せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2011/02/28(月)   凍らぬ諏訪湖

 今年も諏訪湖の御神渡りが観測されなかった。3年連続である。御神渡りとは諏訪湖が全面結氷した場合に湖面がせりあがる現象のことで、昔はよく観測されていたものの最近20年では5度しか観測されていない。地球温暖化のせいで起きづらいというのが国や県の見解であるが、単なる凝固点降下の影響ではないのか、と思ったりする。
 凝固点降下とは理科の授業で出てくる現象で、沸点上昇とセットである。たとえば蒸留水が100℃で沸騰するのに対し、7%の食塩水は100℃でも沸騰しない。同様に、蒸留水が0℃で凝固し氷になるのに対し、7%の食塩水は0℃で凝固することはない。このように不純物の影響で物性(凝固点)が変わってしまうことを指すのだが、その不純物の量が増えれば増えるほど、その効果は大きくなる。たとえば1%の食塩水と7%の食塩水を比較すれば7%の食塩水のほうが沸騰しづらく凝固もしづらい。
 かつては諏訪湖でえびやしじみやうなぎなども採れた。しかし高度経済成長により工場廃水や生活排水が流れ込んだ結果、ほとんどが死滅してしまった。今でも諏訪湖周辺ではうなぎが名物とされ、かなりの数のうなぎ料理店があるけれど、いまや諏訪湖産のうなぎなど見たことがない。お店の人からは青森や福岡といったところから仕入れていると聞いているが、下手をすれば中国産もあるかもしれない。産地の表示をしていない店が多いからである。諏訪湖産でないことは誰しも知っているのだからそこを後ろめたく思うのではなく、きちんと表示してくれればよいのに。
 工場廃水や生活排水といえばりんを大量に含んでいる。0.05mg/L程度の濃度だけれど、それでも全国で見れば相当高い水準である。りんは14年前に大産出国のアメリカが突如として輸出を停止したうえ、昨今では中国の輸出制限、ドル印刷政策の影響などもあって価格は1997年比で6倍にまで急騰しており、沈静化のめどもない。りんは産業用途ではめっき製品やバイオマスを作る上で必要不可欠だが、それよりもなによりも肥料として必要不可欠の元素である。肥料価格が上昇すれば農作物の生産量も減少し、過去最高の食料価格の更なる上昇に寄与しそうである。諏訪湖のりんを集積して再利用するなどの技術を確立できないだろうか。諏訪湖の富栄養化も抑えられ、一石二鳥なのだが。

2011/02/27(日)   頭出し

 車の中で音楽を聴くときがある。というよりも、音楽を聴かないときはカーナビでCNNかABCを流しているのである。もちろん映像を見ている余裕などないので音声を聞き流しているだけなのだが。少し前まではアサンジ一色、いまは中東のデモ一色の様相である。
 その車載CDの曲は、よほどのことがなければかなり頭出しをして1秒も経たないうちに歌詞が流れてくるようになっている。同乗者に「あれ?前奏は?」と指摘されることもあるが、意外と誰も、自身が詳しかったり好きな音楽でない限り、そこまで気づかないものなのだろうか。
 テレビアニメではオープニングとエンディングに約1分、主題歌が流れる。主題歌はもちろん前奏から1番2番、場合によっては3番まであり3分台後半〜6分前後の曲なのである。それを無理やり1分に詰めているのだから相当無理な編集をしているのだが、2番3番を除く以外のことは全く同じことをしていると言えばいいだろうか。
 そのせいだろうか、「このCDの曲が全部アニソンに聞こえるから不思議だ」などと言われてしまった。しかし、小さな魔法みたいにもとからアニソン出典のものもあったりするので何とも言えなかったりする。しかし仮に、たとえば自転車のベルの部分をトリミングしてしまい0.1秒で「会いたかった〜〜」とか流れればアニソンに聞こえるだろうか。さすがにそんなことはないと思うのだが。。。

2011/02/26(土)   人生の答え

 ずっと昔からそうだが、知っていることを聞かれてもあまり答えないことにしている。6割ほどは「知らない」「知りません」。3割はわざとまるっきり見当違いに間違える。まともに答えるなんて、だから10回に1回あるかどうか、という印象である。かれこれ10数年も後輩などからはよく「せっきーさん知らない振りするのやめてくださいよ」などと言われるが、気になどとめていない。はっきり言えば知らなくても困らなかったのだから、今更とりたてて意識して理解する必要なんてないんじゃないんですか?という印象である。
 それでも脇の会話などでも聞き耳は常に立てており、間違った話をしていればいつもぼそっと「それはそうじゃなくてこういう意味なんじゃ?」とこぼしたりするだけまだ親切なのかもしれない。それでもせいぜい自身の身近な人たちに限られる話で、全く知らない人の質問にご丁寧に答えようと思うほどお人よしではない。
 しかし今の世の中は知らない人に物事を聞かれてもすぐに答える人たちがいっぱいいるらしい。少し前に同志社大の入試問題が出題後5分でネットの質問コーナーに載った。そのときは知る人ぞ知るという印象でさほど話題にのぼらなかったが、全く同じことが立教、早稲田と続き、今度は京都大学の数学と英語でやはり試験開始直後に問題の解法を求める書き込みがネットでなされていた。
 東京大もそうだけれど、京都大にしても試験問題は非常に難しい。半分を確実に解ければ合格ラインに優に届くのだから、手段を選ばずにこのような方策を採るのかもしれない。しかし、たとえ答えを第三者から得て力量以上の大学に入学できたところで、人生の次のステップに向かっていくうち、いずれ自身で答えを出さなければならなくなるシチュエーションというのは必ず出てくる。その人はそのころには自力で答えを出せる人間になっているだろうか。

2011/02/25(金)   商店街

 丸亀を久々に訪ねたとき、駅前のあまりの廃れっぷりに愕然とした記憶がある。時間は正午、まさに今が人出のピークというときに、営業している商店がわずかに数店舗。ほとんどはシャッターを下ろしたままであり、大規模郊外店の進出の威力をまざまざと見せつけられた。今は当時よりもっとすごいというのだが想像すら付かない。
 JRのダイヤ改正が例年3月第二土曜日に行われる。そのダイヤ改正を収録した時刻表が今日発売ということもあり、地元の商店街に出て行った。今やまるみつもなく、人出の少なさとシャッターの多さは丸亀と変わらないありさまである。かろうじて営業していた個人書店で大判の時刻表を購入した。家の付近には大型の書店併設のビデオ店があるというのに、わざわざ小規模店まで買いに行ったのである。
 テレビにせよなんにせよ、東京で買うということをしないのである。値段が高いことは重々承知しているが、地域の振興のためには値段よりも大切なものがあるのである。結局地域が廃れて困るのは自分たちなのだから。まるみつがなくなり「まるや」というスーパーが新たにできたものの、やはりそれだけでは補いきれない。ちょっとした買い物になると東京に行かざるを得なくなり、ますます地元にお金が落ちなくなる。
 インターネット通販は価格比較が一目瞭然で送料込でも安いものの、少なくとも自身には必要ないなぁ、と思うのであった。むしろ地域のお店のほうがよほど大切にしたいと思っている。ん?書籍には価格に地域差はありませんけど、いまやキャッシュバックしたりポイントがついたりといろいろと割引みたいなことはなされているからね。

2011/02/24(木)   報道と心理

 昨今の報道がどうしても生理的に受け付けない。テレビなどは視聴率への傾倒姿勢が目立つようになってから下品な番組ばかりで見る気もなくなってしまった。あんなバラエティ番組を見てどういう層が喜ぶのか、と思っても、それが一番視聴率を獲得できるからこそあのような番組ばかり出来上がるのだろう。新聞のほうは言わずもがな。人権など完全に無視されている。
 クライストチャーチで大地震が起こった。死者は150名を超えると言われているけれど、そこに乗りこんでいるテレビのリポーターというのはどういう心理をしているのだろう。娘がまだ行方不明の人に向かって「いまどんなお気持ちですか?」とか、これはひどいと思ったのは助かったものの足を切断しなければならなくなった人に対して「これでサッカーはできませんね」と聞いたりとか。どういう返答を期待して質問しているのか分からない。無言が当然だが、そこまで織り込んで質問しているのだとすれば絶対に許せない。
 知る権利だとか報道の自由だとか言った言葉を報道側はいつも持ち出してくるのだけれど、被取材体を不快にさせたり激昂させたりすることまで許されるのだろうか。報道に応じないというのも個人の権利なのだと思うんだけれど。行きすぎた下劣な取材がいずれ報道規制へとつながり、報道側は権利を主張して反発するのだろうけれど、このままではそれも自業自得としか言えないように思う。

2011/02/23(水)   優遇?

 あまりに暇でやることがない。プールに出向いたものの、皆同じで暇なのか、やたらと混んでいたので200mほど泳いで諦めて帰る。せっかくテレビを買ったのでビデオを見ようにも、興味を引くものもない。なんとも困ったものである。
 仕方ないのでテンプテーションを流しながらコンテンツでも作ってみる。最初は動画の作成。素材は手元に大量にあってそれを編集しようとしたものの、難しいのなんの。いろいろとやっているうちにやっぱり素材が足りないことなどに気づき断念する。やたらと音ずれが発生して困惑もしたのだが、これはなぜなのだろうか。
 仕方ないので慣れたことにとどめておこうと思い、乗車券のコンテンツを作り上げる。こちらはほんと慣れたもので、手書きで1時間ほどで完了。画像の編集は動画の編集とは異なりお手の物である。作ってみて思ったのは、辰野はやたらと割引切符で優遇されているなぁ・・・ということ。もうひとつ思ったのは長野は日本で唯一JR三社(東日本・東海・西日本)が共存するエリアであり、そのせいで割引切符が充実していなくて損をしているということであった。名古屋に往復するために60kmも運転して藪原までお得なきっぷを買いに行っているなどと言えば何かの冗談としか捉えられないだろう。

2011/02/22(火)   百年の恋も冷める一品

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(凌駕なのに寸八。800円。)

 箕輪に出て行った。昼は久し振りに凌駕を訪ねることにする。茅野と塩尻と松本を訪ねたことはあっても箕輪店は初めてである。恐ろしいほどのこってりラーメンという印象があったので、多少あっさり目のものを注文しようとする。
 しかしメニューを見ていると「凌駕なのに寸八」という限定メニューを発見。自身も大好きな、寸八とのコラボ商品があるのである。一日30食限定とのことで、まだありますか?と尋ねたところ最後の1食が残っているようだ。残りものにはなんとやら、ではないが、嬉しかったのは事実である。
 さて、出されたものが写真のもの。煮汁を飲まない自身が煮汁を先に味わうなど、恐らく今までに一度たりともなかったと思われる。ん〜〜〜。これのどこが寸八なの?というのが第一印象。にんにくの味が強く、予想していたコンデンス系のスープでもない。なんともまあ、と思いつつ食べてすぐ気付いた。ただ麺が寸八のものを使っているだけなのである。
 ナンテコッタイ。寸八といえば豚骨醤油ラーメンの店であるというのに、その汁をにんにく系のものに変えただけで随分微妙なものになってしまうものだ。以前も書いたがラーメンのメインはカロリー的には煮汁であり、麺ではないのだから当然かもしれないが。しかもそのにんにくがまた強烈で、デートでこのラーメンを二人して食べればそれこそ大惨事なのではないか、と思えてしまう。再度の来店の折にはにんにく控え目のものをチョイスしてみることにしよう。あと、隣にあった牛肉料理のお店もよさそうな雰囲気で気になったのであった。

2011/02/21(月)   独裁は悪なのか?

 フセインとカダフィといえば期待された両雄だった。混迷する国内をまとめ上げ、世界で伍していけるための体制づくりに両国民は期待していた。フセインは原油利権にとり付かれたブッシュに成敗され非業の死を遂げた。カダフィもリビア国内ではデモが暴徒と化し、どのような結末が待ち受けているのか予断を許さない。
 リビアの不満は域内格差と食料高騰が主であり、エジプトのような独裁に対するデモではない。ニュースなどでは独裁は悪であるかのような印象を受けるものの、なぜそうなのかわからない。独裁であること、民主化するということと、国民の生活レベルの向上とは必ずしもリンクしない。事実、カダフィが大佐になったころはリビア人は幸福であったろうし、湾岸戦争で敗れたフセインが大統領を続けられたのも、敗戦賠償金を払わなかったりしたことで国庫の痛みを抑え困窮など国民生活という意味で不満は高まらなかったからである。
 エジプトでは政権こそ倒れたものの、今後どるなるのかという肝心のビジョンが見えてこない。困窮する生活への不満が親米のムバラクに向かい政権を覆したのは事実だが、それだけでは国民生活は向上しない。仮によき指導者のもとで反独裁の旗を立てて政権を倒したとしてもここは難題である。新政権は生活を守ることが求められているのであり、独裁かどうかが気にされるかどうかはわからない。リビアのように、たとえ(当時の)新政権が独裁であってもエジプト国民は幸せになれるかもしれない。90年代のキューバがまさにそうで、独裁でなければ国内は深刻な飢餓と相次ぐ内乱に見舞われていただろう。
 リビアは直接民主制。国民の意見がそのまま議会で論じられる世界であり、憲法も選挙もなくても別に不自由などしないのである。デモが起こる国や憲法も選挙もない国は独裁国家、だから崩壊して当然、というのはあまりにいい加減な切り口すぎないだろうか。憲法も選挙もある日本を見てどうだろうか。選挙を経たはずなのに、いまの政権は自民党政権と何一つ変わらず、国民は不幸なままではないか。

2011/02/20(日)   1勝14敗の人生?

 大相撲の話題が多い。場所中止という異常事態を力士たちはどう捉えているのだろう。天災だと諦めているのか、それとも自身の不祥事がばれないように祈っているのか。これが政治の世界であれば強引に収束させられるというものだが、角界ではそういくかどうか分からない。いずれにせよ、なんらかの見えない力が働くであろうことだけは予測している。
 八百長のみならず、徳俵、懸賞、満員御礼など相撲が起源となった言葉は多い。それだけ日常に近いからだろうか、多くの著名人は相撲を愛しており、相撲になぞらえて形容したたとえも多い。たとえば直木賞作家の色川武大(阿佐田哲也)は「9勝6敗を狙え、8勝7敗は危ない、10勝を狙うと無理が出る」と述べている。
 8勝7敗が八百長で確定していれば危なくはないのだけれど、そうでなければ9勝を狙うつもりで挑まなければならないということか。勝率にして6割ちょうど、それぐらいがよいということであり、6割6分を狙うのは危なっかしい、そういうことになる。
 しかし何をやるにせよ、いつも必死になってしまう自身は9勝10勝どころか、いつも15勝を狙いかねない。もちろんそれが自身の長所でもあるのだが、阿佐田の指摘する通り危なっかしいところも無理が出るところもやはりあるのだろう、結果はだいたい2勝13敗か1勝14敗というのが自身の人生である。もちろんその少ない1勝2勝で満足するしかないのだが、中庸が最善だとはカエサルも述べている言葉。常に全力なのも抑えなければならないかもしれない。

2011/02/19(土)   キレない大人

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(画像は再掲です。動画からのキャプチャです。最高血圧61、最低血圧30。)

 出展ブースを見ていると実にさまざまな催しがあるものである。脳能力測定や血管年齢測定、骨年齢測定などというものなどがあり、すべて試してみることにした。
 脳能力測定は記憶力と計算。最初は3枚のカードが出てきてそれぞれに絵が描かれており、カードが消えてからこの絵柄はどこにあったか、というのを選ぶものである。順調にクリアしていくとカードが増えて増えて、18枚になってもなんとかクリア。計算も6ケタの暗算などを無難にこなした結果、IQ202などという非現実的な値が出力された。まあゲームみたいなものだからね。
 血管年齢測定のほうも血圧は92−48ぐらいであった。普段の1.5倍にまで急騰しておりもはや病気レベル、と思いきや、なぜか「非常に素晴らしい血管、血圧ですね」と言われてしまう始末。血管年齢はなんと17歳であった。健康の秘訣は何ですか?と聞かれたので、「怒らないことです」と答えておいた。
 最後は骨密度測定。これも尋常ならざるほど高いというのは知っており、以前も従業員10万人以上の会社で1位とかだった記憶があるのだけれど、あれから○年経った今ですら計測範囲を超えていた。「一体どのような食生活をすればこんなになるのですか?」と聞かれたものの、「カルシウムが充実していますのでどんなに理不尽な出来事があってもキレたりせずに済みますよ」と笑い飛ばしておいた。自身に本当にキレがないのは頭のほうなのだが(笑)

2011/02/18(金)   取材

 話下手、書き下手な自身にとって取材を受けるというのは厭なものである。下手をすれば対人関係そのものが厭であるのかもしれない(笑)。仕事の関係で出展の責任者になったのだが、当然のごとく取材が来て応対することになった。
 内容そのものは平易に噛み砕いて説明したので誤解されようがないと信じていたが、やはり記者というのは一般人。本当に当然と思えることすら理解できていないのだなぁ、ということを実感したのであった。しかし仕事の内容自身に関する記述はまだかわいいものであった。雑談の部分が実にひどいものだったのである。
 「最近の景気の状態は○○なので、政策の効果などで××になればよいですね。」と述べたはずなのに、記事は「与党の混迷で××にならず業界は迷惑している、はやく○○でなくなってもらいたい」になっていた。主従が完全に逆転しているどころか、その部分では述べてもない内容がつけたされている。抗議したところでゼロ回答なのは目に見えている。こんなことはしないが仮に訴訟したところで取材源秘匿で敗訴になるのは目に見えている。もはやどうしようもない。
 別に自身は人間が嫌いなわけでもないし、どんちゃん騒ぎが嫌いなわけでもない。みんなでワイワイ盛り上がればそれに越したことはない。しかし、ごく一部の常識はずれの人が常識外れの行動をとることによってうっそうとした気持ちになり、人間不信がちになるのは事実である。今の世相は人間の変貌を映したと言えようか。

2011/02/17(木)   ドレッシング

 血液サラサラの自身だが、食生活で何か目立ったことをしているだろうか。そういえば生野菜だけは欠かさず毎日食べている。少なくとも150g、多ければ400gになる日もある。それがどれぐらいの分量かというのは秤にかけてみれば分かることだが、自身はそれをドレッシングをかけずに食べることにしている。野菜本来の味を感じることができ、海外などに行くといろいろと感じることが多い。
 あまり外食することがない。きのこアレルギーのためなどで食事が限られてしまうせいだが、外食してまで食べたいものがあまりないのが事実である。味が合わないとやはり食べられないしね。
 仕事で外に出ており、やむなく外食するとセットに付属のサラダにすでにドレッシングがかかっていた。お店からすればお客への配慮なのだろうが、はっきり言って大迷惑でしかなく、熱いお茶に大量にガムシロップが入っているようなものである。サラダのカロリーは10kcalほどだがドレッシングは80kcalはある。どちらが主体なのか分からない。しかもそれがおいしいドレッシングならまだ許せるのだが、どうにも受け付けない味のものばかりで困ってしまう。
 食事しながら新聞を読むというマナーの悪いことをしていたのだが、新聞記事というのも実にドレッシングならぬ、粉飾されたものになってしまった。事実関係が生野菜であり会社としての論評がドレッシングだとすれば、はっきり言って自身は生野菜(事実関係)だけを食したい人間である。しかし今や、1〜5面ぐらいまではほとんどの記事のほとんどがドレッシング(論評)であり、事実を知ることができなくなっている。もちろん解説がなければ事実関係を理解できない読者が多いことは理解できるのであるが、事実を知るためではなく大手新聞社のポジショントークを読むために130〜150円を払わされる。実にばかばかしい新聞文化ではないか。

2011/02/16(水)   乗りつぶし

 JRは日本全国の路線を乗ったことがあった。なぜ過去形なのかと言えば東北新幹線が全通し、八戸=新青森という区間が新たに誕生したのだが、まだ乗っていないからである。同様に少し前に開通したおおさか東線という路線にもいまだ乗車したことがない。
 もう1カ月もしないうちに九州新幹線が全通し、やはり博多=新八代という未乗区間が誕生する。大阪はその気になればすぐだし東北も車でも何度か行ったことがあるぐらいだから乗りつぶしにも困らないが、九州というのはやはり敷居が高い。久しぶりに大好きな肥薩線の景色でも眺めに行こうか、と思い日南フェリーで志布志に行き、その後宮崎〜都城〜吉松〜八代〜博多と移動するプランを立ててみたものの、なかなか日程と予算がシビアである。それにしても宮崎はほんと、踏んだり蹴ったりで大変そうである。一刻も早く元の生活に戻れることを願っている。
 今年は桜前線の進みが早いようである。新幹線「さくら」の運行開始によるものではないが、去年見られなかった角館と弘前の春を楽しんでくるのがよいのかもしれない。となれば行く先はまずは東北新幹線ということになろうか。九州を訪ねるのはまた余裕ができてからというところだろうか。

2011/02/15(火)   ガソリン高騰

 滋賀に住んでいたころ、京都からも多くの人が出勤してきていた。そして皆例外なく、滋賀でガソリンを給油していた。自身はそのころはバイクしか乗っていなかったのだけれど、確かに逢坂山を越えて京都(山科区)に入るとガソリンの値段が全然違った印象がある。そして東山を越え京都市に入ると本格的に物価が違うな、と思わされたものだった。山科も京都市なのでなにか変な文だという印象も抱くのだが、この書き方が適切なことは京滋の人間ならばよくわかるというものである。
 同様なのか知らないが、なぜか諏訪地方というのはガソリンが高い。峠を越えて塩尻市に入るとガソリンの価格がざっと10円は変わる。反対側はあまり越えないが信濃境を越え山梨県に入るとやはりガソリンの価格は数円は安くなる。峠に囲まれた盆地ゆえの価格の高さなのか、とも思うが、普通に考えれば滋賀より京都のほうが物流コストは安くなるはずである。観光客向けの価格になっているのか、それとも収入が他の地域とはけた違いなのか。
 久しぶりに給油に行ったのだが、本当にガソリン価格は高騰したと思わされる。2008年8月にはレギュラー190円/Lにまで高騰したのであった。さすがに今はそこまでは行かないものの、それでも142円を下回る店を探すことが非常に困難であった。食糧価格も史上最高値を更新し続ける勢いである。自身の身の回りでは相変わらず景気のよい話はないものの、見も知らぬところではお金がうなっているんだなぁ、と思わされたのであった。

2011/02/14(月)   MBOブーム

 高ければ売り、安ければ買う。そんなことはあらゆることの基本である。もちろん高い、安いという言葉には多分に主観が含まれており、各自の判断がどの程度妥当なのか、冷静な検討が求められるところである。周囲に流されて判断を誤らないようにしたい。
 IPOがブームになったときがあった。いまでもそうかもしれない。IPOとは新規株式公開の略であり、上場株式会社になることを示す言葉である。なぜブームになったのかと言えば、抽選で株を買う権利が当たると、上場直後に高値で売れるケースが相次いだためである。一時期ほどのブームがなくなったのは、上場後すぐに業績が悪化する企業が相次いだためであろう。
 企業の経営者からすれば、IPOをすれば自身が持っている株を高く売ることができる。そして、成長への期待感が剥落し株価が低迷すれば、今度は株を買いなおせばよい。それがMBO、経営陣による買収である。上場時に3000円で売った株式を1000円で買い戻せば、それだけで破格の利ざやが稼げるというものだ。
 しかし上場廃止までの期間で多額の配当でも出したのであれば別だが、そうでもないのに安値で株を買い叩いてMBOだなんて行為が許されるのはいただけない。MBOを許すのであれば、せめて配当落ちや分割などを加味したIPOのときの価格と同値以上の場合に限るべきだろう。「わが社は新規株主様と一緒に成長します」などと言って高い株を買わせておいて、いざとなれば「経営に口を出されたくない」と大株主に買いたたかれるのはおかしいだろう。商法改正の出番である。

2011/02/13(日)   デメリット

 サッカーアジア杯で日本代表が優勝した。その恩恵でサッカーグッズは少しばかり持ち直してきているという。このご時勢に明るいよいニュースであり、ありがたい限りである。日本のサッカーが世界でどれほど通用するのかはまだ不明だが、着実なステップアップがなされると応援のし甲斐もあるというものだ。
 そのサッカーに限らず、スポーツではよく経済効果が語られる。たとえばプロ野球ではどこそこの球団が優勝したら経済効果は○○億円、などとよく報じられる。優勝セールなどで関連企業が潤うからであるが、実はあの経済効果というものは売れなくなるもののマイナスについてはまったく考慮されていない。たとえば中日が優勝すれば中日関係の企業は潤うが、たとえば巨人や阪神のグッズの売れ行きは鈍るだろう。その分のマイナスは計算されていないのである。
 そういうわけでメリットデメリットをトータルで考えれば、実はあまりたいした影響などないのかもしれない。どこが優勝しても実はほとんど変わらないかもしれない。実社会ではマイナスは無視するなどと都合のよいことはできないのである。そんな当たり前のことすら、今のご時勢では無視されているのかと思えるときがある。
 それはTPPの話である。現在の新聞を賑わせているのは参加しなかった場合のデメリットばかりであり、では参加した場合のデメリットはどうなのかなど、まったく考慮されていない。バーナンキの愚劣な政策でアメリカは実質関税を引き上げている状態で、日本の更なる輸出を受け入れる状態ではない。途上国の格安米など食料が大量に流入し、日本の食料自給率は1割を切るとも試算されている。経済産業省はTPP参加のためのデータを公表していたが、なぜか比較しているデータが(TPPに参加した場合)と(TPPに参加せず、中国、韓国、豪州、欧州ともEPAを結ばなかった場合)になっている。そんなデータと比較して何の意味があるのか。あまりにアンフェアすぎて理解不能である。もっとデメリットについて議論しなければ始まらない。

2011/02/12(土)   朝日杯観戦

 今年も朝日杯の準決勝戦、決勝戦が公開で行われた。準決勝の対局カードは羽生善治名人vs郷田真隆九段、渡辺明竜王vs木村一基八段である。連年活躍した佐藤和俊五段が今年は敗退し、なんとも重厚な顔ぶれになった。羽生vs渡辺という決勝カードになれば優勝は渡辺か、と思っていた。
 羽生はさすがの老獪な指し回しで早々と完勝。もう1局の渡辺vs木村戦は戦いの真っ只中であり、午後の決勝戦に向けて時間的にも有利になりそうな印象である。羽生が食事のためか会場から消えて数十分、木村が渡辺の攻めを余して守り勝ち。木村らしい勝利だった。
 午後の決勝戦はこのカードならば羽生大有利だろう、と思われた。対戦成績でみても羽生の苦手は渡辺(12勝15敗)と深浦(25勝21敗)ぐらいしかおらず、木村には17勝7敗と大きく勝ち越しているからである。最も大きな対局と言えばやはり最初の対戦である竜王戦挑戦者決定戦。木村の王手ラッシュに羽生が逃げ間違え、1手頓死を喫した対局であろう。
 今回の将棋の内容はなんとも争点のぼやけた将棋となり、はっきりしない将棋だった。最後は▲9五歩の端の突き越しが生きて、木村が勝利、全棋士参加棋戦での初優勝を決めた。木村さんとは何度かお話させていただいたことがあるのだが、実に明るくよい人柄である。自身のような人間を持ち上げるので面映ゆいと思ったこともあるが、誰に対してもそうであるから恐るべしである。こういう勝負の業界では珍しい、アンチのほとんどいない棋士である。今後の活躍も楽しみにしたい。

2011/02/11(金)   戦略の失敗



(ウェリントン市街で見かけたライムグリーンラッピングのプリウスキャブ)

 タクシーを使わない。かなりの長距離移動に見えてもほとんど徒歩である。たまに出張したときなどにタクシーを呼ばれていたりするとかなりの嫌悪感を感じるのが実情である。たとえ伝票が向こうもちでも利用するのはいやである。どうもあの密閉空間が好きではないのかもしれないし、海外と比べた料金が高すぎるせいなのかもしれない。
 飯塚からきりんという知人のバッティングセンターに向かうときもいつも徒歩。だいたい30分を超える距離であるというのにもかかわらず、である。さすがに東近江のカラオケ屋、AS24に行く時はJRの最寄り駅から徒歩だと1時間以上かかってしまうため難しい。数少ない路線バスを使って行くか、近江鉄道利用で五箇荘下車か、どちらかである。
 そんなふうにタクシーを利用しない自身だが、最近はプリウスのタクシーが増えたなぁ、と思う。パトカーなどにも起用されており、どうにも微妙な塗装になんとも言えない感情を抱いてしまう。しかしその一方で、インサイトのタクシーもパトカーも見かけることは皆無である。
 パトカーのほうはたまたまなのかもしれないが、インサイトのドア開口高さはタクシーで必要とされている基準より2cm低いのである(プリウスでちょうど)。そのため、インサイトをタクシーとして利用するのは法的に無理なのである。ハイブリッドの性能が生きそうなタクシー用途として使えない車を開発するなど、なんという失敗なのだろう。リニューアルされた折にはさすがにタクシー基準を満たしたものを出してくると思っているのだが、それでも先行するプリウスに追いつくビジョンというものが見えてこない。

2011/02/10(木)   学者の限界

 学会に出て行った。学会発表というのはだいたい産官学の3分野に分かれており、会場も自然とすみ分けが生じるものである。学同士では質疑が荒れ模様になり派手な応酬が繰り広げられることもあり、自身もそんなときもあったものの、産のほうではそんなことは間違いなく起こらない。ライバルに知られて困ることは発表できないからである。そしてもちろんすみ分けが生じているとは言っても会場には3つの所属からそれぞれが出席しているわけである。学の発表も聞くこともある。そして例外なく、自身のことを追体験しながら、どこか現実から遊離した話だなぁ、と思うのである。
 民間では採算(需要)最優先で取り組むテーマを決めるわけであり、学のほうはだいたいは可能性を掘り下げる研究をしている。もちろんそのために学が存在しているというのはよく理解しているのだが、時代が経つにつれてどんどんとフィージビリティ(事業可能性)がない発表ばかりになってきて退屈である。早い話、巷の情勢というか、ニュースさえ知らないのか、と落胆することが多いのが真相である。
 米FRB議長のバーナンキが議院証言していた。小麦がリーマン以前の高値、綿花は150年ぶりの高値という状況なのに、インフレの可能性は極めて低い、当面の間はドルの印刷を、などと証言。野党共和党は自国通貨の価値を下げることほど国民に対しての裏切りがあるだろうかなどと激しく追及したものの、バーナンキはもとはブッシュ共和政権が選んだ議長であり、なんだか奇妙な気持ちもある。もとを辿ればオバマが政権交代後に議長を交代させなかったことが異常極まりない。
 学者出身で富裕層のバーナンキには、食料の高騰で苦悩する「貧民」の境遇は理解できないのだろうね。原油の高騰にはすかさずコメントして高い税金だ、などと批判していたのだからインフレが進行中であることは絶対に理解しているはずなのに、自身の採ったQE政策が大失敗であったとは認められないようである。所詮は可能性を追求する学者であり、実体経済の難題に立ち向かうにはバーナンキではいよいよ困難であると思うのであった。学者の思想や知識は否定しないが、そのまま実経済で生きるほどことは単純ではないのである。

2011/02/09(水)   煮汁

 サイトの更新頻度は適当である。もう16年もの長寿サイトの秘訣は、更新したいときだけしてしないときは全くしないということに尽きる。毎日更新するというのをうたい文句にしているサイトがあるのも事実だが、そこにどれだけの価値があるのか分からない。先日の踏み切りの写真ではないが、放置していても突然需要が現れたりするのが実情である。
 ほかにもこのサイトにはダイエットと健康という全く更新されていないカテゴリがある。本来であればこういう欄で取り上げたことの一部をあちらに移していかなければならないのだけど、面倒くさいので放置している。その中に「煮汁は飲むな」という項目があり、実際自身も煮汁を全くと言ってよいほど飲まなかった。友人らとラーメンを食べに行くと「それはラーメンの味わい方としておかしい」などといわれたものだった。
 そういう指摘を受けたからではないが、なにぶん冷えるこの冬である。煮汁を飲む機会も増えた。そのおかげで太ってしまったのか、といわれると心外だが、ラーメンのカロリーを分解するとおおよそこんなところである。普通の1人前のしょうゆラーメンで、麺は400kcalで食塩0.5g、煮汁は450kcalで食塩8g。
 このバランスをみてどう思うだろうか。明らかに麺より煮汁のほうがカロリーおよび塩分的には主役なのである。煮汁を飲まないラーメンの食べ方というのはメインディッシュを捨てているようなものか。もうひとつ思わされるのはこんにゃくラーメンなどのダイエット商品がいかにいかがわしいものか、よく分かろうというものだ。大盛りなどでもない限り、麵だけでは基礎代謝にすらならないのだから。

(シーフードヌードルスープという商品名のように、スープが主役。ライスヌードルはわき役。)

2011/02/08(火)   本音と建前が崩れる日

 去年と同様の筆致で書こうと試みつつ、今年になってあることにもトライしている。自身のことをもう少し書くということと、同じネタは1週間は扱わない、ということである。ニュースであれば自身のことなどどうでもよいので蚊帳の外だが、ここでの立ち居地は正直微妙である。ただ、去年が空気だったとはよく指摘されたことなので、もう少し存在感を出してみようかということである。同じ系列のネタを扱わないというのはどうしてもここは時事ネタがメインになってしまうものの、そうするとマスコミの暗部に触れなければならないことが多すぎるから自粛しようということである。
 前振りから何を書くかは分かってしまったと思うが、八百長の問題。先週は生活の中に完全に埋め込まれたものだと書いた。30年前の力士の証言もあったけれど、いやもっと前から行われていよう。証拠などないが、当時から千秋楽での7−7力士の勝率、勝てば三賞獲得となる力士の勝率というのは尋常ならざるほど高かったから。
 しかし、だからと言って場所中止という措置が正しいのかと聞かれても理解できない。大相撲というもの、大昔から星のやり取りをしてたんでぃ、そのシステムに納得できねぇなら見るな!と江戸っ子らしさを見せて欲しかったところである。大相撲はスポーツというよりもむしろ興行であり、筋書きのない興行ほど面白くないものはないのだから。ガチンコの勝負は7−7決戦などたまにしかないが、だからこそそれも興行としてのスパイスになっている。
 批判する報道陣もひどいものである。八百長など散々指摘され続けてきたことなのに無視を続け、火の手があがってから安心して一斉に攻勢に転じるのは村木事件の検察批判や医療事故、食品偽装などのときと全く変わらない。大事件がないときに下手に批判記事を組むと、以後の取材を断られてしまい自社だけ窮地に立たされるからこうなるのだが。そのうち小沢が無罪になればまた同じことが起こるのだろう。
 そういえばそのマスコミは就職氷河期を散々あおっているが、自社の採用は相変わらずコネ最優先である。頭がよくてなんでもてきぱきできる人と、たとえ何一つできなくてもパトロンをいっぱい連れてこれる人間を比べれば、この業界では後者が優先されるのは当たり前である。公正な採用などさっぱり行われていなくても八百長だなどと糾弾する声などない。八百長が悪だと決め付けるのは思考停止の危ない一面も孕んでいる。大相撲は視聴者が求める面白さに応えるため、いまある姿へと変貌していったのだ。

2011/02/07(月)   北方領土の日

 北方領土が日本に返還されそうになったことが少なくとも2度はあった。1度目は冷戦中ということもあり、日ソの急接近を恐れたアメリカに「北方領土の返還を受けるなら沖縄は返還しない」と恫喝され、あえなく破談にされた。2度目は鈴木宗男議員(当時)らの尽力あって目前にまで話は進んだものの、従米外交にいそしんでいた自民執行部に鈴木の手柄を認められる度量はなかった。いずれにせよもったいない話である。
 日米同盟を大事にしたとされる結果が現状である。従米姿勢に徹したおかげで沖縄こそ返還されたものの、外交的に言えばほかのメリットなどほとんどないように映る。それでいながら、現在でも核の傘など、従米を説く声というのは多くはないがとにかく大きい。
 エジプトの騒動を見てみよう。エジプトは長年、親米の独裁政権であった。たとえ独裁であっても、親米だから都合がよかったのである。今度はイスラム過激派が政権の座につくのかと懸念されていて、当然米側にもそんなことは許容できないことだろう。だからこそ大統領の自発的退陣こそ促しても、親米国家からの転換は許さないという姿勢である。
 エジプトはヘッドエイク(頭痛の種)とされたイスラエルに絡んだ材料で、しょっちゅう米側に利用された。もちろんエジプトは米側から多大な援助を受けたが、いざ今回のように内乱が起こってみると、アメリカというのは完全に素知らぬ顔であり、それどころか群衆と一緒になり逆に大統領退陣の背中を押してくる始末。韓国やフィリピンなどでも同じようなことがあったが、本当にいざというときにはアメリカというのは全く頼りにならない存在である。日米同盟は日本を埋没させこそすれ、日本を救うことはない。北方領土の日が来るたびにアメリカは役立たずだという事実を再認識させられてしまうのである。

2011/02/06(日)   引用

 WEBというものがこれほど当たり前になってくるとプラットフォームたるべきルールすら知らない人が増えすぎて困ることもあるのは事実である。そんなことは何十回と書いてきているのでここでは触れないが、インターネットの掲示板などは業者が大挙して誘導的、扇動的な書き込みをしたり、時には火消しに躍起になっているというシーンを見ることができる。ライブドアが筆頭だったはずだが、いまやこの手の業者も実に増えたものである。
 はっきり言ってこのサイトの情報なんて、別にネットにアクセスなんてしなくても、ローカルにダウンロードして読んでくれればよいのである。そのほうがサーバーへの負荷がない分、自身にとってはメリットであり、読むほうにとってもネット接続代金の点でメリットであった。いまやネット接続のコストが大幅に下がったため、必ずしもそうとは言えなくなってきてはいるが。
 そういうわけで直リンを貼られようがはっきり言って気にしないのだが、あまりアクセス数が増えるとサーバーがダウンしかねないため神経をとがらせる局面があるというのは事実である。なにしろ借りているサーバーはバックボーンがそんなにないのである。たとえば幅1mもない踏切に乗用車が突っ込んでくるようなことが起こるようなものである。このサーバーごと落ちてしまうと困るからね。
 それにしても政経スレからではなくニュース速報・鉄道系からのリンクというのがなんだか新鮮な印象である。まあ念のために数日退避させ、ほとぼりが冷めれば元に戻すというのがよいのかもしれない。

2011/02/05(土)   時報ローテーション

 時計を持ち歩かない。かなりの低血圧のため腕時計が原因で貧血になることがあるためである。そんなアホな、と言われることがあるのは心外だが、事実なのでどうしようもない。加えて言えばこの時期は異常なほど手が冷え、他人のほっぺに触ると「冷たっ!!」と言われることも少なくない。
 しかし最近は携帯電話を間違いなく持ち歩いているので、時間を知りたければ携帯電話の時計を見れば済むことである。その前には懐中時計を持ち歩いていたこともあったが、もっぱら通行人の腕時計を見ることがほとんどだった気がする。ちらっと見て「ああもう18時かぁ」といった具合に、である。
 最近たまに耳にする有線が4時間周期なのであるが、トップに来るのがいつもAKB48のヘビーローテーションである。出だしの「ワントゥースリーフォー!!」というのを聞いただけで「ああっもう20時かぁ」と気づくようになった。毎日4,8,12時の6回すべてに必ず流れるわけであり、もはやプログラムが時報である。ひょっとしてこれはこのまま1位陥落するまでずっとそうなのだろうか。時報にふさわしい出だしなのにと思っている自身は不謹慎だろうか。

2011/02/04(金)   ハルピンラーメン

 とんこつ醤油といった味のラーメン屋はけっこうな数が存在する。どこどこがおいしいという話もよく聞き、食べ比べることもあるが感動的なほど差がついていると言うケースはほとんどない。競争の激しい時代である、味がよほどおかしければ客がつく前に廃業に追い込まれていよう。
 しかし、せっかく外食するのであればどこにでもありそうな味を試すより、独特の味を持っている店で楽しみたいもの。そういうわけで自身は海鮮魚醤系のラーメンが好きである。3店舗ほど行きつけなものの、どこもそれなりのよさがあり、気分次第で選んでいる印象である。
 辛いものが苦手な自身はめったに辛い物を食べないため、このハルピンラーメンも今日初めて訪ねた。何のことはない、職場の人と昼休みに訪ねたのである。噂通りの辛さが印象的だったが、それよりもなによりも、こういう味のラーメンを食べたことが今までに絶対ない、と断言できるほど、独特の味わいであった。また訪ねたいかと言われると微妙な返答にしかならないものの、印象に残る一店であることだけは確かである。


2011/02/03(木)   長野電鉄屋代線廃止

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(長野電鉄本線@湯田中駅)

 人口が増えていく社会は幸せであると思う。たとえそれが出産に伴う自然増であれ、移民による社会増であれ、である。なによりも消費が喚起されるから。
 人口減社会ではあらゆるインフラが維持不能になっていく。採算ラインを割っていくのだから致し方ないのだけれど、サービスを利用する側としてはたまらない。インフラも維持不能だが年金などもそうである。賦課方式であるはずの日本の年金は積立金を100年かけて取り崩すことが決まっている。プールの恩恵にあずかれる現受給世代がうらやましいというものだ。
 昨日、長野電鉄屋代線の存続に関する会議が行われ、廃止が決まった。利用者数が6分の1になれば編成も6分の1以下にならないとやっていられないわけだが、とてもそんなことはできない。これも時代の流れかと甘受しなければいけないだろうか。個人的には自家用車の社会的負担が低すぎることが廃止騒動につながったとしか思えないのだけれど。

2011/02/02(水)   八百長

 思考ゲームをプログラミングするのは非常に難しい。バックギャモン、オセロ、チェスなどでは完全にプログラムが人間を凌駕していて、こういった分野ではコンピュータ側が人間の練習相手としてレベルを調節したりというようなことが行われている。しかしながらカードゲームであるとか、将棋、囲碁といったプログラムは全力をもってしても未だ人間のトップにはかなわない。
 人間のトップにかなわなければどうするのか。囲碁将棋は盤面を誰がみても同じなので不可能だが、カードゲームなどではチートが常習的に行われている。たとえばブリッジを取ってみると、相手の札、13枚のうち5枚をこっそり見える状態にして人間と対戦するわけである。そのハンデをつけることで人間と対等に対戦できるのだから、チートと呼ぶよりはいわゆる知恵なのかもしれない。
 カードゲームもそうだが、花札、麻雀といった運が左右するゲームで、そこそこ需要があるゲームはどのように対処しているのか。売上を回収するという意味では時間あたりいくらという形である程度コンスタントにゲーム代金を取れないと商品として成り立たないので、やはりこれらのゲームでもチートが常習的に埋め込まれている。人間が勝つときの一部はどうやっても人間が勝てるようにそもそもデザインされている。その逆もしかりであり、時には無理やり勝たされ、時には無理やり負けさせられているのである。
 しかしそんな売上調整が行われていることは表面化できないので、ゲーム各社は「ガチンコ」「真剣勝負」などと商品のそばに添える。この手の得体のしれない形容詞は常套句であり、うっかり「いかさまはしていません」などと表記すると景品表示法違反になりかねない。大相撲の八百長が表面化したと言われているが、あれも同じこと。部外者の八百長の認識とは異なり、親方衆など当事者にとっては勝敗をやり取りするシステムは完全に生活に埋め込まれた習慣の一部なのである。

2011/02/01(火)   待てば海路の日和あり

 小中学生のころから国語は非常に苦手な科目であった。どれだけ努力したつもりでもどうにもならなかった。今思い返せば自分自身が全く論理的ではなく、適当な人間であったので当然の帰結である。当時は7割できれば上出来というぐらいの頭だったが、いま同じ問題を解けばほぼ100点を取れる。当たり前のことだが。
 漢字の読み書きも苦手であった。「率直」を「りつじき」と回答したり、「意図」を「いず」、「順風満帆」を「じゅんぷうまんぽ」、「待てば海路の日和あり」を「まてばうみじのひよりあり」などと回答していた。あるときなどテストに書いた自身の名前の漢字を間違えており、名前欄に×をつけられる始末。もうどうしようもない。
 混迷を極めるエジプト。海運懸念から原油が100ドルバレルを突破した。デモの参加者は数十万人規模にまで膨れ上がり、民主的な解決が望めそうにない状況。待てばカイロの、とは言ってみたものの、カイロ市民の我慢は限界をとうに過ぎてしまったというところか。

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