せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2010/11/30(火)   難問

 いま思い返してみると高校や大学の入試問題というのは良問が多かったのだな、と思う。裏を返せば当時はそんなことすらわからなかったということであり、自身の学力の低さを改めて認識してしまう。国語や英語や理科や社会などはとくにそうだが、現在解いたほうがはるかに高得点を得られるだろう。何のことはない、数学以外は昔より学力が上がっているのである。
 同僚に子供の受験問題集の問題を解いてほしいなどと言われた。よりによって数学である。細かな微積分、一次二次変換などの計算方法などはもはやかなり忘れてしまっているけれど、それでも問題をみてこれをこうすれば解ける、というのは今でも案外覚えているものである。2変数に対してとりあえずひとつを既知と仮定してもう一つを求めてグラフを描き、それをもとに最初の変数を決定すれば、という感じで思いのほかあっさり解くことができた。
 そうしてさらっと解いたのが悪かったのか、それから各方面から難問を持ち寄られる始末。三通りに場合分けすればこれこれこれの3つの問題に分解できるから、それを合算するだけ、など、単純に解法を示すのみであるのだが、保護者もその子息も、そのあたりのことができなくて困っているようである。確かに受験となれば計算ミスなどのケアレスミスによる減点は痛いであろうが、それよりもなによりもどうやって解くかという解法を知らなければ何の意味もない。自身はどうしていたのかといえば、典型的な問題を200問ばかりカードに貼って裏に解法を書いて、それを1日20枚ぐらいランダムにピックアップして解法のチェックだけをひたすら入念に行っていたのだった。おかげで数学の勉強時間など1日15分程度と非常に短いもので、現在の勤勉な受験生と違って大変不精な受験生だったものだと思い知らされる。

2010/11/29(月)   見込み違い

 大阪と和歌山を結ぶ南海線は本当によく乗ったものであった。和歌山弁では「ざじずぜぞ」が出てこないため、車掌によっては「次は、和歌山市、和歌山市でごいます。」というようなアナウンスを聞いたのも懐かしい。その南海線の最盛期はおそらくは関西空港建設中であった。関西どころか日本を担う存在として期待されていて、沿線の地価を下支えした。しかし開業後の今はどうなったのかと言われれば、言わずと知れているとしか答えられないのが悲しい限りである。
 関西空港ができて、外国人旅行客を見かけることが多くなった。もちろん有料の特急を使う人たちもいるけれど、多くは料金のかからない快速や急行を利用している。車内では韓国語や中国語が飛び交うことが多かったものの、英語はもちろんフランス語やマレー語なども聞いたことがある。
 しかし自身が海外に行ってみるとどうか。シドニーやパースなどの空港は路線バスで行くことが可能であり、自身もリムジンやタクシーなどは使わずに路線バスを用いていくのだけれど、同じようなことをしている日本人に出会ったことが一度もない。もちろん日本のときと同様、日本人以外の客でも路線バスを用いている旅行客というのはそれなりにいるのに、である。路線バスならまだしも、ブルーム空港など宿泊地から徒歩で行った記憶があり、ほかにもそういう旅行客はいたのだけれど、やはりそこでもほかの日本人は一人も見かけなかった。
 成田空港へのアクセスとして、京成が上野=成田空港間を1000円、スカイライナーで2500円弱で運行している。そのため上野行きのリムジンというのは長らくなかったのだけれど、格安を謳う旅行会社が外国人旅行客を目当てに1000円で参入するという。京成の無料特急にも南海同様多くの外国人利用者がいること、電車に比べて時間的な優位もないことなどを考えれば、まあまず太刀打ちできないだろうと思うのだけれど、日本人経営者はみんな有料特急や高級リムジンで空港に行っているからそんなことも知らないのかなぁ、と思ってみたりする。

2010/11/28(日)   炎上騒ぎ

 車の点検とオイル交換、スタッドレスタイヤへの交換のためディーラーに出向いた。もう1週間ぐらいするとタイヤ交換がピークになり、順番待ちなどがひどくなるので早めの対応である。本来ならばすべて自身でやるべきなのだろうけれど、あいにくのメカ音痴。どうしようもないということである。
 クロスワードパズルを解きながら待つこと、かれこれ40分ほどはかかっただろうか。内容説明があり、料金を支払ってディーラーを後にする。休みだということもあり、そのまま15kmほど離れた場所まで運転していった。
 その途中のこと、ボンネットの下から煙が出ているようである。あれ?と思ったものの、一方通行の細い道を運転しているので止まりようがない。しかしそのまま走行しているとあまりにも異様さを増してくるため、脇に車を止めてしばらく待たざるを得なくなる。何が起こったのか、さっぱりちんぷんかんぷんである。
 やっと発煙がおさまりエンジンをかけようとしたがかからない。先ほどのディーラーに電話してみたところパーツのつけ忘れやキャップの締め忘れなどがあって、いま自宅前にいるという。なんてこったい。結局、いた場所まで来てもらい再度調整してもらったものの、中身は結構な惨状だったようである。まあ、そんなこともあるよ、ハハハハハハ!!。で済ませた自身であるが、大人過ぎる対応だろうか。

2010/11/27(土)   一口

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 本当においしいものというのは一口で分かるものである。北海道旅行中にもらった透きとおった烏賊の刺身にしてもそうだし、シチリアのトマトにしてもそうである。最近だとマーティンプレースでいただいたリンツのホットチョコレートは本当にすごいものだった。銀座のリンツにも同じ商品はあるのだろうか。
 自身が鶏好きなのはよく知られたこと。わけあって山梨を訪ねたので、そのまま鶏で有名な高根町の中村農場へ赴いてみる。1個300円の卵、1個2000円の卵バウムなどをはじめ、なかなかすごい世界。親子丼セットの冷凍品などもあったものの、とりあえず食堂で実際に食べてみることにした。
 写真が実際に食べた親子丼御膳(1365円)。一口で「なにこれ?おいしすぎ!」と思ったのであった。付き合わせは鶏汁と漬物である。これもなかなかのものであった。別途頼んだ単品の焼き鳥(塩)盛り合わせ(960円)も塩派の自身にはたまらない代物。なお、焼き鳥(たれ)は扱っていないというので念のため。
 せっかくだから手羽先を頼めばよかった、と思っていたのだが、なんと焼き鳥盛り合わせを頼んだ人にということでサービスで出された。これは嬉しい誤算というべきだろうか。まさにアツアツで持つ手が熱くてしかたなかった。名古屋や長崎の手羽先も捨てがたいけれど、やはり肉の鮮度が違う。それに加えて肉の質が違うのだから、本当に特級品というべきものだった。

2010/11/26(金)   非効率な幸せ

 日本ほど民間がスリムな社会というのはないと思う。長引く不況を耐えるためには致し方のないことだったのだろうか。カイゼンという言葉が流行ったりしたが、切り詰められるところをどんどんと切り詰めていく。それの行政版である事業仕訳(行政刷新会議)が多くの国民に支持されたのも、民間と違い行政には無駄が多いと思われているからであろうか。
 ギリシャやイタリアなど地中海沿いの国はとくにそうだが、異常なほど物価が高い。こんな値段で誰が買うのか、と思いつつも他の商店も同様の値段設定のため、結局は買わざるを得ない状態に追い込まれる。こんなところにウォルマートのようなEDLPのスーパーがあれば・・・と思ってみたりするも、スーパーはそれなりに流行っても、市場価格を下落させるほどの力はない。個人商店がどんどんと廃業に追い込まれ、デフレ圧力が高まる日本からすれば信じられないことである。
 根本的な差は国民が少しばかり値段が高いことを受容できるかどうかということ。高いところで買うというのは非効率な購買にあたるのだが、車で遠出してでも数円安い商品を買うなど日本ぐらいのものである。輸入製品が多少安くとも高い内国企業の製品を買うというのは日本人に特有のことと思われがちだが実はそうではなく、ほかの国のほうがはるかにそういう概念が浸透している。むしろ日本人のほうが購買力がないためか、あるいは家計の効率化のためか、安い製品に飛びつく傾向にある。海外では意外にも、非効率さが社会を維持するのに貢献しているのである。地元の小さい電器屋でテレビを買った自身などきっと日本ではかなりの少数派で、インターネットで格安のものを買うのが今のトレンドなのだろう。スリムすぎる日本の社会の変貌は当然の結末であったというべきだろう。

2010/11/25(木)   閑古鳥

 少し前にギリシャ問題がクローズアップされた。EU内の南北格差などと言われ、ギリシャに加えスペイン、ポルトガル、イタリアといったあたりの国の経済状態が良くないといわれていた。それぞれの頭文字を取ってピッグス(PIGS)などと言われていた。
 しかし略称というのは便利なものである。当時からIのことをアイルランドだろうと指摘する人たちはけっこういた。いま、まさにそのアイルランドが危機なのである。EU内でも有数の金融国家として華々しい再出発を見せてからまだ5年にもならない。アイルランドの金融市場は非常に整備されたけれど、開業時はやはり投資家を呼び寄せるために税減免などいろいろと苦労していた。
 今週から日本の市場でもCFDというややこしい商品が扱われるようになった。差金決済取引といい、反対売買が前提となったギャンブル商品である。こんなものが出てくるなんて世も末だな、と思ったのもつかの間。出来高(売買高)が非常に少なく、とても取引として成立しない代物である。日経平均でも出来高は1日1000枚強と少ないというのに、DAX(ドイツ株価指数)やFTSE(イギリス株価指数)などになるとほぼ24時間取引しているのが無駄だと言わざるを得ないほどであり、出来高は一日あたり100枚にも満たない。
 そのCFDのみならずバイナリオプションなど、新手の金融商品がどんどんと生み出されている。閑古鳥が鳴いているという現状が良いのかどうかわからないが、また一時期のランド騒動のようなことがきっと起こるのではないかと思うと現状も致し方ないというところだろうか。

2010/11/24(水)   癖

 作家という職業は大変だろう、と思う。自身も書籍の脱稿のときにはほぼ缶詰め状態でひたすら書いたことがあったが、あのときも本当に大変だった。職業作家となればああいうことが2週間連続とか1カ月連続とかもあるわけであり、年に1度なんてことはなく年に数度、あるいは十数度とあるのだろう。本当におぞましいことである。
 しかし悩んだってアイデアがでないときには困る。電車でGo!など運転するという部分に関してはどの区間でも同じであり、どうしても使い回しのような原稿になってしまう。職業作家はアイデアがでないときにはそれぞれ特有の癖を見せるものらしく、たとえば夏目漱石は鼻毛を引っこ抜いていたというのは有名であり、ドラえもんの作者藤子不二雄は編集者から逃れるというアイデアをもとに多くのヒミツ道具を作り出した。
 自身はと言えばひげを抜くことが多い。ときおり電車の中などでも同じようなことをしている人を見かけるときがある。程度も人によってまちまちで、血が出るほどまでやりこむ人もいる。本当はこういう癖はあまり褒められたものではないのだろうが、ある程度は仕方ないと割り切っている。

2010/11/23(火)   砲撃の衝撃

 唐突に起こるものといえば何だろう。日本で言えば首相の辞任がまさにそうであり、福田康夫元首相は首相就任の際に仲の悪い前首相の唐突な辞任を揶揄していたのだが、後にその福田自身も唐突に辞めたというのは笑えない冗談というべきか。ほかにも相場の急変もやはり唐突である。リーマンショックは100年に1度などと形容されたけれど、9・11の同時多発テロ、ブラックマンデー、オイルショック、世界恐慌などこの100年でも多くの相場急変が起こっている。100年に1度というのは新たな投資勧誘のための弁解というべきか。
 開戦というのはいつも唐突なものだ。湾岸戦争でもイラク戦争でも相場は激変したけれど、どちらのときも自身は旅行中であった。とくにイラク戦争のときはシンガポールにおり、銃を構えた兵士の30人の隊列が百近くはあり、ものものしさに拍車を掛けていた。シーンとした空港のロビーの床にコインを落とす音が響き渡り、兵士に銃撃を加えられるのではとぞっとしたことを覚えている。
 北朝鮮が突然韓国領の島に砲撃を加えたという。いつかはあるかもと思いながら、その時期がいざ来てみるとやはり唐突なのである。軍を狙うのならばまだしも、民間人が居住する島だけに意外である。米韓は対応に追われているが、米軍も正直乗り気ではないだろう。日米同盟を基軸に、というのが過去の政権、そして現政権の防衛政策でもあるのだけれど、本当の有事の折に米軍は頼りになる存在なのだろうか。

2010/11/22(月)   出戻り

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(画像説明:週末に見た富士山)

 野茂のわがままともいえる強引な渡米にはじまり、イチローや新庄の成功を受け、多くの日本人プロ野球選手が大リーグに挑戦するようになった。それ自体は好ましいことかもしれないし、そうではないかもしれない。もっとも、挑戦という言葉が示すように、どことなく日本の野球のほうが下に位置するニュアンスを含んでいる。大リーグのパワープレーの華やかさは少なくとも日本人が持ち合わせているものではなさそうである。
 日本のほうが下ということを示すものはポスティングシステムもそうだろう。どのように見ても日本の球団が選手を大リーグに買ってもらう制度にしか思えない。日本の球団側としてはFA(現在は海外FA)とは異なり入札金が入るというメリットがある。大リーグ側のメリットはもちろん日本の優秀な選手と独占交渉権を得られることだが、井川や松坂の不調などもあり多くの球団が及び腰になっているようである。
 楽天の岩隈がポスティングにより大リーグに行くとされていたが、入札後の交渉が不調のようである。本来ならば独占交渉権を得るために入札金を払うはずなのに、実際のところは契約が締結されなければ日本の球団は入札金は得られない。こういうところが日本が大リーグより下だなぁ、と思うところでもある。一方、岩隈の交渉難航を尻目に、多くの選手が日本に帰ってきている。行く前はあれだけ熱く大リーグと口にしていた連中なのに、向こうで志半ばに終わっても日本ではまだ活躍できる可能性もある。これもまた、日本球界と大リーグの差を示す事実だろうか。

2010/11/21(日)   食べ歩き

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 なんだか時間があれば食べてばかりである。おかげで胸囲は大きくなる一方で、動きづらくなる一方である。体格的に痩せるなど更なる自制が求められてくる時期のはずだが、なんだかそれもおっくうになるときがあるのも事実である。
 団体で静岡に出かけた。いろいろと見て回ったのだが何よりも驚いたのは朝6時の出発のときから車内で宴会状態だったことだろうか。さすがに朝から飲んだことなどなく、空きっ腹にビールというのはかなりこたえた。しかしその後、ドライブインで平然と朝食を摂る自身は変わっているのだろうか。朝食なしというのはどうしてもだめなのである。
 そのときの一回のお昼がこれだけの量である。新鮮な造りやらお寿司やら鍋やらふぐ刺しにふぐの唐揚まで、なんとも豪勢なもの。旅程が詰まっておりこの量を40分で食べなければいけなかったもののデザートのアイスクリームの天ぷらを含めて完食したのは自身一人。なんともまあ、あきれんばかりの食欲である。しかもこれだけの量を食べる1時間ほど前には安倍川餅2つと肉入りラーメン(1250円)を食べているというのに。これは胸囲が驚異的な変化を遂げるのにも納得である。

2010/11/20(土)   メニュー

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 たまにラーメン店に行くとメニューがなくて困惑することがある。まさにひとつしか商品がないような店や屋台風のお店とかだと特にメニューがなくても困らないからね。子供のころ、競輪場の近くのラーメン屋に父によく連れられて行っていたものだが、そこもメニューがなかった。3丁など、数を伝えるのみである。ゆで卵やコーヒー牛乳などは各自で取って代金を渡していた。
 しかしそんな店に日本語の分からない外国人が来たらどうなるだろう。面喰って何もできずに退散するに違いない。メニューがあっても困りそうなものなのに、なにもなければどうしようもないというもの。不文律というものは難しいものである。
 海外で喫茶店に行くと、まあまずメニューがない。なので、その喫茶店でどういうメニューがあるのかというのは実際のところ聞いてみないと分からない。例えばチャイティーが飲みたいと思っても扱っていない可能性があるわけである。英語が多少分かったところでメニューの細かいところまで聞くというのはよほどの熟練者でない限り不可能だ。
 そういうわけでメニューが大々的に掲げられている喫茶店は希少である。画像の4ドルメニューで言うと、カプチーノ、フラットホワイト、エスプレッソ(普通は単にショートと書いている)、ロング、ラテ。上記のあたりはどこの喫茶店にもある。マッキアート、チャイラテ、ホットチョコは扱っていない店もある。その他のメニューには他店でほとんど扱っていないものも存在する。余談だが、4.5ドルのアイスドカフィーというものがあるが、恐らくこれはほとんどの日本人にとって驚きの商品である。何が出てくるかは各自の体験に委ねるとしますが、少なくとも日本語で言うアイスコーヒーのことではない、とだけは書いておく。

2010/11/19(金)   寿司

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 寿司と言えばいまや世界で通用する日本食である。もっとも海外では温かくない食事に対して抵抗を示す人も少なくなく、寿司に理解を示されないことがあるのも事実である。とはいえ巻きずし(sushi roll)やにぎりずし(nigiri)、回転寿司(sushi train)などという表現を見ることはどこの国でもあることだし、ランチに巻きずしをほおばっている人がそこそこいるのも事実である。
 自身はと言えば最近はあまり寿司を食べなくなった。一人ですし屋に入ることに抵抗があるからというのが主な理由だが、食べたいネタが特にないというのも事実である。鶏肉の寿司は好きでよく食べに行くけれど、それでなければ行くことなどない。海外でもせいぜい食べてサーモンの寿司であり、アボガドやサラミ、ズッキーニの寿司などを食べることはない。
 昔の画像をいじっているとこんなものが出てきた。言わずと知れたクアラルンプール伊勢丹のものである。1RM(リンギッド)=30円あまりであり、日本人から見れば手頃な値段と言えようか。余談だがプチプチに包んだミニ醤油(100mL)は自身が海外に行く時にいつも持っていくものである。塩コショウに加え砂糖などは小包のものをどこでも手に入れられるけれど、日本の醤油はなかなか手に入らないのでね(海外のスーパーの醤油はどこかかびっぽい感じがする)。

2010/11/18(木)   珍種

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 なんとなくやりはじめたものは続くものである。たまに写真を探して貼り付けてみると同時につまらぬ写真や興味深い写真がいっぱいアーカイブに寝ていることに気づく。ただ退蔵させるのももったいないのでそれをネタに文章を書くと楽である。一種の不精と言えるだろうか。
 カンガルーの色と言えば何だろう。茶色(オオカンガルーなど)や赤(アカカンガルー)、黒(クロカンガルー)、黄いろっぽい色、灰色(ハイイロカンガルー)など実にいろんな色のカンガルーを見ることができるので、どれと定義するのも変な話かもしれない。しかし地域差があり、砂漠などでは赤茶系が、草原などでは黄〜茶系の色が生き残りやすい。カンガルーは草食動物であり、色はあくまで保護色なのである。
 そんなカンガルーの中に、ごく稀に白いものがいる。日本では富士サファリパークで見ることができるけれど、目立つため野生ではほとんど生息できない珍種である。10万頭に1頭などと言われるシロカンガルーであるが、そんな希少種でも長い間旅をしていれば野生のものも見つかるものである。生態系というのはすごいものだね。

2010/11/17(水)   飲酒文化

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 あまりお酒を飲まない。はっきり言ってしまえばどんなに飲んでも顔色が全く変わらない自分自身が嫌になることがある。あそこでちょっとでも顔色が変われば・・・などとコップ1杯も飲まぬうちに顔が真っ赤になる人をうらやんでしまう。もっといえば全員が酔いつぶれるまで飲んでも自身は平気である。全員を送るのが面倒臭いのでそこまで深く飲ま(せ)ないことにしている。
 肝機能をはじめとした内臓機能やコレステロール値、中性脂肪などは飛びぬけて優秀な値を持っている自身なのだけれど、それも節制の賜物なのかどうか。酒席などもダメなときはダメというのは日本人らしからぬ思想らしいけれど、自身はダメなときはきっぱりと断る。運転手だけどちょっと・・などということも決してない。
 外国で安宿に泊まっていた時、イングランド人4人と一緒だったときがあった。朝食用の牛乳を冷蔵庫に入れるかと思い冷蔵庫を開けてみるとこの状態だったので驚く。いったい何日泊まっているのかと聞けば今日ついたばかりで明日には発つというので唖然としてしまう。さて、ロビーで飲み始めたその4人組。なんとこの量でも足りずさらに18本もビールを買い足しに行く始末。自身が一人で全部飲んだとしても全く酔わないだろうが、それにしてもこの4人組も随分と強いものだと思ったのであった。さすがはイギリス。すごいもんだね。

2010/11/16(火)   デジタルデータの価値

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(写真:関空快速日根野行き。設定がない現在から見れば単なる加工画像と言われてもやむを得ない。)

 自身が写真を撮るとなると題材はほとんどが風景である。たまに食べ物や電車を取る時もあるが、人物画を撮ることなどほとんどなく、年に1度あるかどうかである。他者の写真に関しては権利などがうるさい時代であり、データを保存しておくだけでも気を使う。はっきり言って人が写ってしまった写真はボツである。
 自身が写った写真であれば別に何の問題もないのであるが、ほとんど撮ってもらうことなどない。よほど珍しい場所を訪ねたときやよほど珍しいツーショットならありうるけれど(マタランカ温泉郷とか、森内永世名人ととか、現役閣僚ととか)、そうでもない限りない。写真などいまの技術ではいくらでも合成できるという悲しい現実があるからである。
 写真が簡単に合成できるのと同様、ビデオももはや簡単に改変できる。個人レベルでもそうであるのに国家レベルとあれば変造・捏造も容易だろう。検察の不祥事が話題になった今年だけれど、その気になれば検察だって証拠ビデオを捏造できるし、国民が気づかない裏では実際には捏造ビデオを証拠として提出しているかもしれない。
 ついにユーチューブに流出した噂のビデオの複製を閲覧した。あの制止前に中国船とどのようなやりとりがあったのか、あるいはあのビデオは訓練用の動画だということなのだがあの後どのように中国船の拿捕(逮捕)に至ったのか。そのような知りたい部分というものが見られなかったのは残念である。とは言え今さら公開したところで捏造疑惑が付きまとうだけである。技術力の低い一昔前ならいざ知らず、今や誰でもビデオを巧妙に編集できる時代。即座に公開できなかった現政府は情けないというよりないが、日本の国会はそのように価値を失った無駄なものの遣り取りに多いに時間を割くほど世の流れから取り残された悲しい場所なのだろうか。

2010/11/15(月)   記録の終わり

 あらゆる記録には単発の記録と連続の記録がある。たとえば100mで9秒いくつというのは単発の記録である。公式の陸上競技において、いつ彗星が現れて抜いてもおかしなことではない。実際にはそんなことはそうそう起こらないが、新星の出現というのはいつの時代も唐突なものである。
 それに対し、連続の記録というのもある。例えば今年の途中に止まってしまったが阪神の金本の連続フルイニング出場がそうである。連続フルイニングは止まってしまったものの、一方で連続試合出場のほうはと言えばまだ続いている。連続記録にも年度内の連続記録とシーズンを跨いだ連続記録とがあり、それぞれ意味あいも異なってくるかもしれない。
 白鵬の連勝記録が63でついにストップした。双葉山の69に次ぐ記録であり、途中には4場所連続の全勝優勝も挟んでいる。シーズンを跨いだ記録としてもとんでもない偉大な記録であり、素直に敬意を表したい。まさか2日目に敗れるとは、という気持ちもあるが、彗星が現れるときと同じく、記録の終わりというのも実にまた唐突なものなのである。

2010/11/14(日)   オーバースリープ

 日本にいるとあまり眠れないが海外ではよく寝る。それも目ざましを使わずに朝4時とか予定通り時間にピンポイントで起きることができるのですごいものだそうだ。自身はすごいと思ったことはないのだが、隣人の多くによるとすごいらしい。
 ことの起こりはこうだ。海外を安く旅行するためバックパッカーなどを利用していると安宿はだいたい多人数部屋である。6人、8人、ときには12人部屋というときもあった。飛行機などの関係で早く起きなければいけなくても、そんな時間にアラームなどを使うと同室の人間の人種や性格次第で袋叩きになってしまう。
 そういうわけでアラームを使わずに起きる必要があり、最初は眠ることができなかった。しかしそういう旅程を1か月あるいはそれ以上などという長期にわたって行っていると身体が自然と睡眠を欲してしまう。25時について28時に起きて移動、というようなこともある。そんな3時間という時間でも、きっちり眠れてきっちり目が覚めるのである。
 幸いにしていまだかつて寝過して飛行機の券が無効になったことなど一度もない。これもひとえに飛行機の券が高いからであろうか。通勤の電車バスでは乗り過ごしたことは多々あり、アヴァロンやパームビーチに着いてしまったり、あるいは観音寺、和歌山、伊勢中川、甲府という駅についてから車掌に起こされるなんてこともあったものだ。こんなに寝過ごすのも寝過ごしによる往復運賃の負担などは馬鹿高い飛行機チケットに比べればたいしたことはないためなのだろうか。

2010/11/13(土)   臨機応変

 急な予定変更の際にはどう対処すればよいのか。とくにビジネスの世界ではそんなことは日常茶飯で、職位があがるにつれて日常的な業務は減り非日常的な業務が増えていくものである。対処への速さとその内容が個々の力量を示すところと言えるだろうか。
 いそいそと東京に出かけた。いつもであれば東京週末フリー切符(8000円)を利用するのであるが、今回はバスが運休になった代替であるので前日までの購入が必須であるその切符が利用できなかった。さてどうするか。費用を考えなくてよいのであれば普通に乗車券と特急券を買うのがよいのだが、いかんせん往復で13500円は高すぎる。かと行ってケチって在来線で行くとなればそれはそれでまた困難が付きまとう。今回の場合は時間の問題があるので、帰りが遅くなるのはかまわないが行きが遅くなるのは致命的なのである。
 寝覚めに朝食を摂りながらそんなことをかれこれ15分ほど考え、結局高速道路+JRという利用にする。大月まで高速(1000円)で行き、そこで東京エリアを1日乗り放題のホリデーパス(2300円)を購入する。八王子まで自由席特急券(500円)を購入することで行きに関してはあずさ利用とほぼ変わらない所要時間で到着できた。帰りは適当に見繕い、一般道で帰るという選択肢も考えたものの結局は普通で大月まで乗り、その後は高速道路で諏訪まで戻った。
 結局大月での駐車場の料金とガソリン代を含めて7000円弱で済む。今後もこの利用を考えてもよいかと思えるぐらい有用なプランであり、特急・普通、高速道・一般道というオプションも多数あり、柔軟な利用ができそうだ。ホリデーパスの乗り放題の区間の広さもメリットである。ただ、もし八王子市内の交通事情に詳しければ八王子まで高速道で行き、ホリデーパスではなく都区内フリー切符を用いることでもっと安上がりにできたように思える。

2010/11/12(金)   軟硬両面外交

 海外にいると日本の漁船が指定海域以外で操業していたり、あるいはオーバーロードで捕まったりしているというニュースを聞くことがある。しかし日本でそんな報道を聞くことはほとんどないためかそういう事実を知っている日本人というのは少ない。それはある意味致し方ないことだとは思うが、それよりも問題に感じるのは一部の日本人にそういう事実などないと認識しているフシがあることである。報道されていないイコール起こっていない、ということではないというのに。
 尖閣諸島は日本固有の領土である。そういう主張がありながらも長年中国漁船がその尖閣の海域に入り操業していたのは事実である。たいていは海上保安庁の船が追えば逃げるものの、逃げるどころか体当たりしてきた船がいた。これもおそらくはじめてのことではないと思われるが、逮捕に踏み切ったのは初めてのことである。
 逮捕と聞き、日本は政権交代で随分強腰の外交姿勢に転じたものだ、と当初は思った。なぜならそれまでは前述の通り、長年にわたり日本には領海を守るというような姿勢が見られない軟弱体質だったからである。しかし強腰外交が始まったと思ったのも束の間。相手も強腰で及んでくると理由の知れない船長釈放という愚行に走った。そんなことをするならば政権交代前のように故意に見逃し続けるほうがマシである。
 竹島と違い、尖閣は日本が実効支配している。その実効支配していることが十分なメリットというもので、そこであえて強腰に出る理由が理解できない。日本が強腰で交渉に当たるべきなのは竹島や北方領土を奪還するための行動であろうに。

2010/11/11(木)   二つの駅

 多くの都道府県ではそれらを代表するような駅は一つだけである。たとえば長野であれば長野駅であり、愛知であれば名古屋駅、香川であれば高松駅である。しかしながらたとえば東京ではどうかと言えば東京駅は大きいしランドマーク的な存在ではあるものの、乗降客では新宿が1位であり池袋が2位である。そんなふうに代表駅をどこといえばいいのか悩むのは東京に限ったことではなく、たとえば和歌山もそうであった。南海の和歌山市駅(通称市駅)と国鉄の和歌山駅(通称和駅)が乗降客の争奪戦を繰り広げ、肉薄していた。現在は見る影もないほど市駅が衰退しているのは悲しい限りである。
 就任一年目で見事日本一監督となった西村監督は国鉄鹿児島野球部の出身である。その鹿児島もそうである。鹿児島駅(通称鹿駅)と西鹿児島駅(通称西駅)というターミナル駅があり、両者の隆盛は同程度ながらもやはり駅名通り鹿駅のほうが中心であった、と同駅で駅員も勤めた西村氏は述べている。しかし新幹線が開通し、西鹿児島駅は鹿児島中央駅と改称された。それまでも西駅は徐々に鹿駅に差をつけてきていたけれど、あれが契機となり両者の差はぐっと広がってしまった感じがする。
 いよいよ来月には東北新幹線が青森まで開通する。青森駅は青函連絡船などの関係から在来線の駅はスイッチバック必須な行き止まりに位置しているが、新幹線ではそんなことができないためやや南の位置に新青森駅を開業することになった。需要予測の7分の1の利用しかない安中榛名駅や古賀誠駅と呼ばれる筑後船小屋駅も真っ青の何もない新青森駅界隈であるが、新幹線の開業が契機となり両者は逆転するのかもしれない。はたまた逆に、期待したような変貌は起こらないかもしれない。いったいどうなるのだろう。

2010/11/10(水)   出し損ねた切り札

 トランプにはいろんな遊び方がある。ババ抜きや7並べ、大貧民といった子供が遊ぶようなゲームもあれば、ポーカーやブラックジャックのようにカジノで主に遊ばれるようなゲームもある。ほかにもトリックゲームというジャンルがある。これはたとえばブリッジやナポレオンといったようなゲームがそうである。全員に均等にカードを配り、全員が必ず1ターンに1枚ずつ消費していく。強いカードをうまく使いながらトリック数またはポイントを獲得するゲームである。
 トリックゲームの開幕前には全員が自分の手札を見て「このスート(マーク)を強いカードにすればどれだけトリックを取れる」ということを宣言する。ブリッジならハートで3、ナポレオンならスペードで15、といった風に。そしてもっとも厳しい条件を出した人の言い分が認められ、そのスートがもっとも強くなる。宣言者は宣言を達成するように、他のプレイヤーはそれを阻止するべく戦う。
 そのもっとも強いスートのことを切り札と呼ぶ。トリックゲーム特有の呼称であるが、それらが盛んな欧米などでは切り札を出すという表現は日常的に用いられている。多数派工作などの政治の分野、合従連携などの経済の分野をはじめどこでも当たり前の表現である。しかし日本ではトリックゲームが盛んでないためか、日本人は切り札を出すタイミングが分からないようである。宣言者は切り札を最序盤から使える可能性も高いからこそ有利なのであり、それを出し惜しみしていればいずれは切り札同士でつぶしあいになるだけであり、そんな戦略では勝者になれるはずもない。日本でももっとトリックゲームが流行らないものか。

2010/11/09(火)   地球温暖化

 長野では紅葉が見ごろを迎えている。いつもであれば10月中旬ごろからなのだけれど、1〜3週間ほどは遅くなっている様子である。もっとも、逆にさくらの開花は早まってきており、今年は例外的に遅かったもののやはり1〜2週間ほどは早くなっている。この事実をどう解釈すれば良いのだろう。
 そう言えば紅葉が見事な京都は、11月下旬の連休が見ごろであり、そのころには保津峡の川下りなども終わっていたものだった。ところが今や12月になっても保津川下りは紅葉が見られない場合もあるという。すでに終わってしまったのではなく、まだ紅葉になっていないという意味である。12月の紅葉というのも珍妙なものである。
 とすれば、長野に限らず全国的に温暖化が進んできているということである。さくらの開花の早まり、紅葉の遅れもそうだがスキー場のオープンも年々遅れる一方。逆にシーズン終了の時期はどんどんと早くなっており、年間リフト券などの売上は減少する一方。スポット(一時的)のスキー客も大きく減少してきている。そのように地元が大きな悩みを抱えているのも単なるスキー人口の減少のためだけではなく、気象面に依存するところも大きいのかもしれない。
 県内の悩みといえばTPP(環太平洋経済協定)もそうである。農業依存率が大きい県だからこそのことだけれど、農政改革にも着実に着手してほしい。長野は高原地帯にあるからこそ温暖化で逆にいままで栽培できなかったものが栽培できるという可能性も出てくるだろう。課題は山積する一方だが、新たな一歩への布石としたい。

2010/11/08(月)   日本一記念セール

 中日とロッテによる日本シリーズが終わり、4勝2敗1分でロッテが日本一となった。周知の通りロッテはレギュラーシーズン3位の球団。日本シリーズの試合そのものは総じて好試合が多かったものの、両リーグで最下位であった横浜と楽天の交流戦においても好試合というものは存在した。現在の枠組みの中で日本一を果たしたロッテは見事だったというほかないが、はたしてその現在の枠組みが真の日本一を決めるものとして妥当なのかどうかは引き続き全球団で考えてほしい課題である。個人的には約140試合戦うペナントの価値をもっと高めてほしいと思っている。
 日本一になったロッテの関連企業といえばなんと言ってもロッテリアだろう。しかし自身はファストフードをほとんど食べない身。当然ロッテリアに縁もゆかりもなく、自身にとっては無意味な優勝セールである。ほかにも日本のマクドナルドなど行ったことがほぼなく、海外でもほんの数回ある程度。注文の仕方などが全く分からなかったため、一緒に行った外国人に「お前は100歳まで生きる」などとからかわれたものだった。
 報道姿勢の正しさという点で日本で唯一と言ってもよい世界的高評価を受けている中日新聞。中日が優勝したらその中日新聞の購読料が半額になったりするのかといえばそんなことはなく、松坂屋なども縁遠い存在。こちらもやはり無意味なのか、と思ったが、とある愛知資本のスーパーが記念セールをしていたので覗いてみる。そうするとよりによってロッテのチョコレートが66円で売られていたので笑ってしまった(66は落合監督の背番号)。そう言えば落合監督はロッテにいたころ三冠王を取ったのであった。ロッテのセールは西村監督なだけに24円だったりするのだろうか。

2010/11/07(日)   連載終了

 週刊少年漫画ほど打ち切りが唐突なものはない。新連載開始などと言って表紙・巻頭カラーを含め大々的に取り上げておきながら、2か月もすれば打ち切りになってしまうのである。元から短期集中連載だったのならばまだしも、読者の人気投票に過度に依存しすぎているシステムがどうしても理解できない。
 コンビニなどでもそうである。商店のスペースは変わらないものの、毎月のように新製品がどんどんと投入されてくる時代。新製品を入れれば当然旧製品の一部が販売されなくなるわけであり、お目当てのものが買えなかったということばかり起こる。マイナー志向の自身が悪いのだと言われればもうどうしようもないことだが、これはそういう問題なのだろうか。せめて半年ほどは様子を見てもらいたいと願うのは贅沢なのだろうか。
 地方紙を手に取り一面からじっくり読んでいくと、自身が大好きであった連載2本が終了になってしまったことに気づく。悲しさも覚えるが、方や9年、もう一方は11年もの連載期間だったと知り驚く。それだけ続けばこれまでの苦労をねぎらい、それまでありがとうとお礼の言葉を言いたくなるものである。と同時に、新たに始まる連載がやはり長い期間続き、かつ素晴らしい内容となることに期待したい。ありがとう。

2010/11/06(土)   動画サイト

 自身の文章力が乏しいため伝えたいことを伝えられずにいつも恨めしく思えてしまう。じゃあ会話ではうまく伝えられるのかといえばそんなことはなく、やはり自身の会話力を呪ってしまう。それでもそんなことを思い続けてン十年、少しずつではあるが向上してきただろうか。どうだろう。
 しかし能力がいくら向上してもそもそも伝えられないものがあるのは事実である。たとえばにおいがそうである。焦げたようなにおいとかであればなんとなく印象を伝えられるものの、たとえば自身が開発した芳香剤のにおいはどうなのかと言われるとうまく伝えられない。今までのアップルの香りではなくて、ほんのり甘くて、ツンとした感じがしないにおい、などのように漠然としか伝えられない。しかも、その条件を満たすにおいなど理論的には無数にある始末。どんなにうまく形容しても全く意味がないともいえる。
 動画も同様であり、静止画ではどうやっても伝えられないものがあるのも事実である。自身もつまらぬ実験ばかり行っておりその動画を作成しようとしたことはあるものの、動画作成ソフトがあまりに高価なため断念した。ウィンドウズに添付されている標準ソフトを使っても動画そのものは録画できても、それに音声がうまく入らない始末。動画サイトを覗くと非常にうまく編集されたビデオが多数あり、ときには感嘆させられる。自身が真に呪うべきものは文章力や会話力のみならず、動画作成能力の低さもなのだろうか。

2010/11/05(金)   検察を批判するデモ

 ギリシャ問題のさなかのこと。アテネをはじめとしたギリシャの都市でストライキが起こったとき、日本での反応というのはどのようなものだっただろうか。お前が言うな!とか、公務員の給料が高すぎるとか、総じてそんな次元に矮小化されていた気がする。もっとも日本のマスコミがそのような報道スタンスを取っていたのも見逃せない事実である。
 最近フランスではデモが盛んに起こっている。60歳からの年金支給を62歳からに変更するという決定に国民が反対を示しているのである。健全な国民の健全な権利行使は当然のことだが、なぜか日本では全く報道されない。社会保障費を削減したいのは日本でも同じことであり、報道すると国にとって損であるからに他ならない。
 いずれも国が国民にコミットしたことが反故にされたから、あるいはされそうになったからのデモであり、反発は当然のことである。日本でも反中国のデモや検察批判のデモなどが行われているが、ほとんど報じられない。国にとって不都合な事実は国民に知られる必要などないのである。
 検察を批判するデモがこの日の夜に東京で行われた。検察という権力に対するデモであると同時にマスコミへの批判もぎっしり詰まったデモ活動であった。当然自分たちにとって不利益なマスコミはこんなデモを報じることはなく、国民が知る機会も少ないのであろうがだからこそここでお知らせしたい。日本の検察もマスコミも異常極まりないということを。

2010/11/04(木)   消耗する戦い

 全力で運動すればどんな運動でもかなり消耗するだろう。体力の消費も相当だが体重という意味でも痩せそうだ。自身がフルマラソンに出た時は完走後に3kgは痩せていた。いや、もっとだったかもしれない。あとはアイスホッケー後もかなりの体重減だった記憶がある。もっとも、人数不足であの広いコートを3vs3で対戦しており、消耗度はプロの試合以上だったかもしれない。そんなわけないか。
 では身体を動かさないものではどうなのだろう。自身がオセロトーナメントや将棋のトーナメントに出てもやせるというようなことはない。対局中は禁食どころか禁水にしているにもかかわらず、である(真剣勝負ではお茶すら飲まないと決めている)。エネルギー的に言ってもただ座っているだけであり、カロリーを消耗するようなところなどないように映る。
 しかしやはりその手の職業となれば異なるようである。ある囲碁棋士が1対局によって3kg痩せるなどと言っているのを聞いて「そんな馬鹿な」と思ったのだが、将棋のほうでもやはり同じようなことを言う人がいる。羽生名人や木村八段に伺ってみたものの、やはり持ち時間6時間の対局では2〜4kg痩せるのが普通だという。自身などはほとんど考えるまでもなく直感で指すことがほとんどなのだけれど、さすがはプロというものか。プロの脳の活動、恐るべしだね。

2010/11/03(水)   できちゃった末路

 この世の中、ありとあらゆるものには順序というものがある。この文章だっていつもでたらめに書いてはいるものの、そこそこ起承転結というものを意識しているというものだ。出だし、展開、転換、結論。話によってはどれかがなくてもよかったりどれかが膨らんでも構わないのだが、基本的には4つがびしっとしている文章がしゅわっと引き締まっていて好印象を与える。自分の場合は能力不足のため起転結という構成になることが多い。
 交際三か月、妊娠三か月。日本ハムのダルビッシュ有と女優のサエコの結婚会見のときの言葉である。なんと言っていいのか理解できない。確かに事実はそうなのかもしれないけれど、そもそもそういう事実が具現してしまうことに問題があるのではないのだろうか。そもそも最初から避妊に及ばないということが理解できない。報道をどこまで信じればよいのかわからないが子供が2人も誕生してからも方や育児放棄に家事放棄、方や浮気となれば関係をそれ以上維持させることに無理があるというものである。
 対人ゲームでは無駄に時間を使うことが多い。プロの囲碁将棋の長考など、傍目には理解できないかもしれない。盤面がずっと変わらないのだから。深く読むという意味もあるが、ときには時間をかけたということそれだけでも対戦相手に心理的な影響を与えるものである。自身は変人なのか、行為に及ぶことよりもその経過のほうがどきどきして楽しいものだけど。その気になれば数分で終わってしまうことに時間をじっくりかけるからこそ関係も深まるというものである。

2010/11/02(火)   珈琲文化

 海外ではそこらじゅうでエスプレッソマシンを見ることができる。空港などでも見かけるが、町あいの小さい喫茶店などでもほぼ必ずと言っていいほどあり、本格的な珈琲を楽しむことができる。メニューがない店が多いものの、やっとのことで覚えたこともあり苦労することはほぼなくなった。とはいえいかんせん珈琲は苦手である。どんなに頑張ってもショート(エスプレッソブラック)は飲むことができない。フラットホワイトという牛乳割りにして飲むことが多い。どういうわけかほとんどの日本人の「フラットホワイト」という発音は現地人には全く通じないので、自分が注文する際にはそれが一度で通じることに優越感を覚えたものだった。
 珈琲というのは豆の違いもあるけれど淹れる人の腕というのも如実に反映されるのだろう。混雑するような有名な喫茶店で珈琲を味わうといつも感嘆するものね。マシンの差とか豆の差であれほどまでの差がつくとは思えないから。しかしその割にエスプレッソマシンを扱うような勉学あるいは実地コースなどを見たことがない。ほかの分野と同じく、ただひたすらの経験の積み重ねのなせる技なのだろうか。
 とはいえひとつだけ個人的にがっかりなのは、珈琲が素晴らしくおいしい店に限って食べ物が高く、しかもまずいということである。この経験則は悲しいほど的中率が高く、例外を経験したことがない。素晴らしい珈琲と粉っぽいクッキーあるいは酸っぱいクリームのケーキの組み合わせとなれば気分も凹むというものだ。逆においしいケーキ屋に行けば信じられないほどまずい珈琲やティーが出されるのである。
 久し振りに尼崎に行き、知人の喫茶店に赴く。おいしい珈琲とおいしい食事を両方とも味わえる店というのは海外に限らず日本にも本当に少なく重宝する。以前訪ねたときにはなかったと思われるグラタンを注文しようと思ったものの、野菜不足が気になり結局カレーセットを注文。味・量とも申し分のない味わいだった。I'll be back!

2010/11/01(月)   価格の地域差

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(画像:キンバリー地区での給油。単価にびっくり。)

 ガソリンに地域差があるのは当然のことなのだろう。なにしろ人件費・輸送コストなどのコスト負担が違うのだから。北海道をバイクでツーリングしていたころ、本州でリッター100円前後だったガソリンが同140円で売られていたことがあり驚いたのなんの。しかもガソリンスタンドは土日定休で営業時間も9時〜16時など非常に短い。あのとき給油できなければ2日足止めだったのかと冷や汗をかいた印象がある。
 もちろん世界でみても同じこと。激高と言われるシドニー近郊ですらリッター110セント付近だったガソリンは北西部のキンバリー地区に行くと同150セント。国ごとの違いもあり、台湾やシンガポール、香港などではガソリン価格は高いがブルネイやマレーシアなど産油国では非常に安い値段であり、リッター40円程度であった。もっとも産油国がガソリンを低価格にするのには政策的な意味もたぶんに含んでいるのだけど。
 いつもインフルエンザの予防接種を受けることにしている。これがなぜかいつも苦労するのである。去年は豚インフルエンザ騒動もあり本当に苦労した。在庫がある病院が少ないうえに、在庫があっても当院がかかりつけでない患者さんには接種できませんとかいろいろと言われたものだった。実際に接種できたのは20病院以上を当たったあとのことである。
 今年は大阪で早めに接種。長野で接種すると4500円〜6000円かかるインフルエンザ接種料金であるが、大阪では1000〜3000円程度。なぜこんなに価格差が生じるのだろう。保険外治療であり、ワクチンの効能も同じであるはずなのに。長野など山間部への輸送はそれだけ物流コストがかかっているということなのだろうか。

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