンチウムは骨のカルシウムと置換される。放射線を出すものであれば、なくなるまで放射線を出し続け、筋肉・内臓・骨などに重大な損傷を受け続ける。それに対して放射線を出さない安定ウランを飲んでも何の害もないというのは事実である。では放射線を出すようなウランやプルトニウムではどうなのか。すぐに排泄されるのか。それまでにどれぐらい被爆するのか。モルモットがいないから分からないとしか言えない。
 しかしもしプルトニウムが無害あるいは特段有害でないのであれば、なぜ大統領令で研究をやめたアメリカはじめ、世界各国はもはや研究すらしていないのだろう。もっとずっと前に研究をしていて、その過程で研究者が被爆されたから、ではないのだろうか。黄熱病の研究をしていて黄熱病で死んだ野口英世のようなものである。しかし多くの伝染病にワクチンを残した野口の功績は偉大だが、放射線の問題に解を出せないならば犬死でしかない。日本でも東電を始め、下請け孫請けひ孫請けで原発の現場に携わる多くの人は癌にかかりなくなってしまう事実がある。マスコミが報じないから分からないだけである。
 日本が原発を擁護・推進するのはマスコミと政治家の利権が異常なためだが、原子力研究がいまだに世界一盛んなのは、日本の研究が世界の水準から周回遅れに位置しているからに他ならないからなのではないか、と思うのだ。東京大でも原子力工学科なんていつも定員割れだものね。能力に乏しい研究者が札束で頬を叩かれ、読売の論説で「いつになったらできるのか」などと尻を叩かれる。原発研究者だけではない、マスコミも政治家も、すべて周回遅れなのだ。恥ずかしい事実である。

2011/04/12(火)   直感

 何かを判断するにあたっては情報をできるだけ集めて冷静に物事を判断するほうがよいに決まっている。もちろん情報を集めても情報力や時間の制約などから限度があり、ある程度のところでは判断を直感に頼らなければいけなくなる場面というのは出てくる。それでもできるだけ多くの情報を持っていれば想定外の事態にも冷静に対処することが可能である。
 もちろん情報を集めるだけではダメであり、それぞれの情報がどういう意味を持つのか、考察を加えなければ意味がない。そしてその情報を元に実際にバックテストなどを行ったりシミュレーションをしたりして、可否を検討していかなければならない。行き当たりばったりではいずれ「想定外」の事態が起き、手に負えない最悪の結果を迎えかねない。
 中学生を相手に理科の講義をした。自身は可能な限り実験をすることにしている。もちろん座学で理論や法則を身に着けておくことは大切である。しかし目で見て驚きや違和感というものを感じてもらいたいのである。それが「なぜなのか」ということを考えるよい契機になってくれればよいと思っているからである。興味を持てないのに理論や法則を覚えるなど不可能であるし、意味もないことである。
 食塩と砂糖はどちらが水によく溶けると思う?と聞くとまず間違いなく食塩が多数派である。紙に書かせると砂糖という回答は1割ちょっとは出てくるのだが、挙手をさせると周囲に圧されるように手が上がり、全員が食塩などという場合も少なくない。直感的に食塩という印象を持っている上に、意味もなく周囲に染まっているのである。周りが言うから正しい、という風潮は新聞が得意とするプロパガンダであるが、100%間違っている。
 実際に溶かしてみるとよく分かる。水100gに食塩を40g加えるともう溶けきらないのに対し、砂糖は60g加えても溶けきってしまう。ガムシロップは50%超の砂糖水であり単体で舐めれば相当甘く感じるが、あれにもさらに砂糖は溶けていくのである。答えを書くのは本質から外れるので気が引けるが、25℃では68%にまで溶ける(食塩は同35%)。直感で砂糖のほうがよく溶けると思っている人は別だが、実に直感というのは頼りにならないものであるということは自覚しておきたい。

2011/04/11(月)   非都民の憂鬱

 行政にリーダーシップがないとろくなことがないと言われる。確かにその通りで、司令塔が不在だとあらゆる物事がどこに進んでいくのかわからずに困る。何も進まないまま時間だけが過ぎ、いらだちのみが募っていく。日本の政治ではもう慣れっこになっているものの、ありがたいことではない。どこかの首相や社長ではないが、ずっと姿を見せないまま引きこもっていてはいったい何をしているのかと思えるのは事実である。
 しかしだからといって、トップが表にでしゃばって毎回だらだらと会見をしたり意見を述べたりすることが好ましいとは思わない。典型的なのは現官房長官で、本来メッセージを発するのは首相の役目だろう。各方面との調整を水面下で円滑に行っていればよい職責であって、なぜあんなに毎日会見するのか理解できない。仕事は精力的にこなしていると思うが、仕事内容が適切だとは思えない。
 リーダーシップがあるといわれる首長もまた問題である。その首長が各方面に配慮できる器量を備えているのであれば別だが、偏狭な思考やナショナリズムを抱えた人間であれば末端は不幸になるだけである。公務員批判だけを展開していた前市長が選挙に出ていたりしたけれど、落選したのはある意味では当然の結果であろう。しかしその裏ではもっと独善的な人間が知事に四選したりしている。
 オリンピックでは海外の人種と政治力に負けたなどと発言し世界的な顰蹙を買った。全都民を平等に扱わなければならない職責の人間の発言とは到底思えなかった。新銀行事業も頓挫し、1000億円単位の損失を計上した。その裏腹では都知事や都議会議員が経費をピンはねしたり斡旋に関わり大儲けしている。一極集中する法人税をひたすら貪る傍らで、維持できないほど膨張した首都機能が麻痺に陥っても責任転嫁。自分の差別発言、自分の小説の表現の自由は許されても、漫画では許されない。独裁者とその一族のためにまた4年もの長い間東京は沈没し続けてもかまわない、それが都民の声のようである。都知事と同じく、自分と一族がよければ他はどうでもよい。東京はそういう独善的な人種の集合体と化してしまったのだろうか。少し前は練馬、多摩、八王子といったナンバーの車が諏訪にまで食料品やガソリンなどの買い占めに来ていたりして本気で嫌になった。

2011/04/10(日)   選挙

 原発で何もかも自粛のムードが漂っている。議論のないまま一方的な賃金カットに進む動きもあり、日本の国内総生産を支える内需は空前の落ち込みとなるかもしれない。電力や水などは節約が当然だけれど、必要なものまで抑え込む必要はないと思っている。
 その自粛ムードに隠れて行われた統一地方選挙。アナウンスをほとんど聞かなかったので危うく棄権してしまうところであった。無投票再選が10議席で残りの48議席を決める選挙。投票所が山奥の行ったところのない場所だったのでちょっとびっくりしたものの、カーナビのおかげもありなんとか辿りつけた。
 現在の政治の在り方に文句を垂れるのは簡単である。しかしそれだけでは事態は何も変わらない。国政、県政とも、選挙の結果があって現状があるのだ。文句が出るということはそれがマイノリティであるか、当選後に公約を転換したなどの場合に限られてこよう。
 そんなふうに思ってはみたものの、投票所に18時過ぎについてみたら立会人がフリーペーパーを読んでいて、残りの3名も読書にふけっていて自身が来たことに気付かない始末。さすがに携帯電話を操作している者はいなかったが、それぐらい投票所が暇なほど低い投票率だったのだろうか。今回の結果が前回を下回ると9回連続での投票率低下になる。この無関心はいただけない。

2011/04/09(土)   インフレの恐怖

 官僚の発言は100%デマである。マスコミの主張は90%はデマである。はっきり言ってそういう認識を持っていないと危険である。国が言うのだから正しい、新聞が言うのだから正しい、などというような安直な思想では格好の洗脳の餌食である。
 円高は日本経済を破滅させる、などという論調がしばらく前までは盛んだった。しかし今や円はどれだけ安くなったことか。まだ調整の域を出ていないようにも思えるが、1か月で10%以上も安くなっている。もちろん円高になるときは1か月で20%も円高になった例もあるものの、これだけの急激な円安というのは日銀が146円で円買い介入をしたときぐらいしか思い当たらない(1998年6月)。
 円高になると製造業が利益をあげられなくなり、全面広告が減るから新聞社は困るのだ。だからすぐに円高対策を、などと書くが、何度もいうように日本は内需大国であり、輸出のGDP寄与度はG7で二番目に低いたった10%ちょっとしかない。むしろ今の円安のほうが深刻である。世界は放射能事件により日本製製品を買わないという大義名分ができたのである。だから極端な話、円がどれだけ安くなろうが日本製品は価格面で優位に立てない。放射能というネガティブプレミアムが付いているからである。輸入(仕入)価格はどんどん上昇していき、それを適正に転嫁することもかなわなくなる。売れないのに価格が上昇していく。
 失われた●●年でデフレが進んだ、というのも新聞の指摘するデマである。デフレになるということはそれまで10000円必要だったものを買うのに9900円で済むといったようなことが起こるのであり、すなわち手持ちの現金の価値があがるということである。だから庶民は借金を抑えて、節約に励むことでいくらでもデフレを乗り切ることができた。デフレで家計が破綻したというような話は耳にしないものね。事実だからデマではないと言われるかもしれないが、デフレは大多数の国民にとっては特に困らないのだから、デフレと連呼するのは異常である。
 しかしインフレは別である。年金所得者などが生活できなくなり自殺も多くなるだろう。どんどんと通貨の価値がなくなっていき、官僚の唱える増税の呪文が庶民に重くのしかかる。優秀でない社員は賃上げしてくれないという行為により、合法的に解雇することが可能になる。貯金などの貯蓄を目減りさせ、雇用や世相を不安定にさせるのがインフレである。節約ぐらいでは乗り越えられない事態が来るのは明白である。足元の円安はいずれ来るインフレの序章である。年末には物価上昇の象徴であるガソリンはリッター200円という時代になっているかもしれない。

2011/04/08(金)   顔向けできない

 オバマ大統領の誕生時、初の黒人大統領誕生とはやし立てられた。もちろんその裏には根深い白人主義があるからこその事象である。表向きは平等、しかし実際には歴然とした差がある。アボリジニもそうである。白豪主義の犠牲になりいまでは2週間に1度、約10万円の謝罪金が振り込まれるというが、そのことを無駄遣いと指摘する白人はいっぱいいる。そもそも街中でもアボリジニは完全に敬遠されている。レッドファーンなどアボリジニだけの集落ができていて、完全に白黒分離がなされている。
 エジプトやリビアをはじめとした中東で革命や内乱が起こって、中国や北朝鮮が情報統制を強めた。そのとき日本人は両国はふざけた国家だなどという反応を見せたものの、現在をみてどうなのだろう。完全に東電と官僚が情報統制をしており、「ただちに健康に影響はない」などと国民を馬鹿にしている始末である。
 水俣病訴訟が50年経って和解に至った。それでも原爆訴訟でもそうだけれど、被害を受けながらも認定されない患者というのは少なくない。今回の騒動とて100km圏内では今後、白血病や奇形児など、とんでもないことが次々に起こるだろう。それでも国が出すコメントは決まっているので今予言しておく。「原発事故との相関は認められない」である。そして裁判での戦術は、愚劣な引き延ばし作戦で原告の寿命が尽きるのを待つ、という非道なものになる。
 だからこそ自衛するしかないのだ。野菜や魚介類が風評被害などと言われているけれど、実際に放射能が含まれているものは肺がんになるなど、風評ではなく実被害をこうむるのである。風評被害を抑えるためにはきちんとした産物がきちんとしたものであるということを誰もが確認できる体制を作らなければいけない。はたして政治はそういう方向に舵を切っているだろうか。菅は地震でスキャンダルが消しとんだと喜び、自民党は過去の失政を反省もせず、政局に持ち込む大きな材料が転がり込んだと喜んでいる。日本の政治家は未曾有の災害をも政治利用し、国益を損ねることしかできない小物の集団である。
 日本にいれば原発から20km以内のみ危ない、という認識なのだろうが、もはや多くの国では日本全体が危ないという認識である。原発事故、放射能漏れに関するニュースの量もけた違いに多いし、特集記事などでは見開きを使って理路整然と説明されていて感心しきり。そんな海外紙が70円程度なのに日本の新聞は倍以上の価格ながらまるで情報が載らない。もっとも取材できる場所にいるのに、である。
 低レベルなどと称した大量の核廃棄物を含んだ排水は世界中から袋叩きにされている。まさにその通りで、外国の方々にあわせる顔がない。こんな行為と卑劣な弁解を考える官僚も官僚だけれど、明らかに異常な進言を鵜呑みにする国のトップも異常極まりない。3号機は地震直後から冷却機能を失っており、プルトニウム爆発をしたというのが海外某紙の見解である。当然日本はプルトニウムを垂れ流したという論調であり、冷戦時代うんぬんなどと言った弁解は通用しない。官僚社会にピリオドを打たない限り、日本の夜明けはないだろう。

2011/04/07(木)   大地震

 あの地震からほぼ一カ月。JR東日本の復旧作業はかなり進んでおり、津波で甚大な被害を被った石巻、気仙沼、大船渡、仙石の4線と、福島原発で立ち入れない常磐線、長野県北部地震で地盤崩落をした飯山線を除いた各線では復旧のめどが立ちつつある。電気やガス、水道もおおむね復旧したようで、原発を除けばほっと一安心というところだろうか。
 そんな風に思っていたところ、激しい揺れが襲ったので驚いた。まさにあのときを思い出させる、強く長い地震である。もしやと思いテレビをつけると震度6強とのこと。岩手や宮城では停電したとのことである。被災地は心休まる暇もないだろう。苦衷をお察しする。
 何しろM9.0というのが本震である。余震の規模もなんとも恐ろしいものである。もちろん最近は各地で地震が頻発しており、また新しい地震という可能性も考えられる。いずれにしろ早く収まってほしい。

2011/04/06(水)   花粉

 あの大地震ののち、雨は一日たりとも降っていない。雪は2度ばかり激しく降ったが、最近はそれすらもない。おかげで放射能の雨というような言葉も聞かない気がする。ある意味では有りがたいことだが、川の少ない地域なので渇水の懸念もあるので複雑な思いである。
 そんなにひからびているからかどうか、山火事が多く、また、花粉もかなり舞っているらしい。花粉症でない自身には全く分からぬが、症状を持っている人たちはいかにもつらそうである。花粉といっても様々で、人によっては年から年中花粉症を発症していたりする。大変なことだな・・・と思う。
 花粉も種子もそうだが、風にのって本当に遠くまで運ばれてくる。動物に付着するタイプのものもある。種の保存のための生態系の営みであるが、すごさに純粋に驚いてしまう。
 放射能はいったいどこまで散らばったのだろう。手持ちのガイザーカウンターが大きく反応していないことが救いだけれど、こんなものを持ち運ぶわけにもいかないし。花粉や種子とは異なり目に見えないだけに恐怖というものは消えない。どうしても外出が怖くなってしまう自身がいる。

2011/04/05(火)   低レベルな官僚

 物事をほかの人と比較すると不幸が始まるだけなので、極力しないようにしている。あの人はイケメンだけど自身は・・・。あの人は高収入だけど自身は・・・。といった具合である。あらゆるものを評価する時、世の中の他のものとの比較が必要になるように見える時もあるが、個人的にはそういうときでも一切比較をしないことにしている。自分自身に無条件で絶対の信頼を置いている。
 放射能含有水の故意放出が始まった。ロシアが日本海に低レベル核実験廃棄物を捨てに来たとき、日本は大反発し、ロンドン条約なども批准した。その国が、いまや堂々と放射能汚染水を垂れ流しているのである。アメリカは是と言っているなどと報じられているけれど、是としているのはアメリカの一部だけである。自然界は元に戻せない、というのはトキやコウノトリやヤンバルクイナの繁殖で苦労している例を持ち出すまでもなく明らかだろう。
 高レベル汚染水はひたすら漏出している。低レベル汚染水は大量にあり、このままでは原子炉冷却作業の支障になる。だから除去が必要だが、捨てる場所がない。だから海に捨てる。そういう理屈らしいのだが、ほかの手段などを真摯に検討したのか。いまからフロートを手配すると2年かかるとか、誰もそんなこと聞いていない。なぜ持っていないのか、と純粋に思う。浮かばせておいてもどうにかなるものでもない。今回海に捨てたぶん、高濃度汚染水をフロートにためておけるのだ、などと言ってもフロートの容量も微小なもの。原子炉の冷却が軌道にのらない限りどうしようもない。
 レベルの高低など主観である。日常であれば放射能汚染物など出るはずがないのだから、含まれているというだけで「高レベル」であり、低レベルということばが何を示したいのか、さっぱりわからない。言葉を駆使して反発から身をかわしながら、取り返しのつかない方向に突き進んでいく。こんな無責任な官僚組織など、百害あって一利なしである。

2011/04/04(月)   機器の進化

 なんだか得体のしれない日本語を読む機会が増えたように思う。一番多いのはオンリィアビットおかしな英語を訳した文であるが、最近は中国語や韓国語でも同じことがあるようだ。いまや無料翻訳サイトが大量にあり、さぞかし翻訳大手は苦労しているのだろうなぁ、と思う。しかしそれでもやはり翻訳された日本語は致命的にファニーである。和文英訳、英文和訳ともに百人いれば百通りの答えがあるわけで、無理やり1:1に対応させることに無理があると言える。
 世の中は1:1である必要などないのである。時には解なしのときがあり、理不尽な気持ちになる時もある。はたまたどうやってもうまくいくようにできていたりすることもある。それに世の中の事象はいろんな面をはらんでいるのだから、見方によっていろいろと変わるものだ。英作文ではないが、まさに百者百様である。
 1:1でないサービス、たとえば同じ日本語を入れても、毎回答えが違うようなサイトがあればすごいな、と思うが、なかなかそんなわけにはいかないようだ。この当たりの論理思考については将棋ソフトの水平線効果が進歩とともになくなっていったように、根本的な思想の転換が求められてくるところだろうか。
 検索エンジンもそうである。携帯電話と打てば「携帯電話ならヤフー」といった広告が最初に出てくるし、知事抹殺と打てば「知事抹殺ならアマゾン」と瞬時に広告が入る。いやはやすごいもんだ、と思いきや、試しにプルトニウムと打ってみると「プルトニウムなら楽天」などと表示される始末。1gでどれぐらいの値段なんだろう?あまり笑えない話だが、検索エンジンにはこんな時代もあった、ということを記録しておくことに意味はあるかもしれない。

2011/04/03(日)   甲府

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 地震以来、経済活動がストップしてしまった感がある。県内は根岸(神奈川県)からの石油輸送が増えたおかげで先週からやっと給油制限が解除。被災地周辺でも徐々に緩和されつつある。これこそ鼓腹撃壌というものだろうか。政治は機能していないと言われながらも自衛隊出動も早く、物流も迅速に代替手段を打ったという意味においてである。念のため。
 とはいえ、ガソリンを使って無駄に遠出しようとは思わない。使う予定だった青春18きっぷが2枚も余ってしまい、これこそ無駄の極めというものか、と思い、もそもそと出かけて行った。かといって県内に行っても新鮮味がないし、東京圏に近づく気にはならず、名古屋方面も単線で快速がないことなどもあり、ごく近くである甲府に止めておいた。ちなみに片道1000円前後であり、往復しても元である2300円には及ばない。
 舞鶴城などでは桜がほぼ満開の様相であったが、花見客も散見される程度。そもそも人出が少ない。何もかも自粛の時代に入っているせいだろうか。長野と違い山梨は東電圏内だったなぁ、ということを身にしみて思ったのは市街を散策した時。店舗の営業時間は短いし、照明も暗い。ATMにも突然停電するかも?という紙が貼られていて驚いた。
 東電管内は節電が当然のこととしても、通常通り暮らせる人はそうして暮らすのが本当は良いのだろう。とか言いながら例年より5度も寒かった今年の冬を暖房器具を使うことなく乗り越えた身が言うのも気が引けるが。電気は貯蔵することができないから、発電はいつもピークに合わせそれでも余裕をもった計画になっている。今後はピークカットのために様々な方策が求められてこよう。

2011/04/02(土)   日本を滅ぼす「報道とカネ」

 政治とカネという不思議な言葉が広がっている。前首相が母から贈与を受けているなどと言われた。告発があるまで国税が何もしなかったということが事態に暗黙の了解を与えているのではないかと思ったが、批判は募る一方。首相を退いてからは方便発言もあったけれど、全文を聞いて思ったことは沖縄から米軍の移転ができないのはアメリカの都合ではなく官僚がお金に絡むプロセスに関与できなくなるから、ということ。つまり米軍の残留を求めているのは官僚だとの指摘である。政治主導が岡田(外相)と北沢(防衛大臣)の裏切りで頓挫したという話だったが、これもやはり正しく伝わっていない。
 官僚が異常な権限を握っている。沖縄だけでなく、原発もそうである。今回の騒動でエネルギー政策の見直しが必須だろうと思いエネルギー基本法という法律を読んだものの、そこには原子力などという言葉が出てこない。法律には盛り込まず、計画のほうに盛り込むことで政治家すらタッチできない仕組みになっている。原発は官僚と電力会社幹部の専決事項になっている。
 原発一基で1兆円。一基作って1%が地元にわたるとしても100億円である。危険性を説かれていない町村からは「もう1基!」となることは目に見えている。利益は政治家への献金とと報道各社への広報費としてわたり、表向きだけでも年間500億円を超える。雪印や不二家のときは経営陣の自宅にまで押し掛ける勢いだったマスコミは今回、同情的な見解をも載せる始末。武藤副社長が「格納庫の現在の状態は確認できないが、亀裂はない」と意味不明の談話を出してもニュースにもしない。早い話、マスコミは東電に買収されているのである。
 3号機はプルサーマルで、ほかの設備よりはるかに危険なはずなのに、その話は報道されずワンノブゼムになっている恐怖。土壌からプルトニウムが検出されても「平常」と強弁。米側が専用偵察機で(冷却水が飛んで)空焚きと指摘している原子炉に「水はある。目視で」。じゃあ温度はいくらですかと聞いても温度のデータは重要でない、圧力のみ重要の一点張りで公開せず。使用済み核燃料は2010年までに専用の施設に移すと決まっていたが、突然延期に。廃棄物の置き場は?との福島県の問いに国は「青森(六ヶ所村)と相談して決めろ」。点検データの改ざんは日常茶飯、緊急に点検が必要になってもそのためだけには装置を止めない。格納炉にひびがあると国に内部告発した東電社員は、国から東電への是正措置を期待していたはずだが待っていたのは国から東電へのリーク情報の公開であった。
 長々と書いたがすべてマスコミが把握していながら報じない出来事である。内部告発があっさりばらされるのと同様、すべて出来レースなのだ。1〜3号機の圧力に関してのみ上がった下がったなどと一喜一憂のような報道が続いているが、温度はどうなっているのか。チェルノブイリのときのように液体窒素で冷やすなどはできないのだろうか。もはや取り返しのつかないほどの温度上昇を起こし、プルトニウムのベントを行うか、さもなくば爆発か。その二者択一が迫られているぐらい、現在は喫緊の局面なのではないかと推測している。報道各社がカネにまみれていなければ、もっと真実を知ることができたし、日本を守ることもできたと思えば残念極まりない。個人的にはもはや、大惨事を覚悟している。

2011/04/01(金)   操り人形

 ドラゴンクエストをテーマにしたアニメが昔放送されていた。その主題歌を歌った徳永英明は大ブレイク、曲「夢を信じて」そのものも大ヒットした。アニメそのものもなかなかのシナリオで、予想外の展開こそないものの、ソツなくまとめられている。
 ドラゴンクエストをテーマにした漫画にはダイの大冒険という漫画がある。ジャンプで連載されていた作品だが、こちらもシナリオは王道そのもの。ピンチをどう凌ぐのかという意味でいえば推理小説のような部分も持っている。ただ、アニメのものとは違い、多少強引な話になっているところがあるのは否定できない。
 その漫画版のドラゴンクエストにキルバーンという敵が出てくる。文字通り「死神」なのだけれど、飄々としたキャラクターでいい味を出していた。何度も主人公の前に立ちはだかり死地に追い詰める活躍(?)を見せたこのキルバーン、実はロボットなのであった。脇にいるピロロというかわいいピエロがそのロボットを操っているのである。最後には主人公もろとも自爆し、少年誌では珍しく、ハッピーエンドとは言えない終わり方であった。
 東電の清水社長が出てこない。勝俣会長は代表権を持っていてかつては原発の点検記録を改ざんしたため社長を辞任させられたのだけれど、実は東電内はいまだに勝俣院政といってよい状態なのだろう。社長を出せという声が高まるのは当然だが、キルバーンよろしくロボットである。副社長ですら専門的に言えば頓珍漢な答えをしているのに、門外漢の清水がインタビューに耐えられるはずがない。
 操り人形の苦境に対し勝俣が会見し、清水の入院に対し「急で驚いている」などと述べていたけれど、まさか黒幕が入院させたとは言えないしね。社長が倒れたから仕方なく指揮を執るのだみたいなことも述べていたけれど、清水に下手なことを言わせられない裏事情があるのだ。舞台裏を明かせないから海外の援助も断ったものの、不祥事隠滅工作が進むのが遅いようである。このままでは日本がロボット清水とともに自爆などという全く笑えない結末になりそうで許せない。

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