せっきーの世紀末

/(^o^)\日本ヲワタ/(^o^)\

2010/10/31(日)   Life diversity

 自身は理系の身なのであるが、経済学に興味をもっていて大学時代もよく経済学に関係した講義を履修したものであったしいまは論理学にも興味を持っている。とは言え、もっとも興味の強いはずである本業の理系のほうでも散々であり、苦労が絶えない始末。ほかのことに色気を出すのではなくひとつのことを集中してやれなどと言われるかもしれない。
 これ以上経済学を、あるいは論理学を学ぼうと思えばどうすれば良いのだろう。普通に考えれば大学に行くという選択肢が真っ先に出てくる自身は正常なのだろうか。なにせ、日本の大学といえば若者の集積体、青春を謳歌し遊びまくる場所である。日本においては大学で27歳以上の占める割合は1%強であり、20〜30数%という値を示す海外と比べるまでもなく低すぎるというものである。そういうわけか、中年というだけで日本の大学においてはひときわ違和感を放つ存在となる。
 人生経験の乏しい若者が高等教育を履修することは、脳年齢的にはメリットなのかもしれない。齢とともに脳の活動が低下するというのは否定できない事実であり、中高年は勉学などより仕事をするべきという主張もわからなくはない。しかし、若者には高等教育が仕事の現場でどのように役に立つのかわからなかったりする。同年代としかコミュニケーションをとれず、就職してから人間関係に苦悩する若者というのは非常に多く、今や新卒採用の3人に1人以上が3年も経たずに辞めてしまう。
 就職活動の時期を遅らせるなどというニュースがあったけれど、それでも高校から大学に進み、かつ在籍中の人を採用するという面においては何一つ変わってはいない。日本の大学は高校の延長上にある印象であり、奇異と言わざるを得ない。社会で経験を積んだ人が大学という高等教育を受けることや、人によっては高校に入るということは社会にとっては大きな利益になるはずではないのだろうか。生物多様性社会も大切だが生き方多様性社会もまた大切である。ライフダイヴァーシティといえば良いのだろうか。そのような社会が実現されることを願っている。

2010/10/30(土)   ハロウィンパーティ

 日本ではあまり隣近所寄り添ってイベントを行うということがない。昔はそういうこともあったのだけれど、いまや個々の家が大切にされる時代で、敷居も随分高くなったものだと思わされる。自身が子供のころなどは同級生の親はおろか、見知らぬ年長者に叱られるなんてことも日常茶飯だったのにね。
 ハロウィンパーティに呼ばれて出て行った。海外ではやはりホームパーティーなどで盛り上がるイベントだけれど、日本ではそうそうないこと。食事は持ち寄り制だったのだけれど、自身など蜂の巣のお菓子を持っていったぐらいであり本当に手ぶらという印象だったのだけれど、参加していた女性陣が大量に食事を作っていたことなどがあり余ってしまった。
 そう言えば豪州で購入したピンクジェンガ(ガールズトーク版)が人気で大盛り上がりであった。高度なバランス感覚が求められるゲームであり、もう無理と思っているような状況からでも平然と次回の自分のターンが回ってきたりするので困ったものである。今回は28段と30段で崩壊してしまったけれど、最高記録はどれぐらいなんだろう。

2010/10/29(金)   統計の見方

 人の命などはかないものである。大きな事故などがあれば一瞬にして終わりかねない。とは言っても、そうそう起こらないことだからこそ事故なのであり、データを多く取り平準化すればどのような形になるのであろうか。
 アメリカではピックアップトラック(PUT)やスポーツユーティリティヴィーイクル(SUV)などの人気が高かった。燃費が悪くともガソリン価格そのものが低く抑えられてきたためであり、異常なまでの二酸化炭素排出の原因ともなった。それら大型車の宣伝には「あなたの寿命を50日(/人)延ばします」などと書かれていたものがあった。事故に遭った際、車両が大破する可能性が低いため、生存率も高まるからである。
 他にもピルを飲むと太るうえに寿命も縮むから飲まないだとか、コーヒーが寿命を短くするという説もある。とはいえ、それら両ファクターは先ほどの大型車による寿命延長と同基準で統計を取ると5日/人あまりにしかならない。毎日コーヒーを飲んだ人が5日早く死ぬという統計があったとしても、70年強の全体寿命から考えればほとんど影響のないものかもしれない。
 以前、左利きと寿命のことについて触れたが、統計的に見ても9年/人と非常に大きな違いとなっている。喫煙習慣は6年/人であり、その1.5倍ともなる計算。肥満のことについても触れたが、BMI29以上の人(男性)で3年/人の違いであり、見方によっては過度の肥満イコール病気と言えるかもしれない。飲酒は4か月/人ほどとそれほどでもなく、飲酒はデメリットも多いもののメリットもかなりのものなのだと思わされる。さて、では最も寿命を短くさせる原因とされたものは一体なんだろうか、お考えいただきたい。

> 答え「未婚(9.5年)

2010/10/28(木)   外れかどうかは今後次第

 プロ野球のドラフト会議が行われた。指名する球団側も指名を受ける選手側も気が気ではない一日だろう。逆指名という制度がなくなったのは喜ばしいことだが、戦力均衡のための完全ウェーバー制には程遠い現実がある。いまや米球界も人材不足が深刻であり、スター選手となればアメリカを含めた争奪戦になってしまいがちである。FA制度導入時にはここまでのことは考えられていなかったはず。横浜問題のようなことが起こらないよう、身の丈にあった経営を心掛けてほしいし、制度もそれに合わせて修正していって欲しいと思っている。
 今年の注目はハンカチ王子と言われた斎藤投手と大石投手であった。この2名に10球団の指名が集中し、そこからはずれた8球団による通称外れ1位の指名があり、またはずれが出てしまう。とは言っても、ここまではそれなりにある話。
 なんと今年は外れ外れ1位までヤクルトとオリックスで競合したのだ。今年ホームラン王を取ったT−岡田(履正社)の後輩にあたる山田選手のことで、そこのくじも外したオリックスの岡田監督は外れ外れ外れ1位として後藤(駿)選手を指名、1巡目はやっと終わった。
 通称とはいえ外れ外れ外れの1位と聞くとどことなく不名誉な名称にも聞こえるが、それでも2位指名の選手たちよりは評価されているからこそ、1位で指名されたのである。他のドラフト1位選手もそうだけれど、後藤選手がドラフト1位に相応しい活躍をしてくれることを期待している。

2010/10/27(水)   政治家をダメにする政党制度

 国会で予算委員会が開かれている。中身はといえばもう目を覆わざるを得ない内容である。個人の犯罪がどうのこうの、写真撮影がどうのこうのといった内容ばかり。犯罪を国会で扱うのならば司法はいらないし、なぜ写真撮影が原因で予算委員会があんなに何回もストップするのかがわからない。それどころか今年初めには長崎の選挙の結果を受けて国会の審議拒否をした政党もあった。見識違いもはなはだしいというしかないが、現在も同じ愚行を繰り返している始末。もはやつける薬もない。
 日本に技術力がさほどないのは周知の事実である。だからこそ、為替誘導というアドバンテージによって日本は外貨を稼いできた。しかし、同じスキームを韓国などの新興国も行う時代になっている。中国は市場だけではなく軍事的にも台頭し、希土類の実質禁輸も行うなど世界への影響力を強めようとしている。アメリカはドル安政策を取り、自国産業の保護に専心している。
 こういう時代をどのように日本は凌いでいくのか。なぜそういう話が国会でなされないのかわからないし、それを糾弾する姿勢を見せない新聞社も理解できない。特別会計の事業仕分けも行われているけれど、本来はこれは予算委員会でやらなければいけないこと。予算委員会が本来の機能を果たさず、ただのスキャンダル追及の場となり下がっていることに怒りを禁じえない。尖閣や資源を守ることより議員個人の写真撮影のほうが問題だというほど、日本の政治家は落ちぶれてしまったのかと思うと嘆息も止まぬというものだ。
 与野党が逆転したときは日本史の大きな一ページなどと言われたのに、その後に起こったことは民主党の自民党化と自民党の野党化だけである。このことはなんのことはない、実際の権力というものを官僚やアメリカが握っているということを如実に示しているに他ならないのだ。個々の政治家の中には危機感を持っている政治家も多少はいるようだが、愚行を繰り返す政党という枠組みが邪魔になってしまっている。日本に政党政治は似付かないということなのだろうか。

2010/10/26(火)   じぶんが好き

 よくあなたは自虐的過ぎるなどと言われる。しかしそんなものは大阪人としてのキャラクターであり、自虐で笑いを取っているにすぎない。加えて言えば自分をけなすことには全く躊躇ないけれど、他人をけなすことが苦手かつ嫌いなのもあるかもしれない。どんな性格にも良い面と悪い面があり、他人に関しては良い面をできるだけ見つけるようにしている。
 自分のことを好きだというとナルシストなどと言われる風潮が日本にはあるのか、あまり良いように思われない印象がある。しかしあえて公言すると自身は自分のことを好きである。本来あるべき姿から遠いだとか、いろいろなことは思ったりもするけれど、グッドバランスを持っていて年齢の割に成長意欲も高い、積極性もあり、なにより堂々としている。それでいて傲慢ではなく謙虚。持っているものが多すぎるからこそ非常に高度なバランス感覚がなければ自分という人生など他の人には絶対に送れないと思っている。
 もっとも、自身とて自分のことが厭で仕方がないときもあったのは事実である。親友と同棲していたおり、お互いに自分を好きになろっ、と言われたことに起因しているのであろうか。相手も駄目なところは確かに多かったというのは生活していたときに分かっていたものの、よいところが本当に素晴らしく、誰もが感嘆するほどだった。自分を好きになれない人がどうして他の人に好きになってもらえるのか、というのはそれ以来、常日頃感じることである。
 先ごろ発表された青少年の体験活動等と自立に関する実態調査(平成21年度版)。じぶんが好き、と答えた小学5年生は60%あまりであったが、中学2年生になると25%にまで低下している。高校2年生でも同じ25%ほどである。こどもは日本を覆う閉塞感とは無縁の存在だと思っていたのだがそうではないようである。喫緊に解決するべき大きな社会問題だと思うのは自身だけであろうか。

2010/10/25(月)   茶番に満ちた社会

 ナチスの時代にクリポあるいはゲシュタポというものがあった。それぞれ正式名称はクリミナルポリツァイ、ゲハイメシュターツポリツァイアムトという長いものである。意味は秘密警察であり、ナチスの思想にそぐわない存在を見つけ出しては適当な罪状をつけて逮捕するという組織であり、ナチス体制の維持のためには必須の存在であった。現在では中国のノーベル平和賞受賞者、劉氏もそのように取ってつけた罪状で逮捕されたと言われている。
 このような制度のもとではまともな裁判を期待するだけ無駄である。体裁上は裁判がなされるものの、証拠もなにもかも捏造。そもそも裁判官と検察がグルという時点で中立な裁判として成立していない。フセインが最期に「裁判は茶番だ、ブッシュこそが世界の独裁者だ」と吐き捨てたけれど、まさにその通り、茶番なのである。もっともフセインとて茶番の裁判で体制を維持してきたこともあり、茶番に始まり茶番に終わる人生だったと言えるかもしれない。個人的にはブッシュの人生こそが茶番で終わるべきではないのかと思えるときもあるのだけれど。
 大阪地検特捜部の主任検事が逮捕された原因は『ストーリーに合わない証拠を捏造/改ざんした』であり、その主任検事の犯意(故意)を知っていたとされる上司二人は故意ではなく過失だとしろと指示したとして逮捕された。その上司二人の弁護人は『(最高検は)ストーリーに合わない証拠を捏造/改ざんした』として争っている。なんと、原告被告とも同じ主張をしているのである。こんな茶番劇をどう国民は視聴すれば良いのか。ただ呆れるよりない。
 特捜部の正式名称は「特別捜査部」。ナチスやその組織などと同様、略される組織というものにはろくなものがないのかもしれない。役割もナチスのそれと何ら変わりないところが悲しく、国民にやり場のない怒りを与え続けてくれる。茶番だらけの社会を改めてくれるものは一体なんであろうか。

2010/10/24(日)   オセロリーグ戦

 どんなことにも想定外の結果というのはつきものである。その中でも特に予想が多い分野に関しては逃げ口上も実にうまいものである。たとえば競馬や相場がそうである。どんなに人気薄の馬が優勝したとしてもレース後には理路整然とした解説が用意されており、どんなに相場が想定外の方向に振れたとしても理屈屁理屈なんでもごちゃまぜの全力弁解がなされるものである。
 前回の大会ではあろうことか自身が優勝してしまった。これこそまさに想定外、大番狂わせというもの。ディフェンディングチャンピオンとして出陣、というのはタイトル戦ならばそうなのだろうけれど残念ながらそんな大規模な大会ではない。シードでベスト8から出たもののあっさりと緒戦で敗北。まだリーグに出られるほうが試合数も多く、敗北即敗退というわけでもないのでよいのかもしれない。
 昨日の卓球でもそうだけれど、やはり数やってナンボということは身にしみて感じたのであった。あらゆる失敗は経験不足に起因すると言っても間違いではないだろう。今回は辛酸を嘗めるという経験を積むための試練というところだろうか。

2010/10/23(土)   卓球リーグ戦

 寝て起きて仕事して、寝て起きて仕事して、という単調な日々を過ごしているため、運動をする機会が少ない。その割にお金が貯まるわけでもなく、たまるのは体脂肪ばかりであるのだから嫌になる。少しは何らかの運動をせねば・・・と思っていたら卓球のお誘いがあったのでいそいそと出かけた。
 卓球の団体戦というのはほかの競技とは変わっている。5:5なのは剣道など他のスポーツでも見られる形態ではあるけれど、卓球の場合はシングルス4組とダブルス1組の対戦である。3戦目がダブルスになると決まっていて、メンバーの重複が認められないのも特徴である。
 7人のチームが5つあり、総当たりであるので4回の試合がある計算。自身など戦力にはならないもので隠居しているつもりだったのだが早速緒戦のシングルスに登場し、0−3とストレート負けを喫する。2試合目もやはり0−3とストレート負けし、力量不足を露呈したというところ。3戦目は欠場し4戦目に再出陣。もうすでにチームが全敗でありプレッシャーがなかったのがよかったのか、○×○×○という3−2で勝利。最終戦がジュースになってからは相手のレシーブミスとサーブミスで2点が入り、なにもしないような形での決着だったのだけれど・・。相手がプレッシャーにやられたというところだろうか。

2010/10/22(金)   官民癒着

 英字新聞を読むことが多い。日本とは違い堅苦しい記事はそんなになく、コミュニティ紙のような一面も持っているのが特徴だろうか。日本であればなんだかんだでプライバシーだとか個人情報保護法だとか、いろいろとうるさいものね。もちろん割合は少ないながらも論説もあり、非常に充実した内容である。少ない記事欄ながらも必要最小限かつ十分な論説が掲載される。事実関係の明記、問題の提起、社としての結論・是非などを明解に述べていてわかりやすい。
 中国紙はあまり読まない。しかしながら海外で飛行機に乗ると中国紙というのはいつも余っているのである。中国の新聞イコール官報であり、政府の意向に沿わない記事など絶対に掲載されない。尖閣の衝突事故でも日本船が衝突したとのT字図が堂々と掲載されていたし、中国国内のシンチャンウイグルやチベットなどのデモの記事など探しても絶対に見つからない。
 その中国紙の論説をたまたま見ていると、レアアースの減産の論説があった。なんでも「米国は自前鉱山を開発すべきだ、そして日本にレアアース備蓄をもっと少なくするように圧力をかけるべきだ」と書いてある。中国にとっては、日本がレアアースを買い占めているから米国にレアアースを輸出できないのだ、という論理にしたいようである。それと同時に、エアアース禁輸という圧力が空振りに終わりかねない現状に対する焦りも見られる。
 日本人はそういう中国の現状に関する報道を見聞きして中国は異常だ、などと感じるのであろうが、はっきり言って日本もなんら変わらない。むしろ日本のほうが異常であると断言してもよいだろう。マスコミやアメリカにとって不都合な記事は掲載されないし、政治の件でも事実の隠ぺいあるいは事実に反する報道を繰り返し、日本の民主主義をつぶそうとしている。中国はメディアではなく政府が権力を持っている分、まだ中国のほうが幸せなのかもしれない。

2010/10/21(木)   スパム

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 「少年雀鬼 東槓」という中島徹の漫画がある。奇想天外な麻雀を打つ主人公、東槓があるときレンタルビデオ店の店主とビデオ麻雀を打つ。麻雀と同じくレアな役ほど点数が高いのであるが、槓はチャップリン一色を上がって24000点。しかしモンティ・パイソン一色を上がった店主は32000点であったので吹いてしまった。作者のセンスがいかんなく発揮されたというべきだろうか。
 そのモンティ・パイソンに空飛ぶサーカスという有名なコントがある。レストランに入ったある夫婦、メニュー表を見ていると周囲の客が「スパム!スパム!」と連呼する。そのうちに店員までスパムと連呼し始め、その夫婦は雰囲気に圧されてスパムを注文するというストーリー。そのスパムとは何かと言えば味付けされた豚肉の缶詰のことである。
 しつこく送りつけられるメールのことをこのストーリーを由来としてスパムメールというようになった。もちろんスパムなどに対して正常なアクションを返すほうが間違っており、黙殺するのが正しい。とはいえ掲示板に対してなされるスパム行為に関してはどうだろう。メールなど自身しか目を触れないので良いが、掲示板などに関してはそうはいかない。
 基本的にはプログラムでフィルターをかけてスパムを除いていたのだが、それでも一か月平均5件あまりはフィルターに引っかからず手動で削除していた。それなのに、なんだかフィルターが目詰まりをして壊れたのかどうか、最近は1日1〜2通を手動で削除している始末。誰もいない庭なのに雑草が生えていないというのも奇異なものだが、手入れはきちんとしておかないとね。

2010/10/20(水)   続・健康診断

 ダイエットと健康のページの冒頭に書いている通り、「本当に、やせる必要性、あるの?」。もうこの言葉がすべてである。栄養失調のためこれ以上痩せられなくて死んでしまうというシチュエーションは考えられても、その逆、すなわち痩せなければ死んでしまうとか、生活できないとか、そういうシチュエーションというものが単純に考えられない。
 そういうわけで肥満というのも高(低)血圧などと同様、実にあいまいな言葉である。保険会社が割り増し保険料を取るための格好の口実になっているような気もするのだが気のせいだろうか。本当は血圧や肥満などより、右利きか左利きかというようなことのほうがよほど死亡率などに密接にかかわっているというのに。
 肥満に関しては自身が憂慮していたほどではないにしろ、面談した医師からは早急な改善を要求される始末。早急な改善に取り組んでも結果が出るのはいったいいつになるのやらという印象ではあるが、何もしないわけにもいかないか。

2010/10/19(火)   健康診断

 高血圧というのはいろんな病気を誘発するため危険とされているし、それ単独でも病気と言われる。降圧剤だなんて薬もある。しかしながら低血圧という症状に関してはたとえ生活に支障があろうが病気とは言えない。なぜなら、病気とは定義されていないからである。単なる定義論かと言われるかもしれないが実際問題として病気など、政府の認定という定義がもっとも大切なのである。公害や薬害への弁済などでもそうだが、ほかにもたとえばADHDなども正式に病気として認められれば、関連する薬剤に関しては高血圧症の人を超える潜在需要があると言われている。
 肥満に関してはどうだろう。痩せすぎというのは病気なのだろうか。あるいは肥満というのは病気なのだろうか。糖尿病や免疫低下による感染症へのかかりやすさが高くはなるけれど、それ自身で病気と言えるものなのかについては判然としない。高血圧なら薬を飲みましょう、と処方されるけれど、肥満だからあるいは痩せすぎだから薬を飲みましょう、というような話を聞いたことがない。
 健康診断があり、見るもおぞましい結果であった。まずは血圧であるが、なんとも前代未聞の「測定不能」。再検査というわけではなく、正式な結果が「測定不能」だということである。そういうことにしておけばもし何かあったときにも担当医師の問題にはならないし、測定そのものはしようとしているから法に引っかかるということもないということなのか。深読みしすぎなのか?

2010/10/18(月)   裏切られた思い

 数字のマジックのときに東京ドームの観客水増しは確信的なものであると述べた。収容可能人口以上の発表をし続け、それに誰もが違和感を感じていながらもずっと放置され続けてきたが、近年やっと直された。喜ばしいことである。もっとスポンサーのため、球界のために修正していくべき点は多いだろう。調整は大変であろうが、全体を考えた改革を期待している。
 プロスポーツとしては後発的な位置付けになるJリーグ。川淵チェアマン(当時)はプロ野球の反省点を多く踏まえていたのだろう、観衆の実数発表もそうであるし特定のクラブが権限を持たないように配慮していた。テレビなどに流すコンテンツも個々のクラブの裁量ではできないようにし、放映権料はトップダウンで分配した。プロ野球では考えられないことである。
 そんな風にみんなに自慢していたJリーグだが、J1の大宮が観客数を1試合あたり最大4000人も過大発表していたことが明らかになった。なんともう3年も続けて行われてきたという。発覚の契機となったのはさいたまダービーの入場者の少なさだと思うのだがどうだろう。それはともあれ、Jリーグは観客数や親会社の経営などもクラス分けや加盟に必要な条件になっている。となれば大宮への処分はJ2への無条件降格が妥当なのではないかと思うのだがどうだろう。除名という選択肢もあるにはあるが、やや厳しい印象がある。
 とにかく裏切られた思いでいっぱいである。発足からまだ20年にもならないというのに早くも制度疲労というところだろうか。ある意味ではプロ野球は偉大なものだと感じさせる。

2010/10/17(日)   睡眠恐怖症?

 不眠症というか、睡眠不足である。なによりもデータが物語っている。ありとあらゆるものを記録につけているのだけれど、睡眠時間は先月が圧倒的に多い。海外に行くと本当によく眠れるからね。海外に行くのは睡眠のためのようなものである。
 低血圧なもので朝がつらいことが多い。降圧剤ならぬ昇圧剤を飲んでやっとということもあるのだが、それでも高が知れている。なにもなければ最高血圧が60前後などということもあるぐらいである。怒りっぽい高血圧の人と違ってまさに自身はイーブンテンパーという印象だろうか。
 しかし低血圧なせいか睡眠すると二度と起きられないのではないかという気持ちになるときがある。睡眠薬を大量に飲めば目が覚めることなく自殺できるということは知られたことだが、それと同じようなものだろうか。高血圧の人の気持ちは分からないけれど、自身の気持ちだってほとんど誰も分かってくれないんだろうなぁ。

2010/10/16(土)   竜王戦第一局

 今日も仕事。仕事でなければまず間違いなく長崎に行っていたんだろうね。主だった対局はたいてい見に行くことにしているためである。長崎に行けばほかにもいろいろとたずねる場所もあるもので。
 渡辺竜王の先手で開幕。羽生の作戦というか構想が良く分からないもので、1日目の段階で不利なのではないかと思っていた。盤面をどう見ても渡辺のほうが指しやすい状態なのだが、そこは羽生というものか。羽生だから何かがあるに違いない。そのような関係者の思惑をはらみつつ、二日目に突入した。
 しかしその後も相変わらず何もなかったのであった。最後にはぽっきり折れたような羽生の投了。完敗というほどの完敗ではないのだが、見せ場らしい見せ場がなく第一局が終わった印象である。確か第五局が石川で第六局が高山なのだが、そこまではもつれてもらわないと困るというものだ。

2010/10/15(金)   パリティ

 外国から来られた方が戸惑っていると積極的に話しかけてしまう。そのときに英語圏の人ではないということもそれなりにあるのだが、それでもさすがに世界の公用語。フランスでフランス人に英語を話しかけてもフランス語の答えしか返ってこないが、日本ではフランス人も英語で答えてくれるのである。
 駅などで迷っているときには目的地を聞いてから切符の買い方を教えたり、ホームの場所を教えたりといろいろである。たいていの場合はジャパンレールパスというJR全線を特急込みで乗り放題の切符を持っているのだが(1・2・3週間有効でそれぞれ28300・45100・57700円)、たまに持っていない人もいる。今日は上諏訪から甲府までの乗車券の値段を聞かれたのでイレブンテンと答えておいた。
 パリティという言葉は等価という意味である。米ドルの値下がりが激しく多くの通貨を相手にパリティを割り込んでいるのだが、もちろん日本円に対してもそうである。外国の方の場合は日本円の場合は100円単位と考えている方が多く、1110円であれば11.10(×100円)であり、イレブン・テンと答えるのが混乱を招かなくてよい。下手にワンサウザンドワンハンドレッド・・・と答えると嫌がらせの領域である。それはそうと、ドル円がパリティになる、つまり1米ドルが100円になるのはいったいいつになるのやらという印象ではある。

2010/10/14(木)   冷や汗の取材

 放送事故というのは放送中に事故が起こることを指す言葉ではない。放送事故にはたとえば設備などの不具合(ハードエラー)、進行上の手続きミス(ヒューマンエラー)、電波が止まってしまう(エアーエラー)などがある。例えば停電で放送が止まるのはハードエラーであり、ドラマのはずの枠なのにバラエティが放送される番組違いはヒューマンエラーである。
 基本的には放送するに値する品質を満たさないときに放送事故となる。であるので、広義では専門家が期待したリアクションをしなかった、なども放送事故になる。たとえば将棋の番組で、解説の棋士が盤駒の操作に戸惑ったり、滑舌の点などで満足のいく解説をできなかった場合(沈黙が長く続いた場合など)は放送事故となる。
 あろうことかテレビの取材を突然受けることになった。ナレーターが馴れ馴れしく「ねぇ○○さん(以下省略)」などと話を振ってくる。当然シチュエーション的には自身に専門的な回答を求めているのであり、内容はもちろんのことながら、目線、滑舌、挙動などどこか一つでもおかしい点があれば、放送事故となってしまう。
 そう考えると冷や汗もたらたらというものだが、取材依頼からいざ実際の取材まで3分ほどしかなかったのが良かったのだろうか。いや、あの出来では放送事故なのだろうか。久々のテレビ出演となり戸惑ったものの、前回とは比較にならないほどよいものであったつもりである。

2010/10/13(水)   統計の謎

 オークスが1着同着という劇的な結末を迎えた日、可能性がある限り0ではないということを書いた記憶がある。そのときのヒーローの一人、横山(典)騎手は落馬による負傷でターフを離れている。一刻も早い回復を願っている。
 少し前に200歳の人が生存しているなどという話題があった。遺体を隠して年金詐取を試みた事件が明るみになってから戸籍を調べなおした結果である。もっとも、戸籍法の前提がおかしいように思うのは気のせいなのか。出生直後に本人が出生届を出せるわけがないし、死亡後に本人が死亡届を出せるわけもない。戸籍というのは他人が届け出することで成り立っているのである。誕生日などもそうで、実はある人の本当の誕生日はその人が認識している誕生日と全然別の日かもしれない。そんな可能性だってありうる。
 東京都の人口統計から20〜69歳までの平均年齢は43.659歳であり、そこから無作為に抽出した11名の平均年齢が30.90歳以下になる確率は0.12%、34.27歳以下になる確率は1.2%だという(数学者の芳沢光雄の計算による)。両方が続けて満たされる確率となれば100万回に約14回となる計算。それどころか2回続けてちょうど34.27歳になる確率となればいかほどのものか。自身がざっくり計算してみたところ1億回に2回という計算結果となった。
 1億回に2回と言えば科学鑑定で誤りを犯す確率よりも低そうなものである。その昔は確率数十分の1のDNA鑑定などが堂々と証拠採用されていた時代もあったけれど、今やとても無理である。ゼロではないとしても、起こり得ないと言いきってもおかしくない気もしてくる。
 事実は小説より奇なり、と言うけれど、そもそも固定値を持つはずの平均年齢のデータが何度も訂正されることのほうが奇異である。実際のところ母集団はもっと少なく、きっと1〜3名とかなのだろう。そうであればまだ理解できる数字に収まるからである。0名というオチであれば笑わざるを得ない。

2010/10/12(火)   序列の変化

 「世の中、カネなんだよ!」などと言われて違和感を感じる人は多いだろう。もちろん自身とてそうである。しかしながら、残念ながら生活のためにはお金は必須のものとなっている。ある程度以上あれば困らないとはいえ、その程度を稼ぐためにも苦労するものだ。ほかにもお金が基準になることは多い。たとえば証券市場の時価総額だとか、納税額ランキングだとか。もちろんそんなものとは縁のない生活であり、ある意味幸せかもしれない。
 将棋界にある7つのタイトルの序列というのも賞金順で決まっている。すなわち、第一位は読売の竜王であり、第二位は毎日・朝日の名人である。遠く離れて棋聖(産経)、王位(三社連合)、王座(日経)、棋王(共同)、王将(毎日)という順番であった。
 序列第三位であった棋聖戦の序列が六位に落ちたのが2年前。産経新聞にとってはスポンサーとして賞金を減額するという選択肢は必須であったのであろう。新聞社とは思えない規模の社債を公募したりなど、資金繰りの悪さは古くから目についていた。民主党政権が誕生し、官房機密費を頂戴できなくなったのも原因の一つかもしれない。
 しかしその棋聖戦のランキングが今週から最下位になった。毎日新聞が名人戦の片手間で主催しているだけの感が強い王将戦よりも下になったのであるから相当なものである。もちろん毎日新聞の経営とて楽なものではないが、新聞社として大切な文化に関する予算に手をつけるほどにはまだ至っていない。
 近年の産経新聞グループの劣化は深刻で、紙面を読めば事実無根の記事が踊っていたり、「インターネットでは○○と言われている」というような記事が普通に載っている。ネットを要約するだけで記事になるならば記者など不要であり、どれほどの劣化なのかと驚いてしまう。あまりにも紙面の劣化の進行具合が著しく、いつ破綻するのかと思えてしまう。

2010/10/11(月)   将棋ソフトの時代

 昔の将棋プログラムはひどいものだった。画期的な故にテレビでも取り上げられていたりしたが、現在は大の得意である詰将棋の回答さえままならない状態だった。10手台の作品を10分もの規定時間にさえ解くことができず、「○○さんのプログラムはまだ思考中ですが、次の問題に・・・」などという始末だった。
 あれからどれぐらい経ったのだろう。沈む夕日をいくつ眺めたろう。ちょうど10年前、羽生名人が将棋年鑑のアンケートにてこんな回答をしていた。「コンピューターがプロ棋士に勝つのはいつ?」に対して2010年と答えていた。まさに今が2010年。現状はどうだろうか。
 3年前に渡辺竜王がプログラム「ボナンザ」と対戦し冷や汗をかかされたことは記憶に新しい。角川文庫からプログラマの保木さんと渡辺竜王の共著があるので興味のある方はご覧いただきたい。トップに肉薄とは言わずとも、コンピュータ将棋のレベルに対する意識を改めさせる内容であったことは明らかだった。
 今日の午後1時から東京大学工学部2号館において清水女流対「あらか2010」というプログラムの対局が行われ、プログラムが勝利を収めた。プログラムの躍進はただならぬものがある。ほかのプロとも多く対戦し結果を多くまとめておくことには学術的な意義があるだろう。しかし連盟の米長会長は及び腰である。コンピュータとの対局を、対局料いくらという興行としかとらえていない。あと1年もすればトッププロでもコンピュータにかなわない時代が来るかもしれないというのに、会長は相変わらず対局禁止令を敷いたまま。いつの間にかトッププロがコンピュータに抜かれていた、ではプロたちだってかなわないだろう。米長とて元プロ棋士なのだから、大局的な判断をしてほしい。それとも大局的な判断ができなくなったから引退したということなのだろうか。

2010/10/10(日)   一方的なコミットメント

 コミットとは約束をするという意味であり、企業経営においてや政治の分野でも(日本を除く)よく使われる言葉である。例えば出井時代のソニーの取締役会で、出井氏の利益目標に対しカルロス・ゴーン氏が「それはコミットメントなのか?」と質問した。それを契機に出井氏は辞任したとされるが、ゴーン氏の質問の意味はこういうことである。「それは公約なのか。それとも口約束なのか」。良くも悪くも日本の文化というものを窺い知れる一幕である。
 政治の分野においてももちろん公約はコミットメントであり、達成されるべきものなのだが残念ながら日本ではとてもそういう風潮がない。首相が「これしきの公約が果たせないことぐらい大したことではない」などと虚勢を張ったこともあった。そのためか日本の公約に対してコミットという言葉を聞いたことがない。すべてが口約束だからである。
 最近は仕事も大変なもので、半期ごとに目標設定をし、その結果次第で人事評価が決まるという時代になっている。人事評価制度など評価疲れに終わるだけなのが関の山だと思っていて公然とそれを口にしていても、決まったことに関しては守らなければならない。優先順位を決めてそれらをコミットするべく努力する日が続くのであろうが、コミットできない姿が想像できない。しかし自身がコミットしたところで、バーターである人事制度は応えてくれそうにないのが悲しいところである。

2010/10/09(土)   裾野

 香川の西讃地区に非常においしいラーメン屋があり、よく訪ねたものだった。しかしある日訪れてみると店頭には「閉店のお知らせ」が。味も非常によいし客もそれなりに来ていたのに・・・と非常に残念な思いに浸ったのを覚えている。やはりうどん全盛の土地柄、ラーメンでは分が悪いのか・・などといろいろと思ったものだ。
 諸般の事情により横浜に出てきてラーメンで有名な場所を徘徊しているとなんとその香川のラーメン屋があるではないか。同じ名前の店にしては看板の図柄などがそっくりである。入ってみてメニューをみただけで同じ店だと確信したのだが、食べてみてからの安心感はさらに別モノであった。おあいそのときに伺ってみたが、香川では客数が少なくて赤字なのだという。なんとも切ない話、人口数万の都市圏では致し方ないということなのだろうか。
 おりしもプロ野球の横浜球団の身売りが取りざたされている。気の早いメディアなどは新潟移転などと報道していたりしているけれど、横浜は日本第二の人口を誇る都市。USJが赤字でTDLが黒字なのも根本的にはバックグラウンドの人口の差にほかならない。新潟に出ていって成功しないとは言わないけれど、もっと横浜で腰を据えて対策を練るほうがきっとうまくいくと思っている。

2010/10/08(金)   すれすれのライフライン

 電車の本数が少ない。中央東線は普通・特急とも1時間におおよそ1本という状態である。のみならずバスの本数も少ない。昼間時間帯は3時間に2本という状態である。当然電車とバスの接続など全く考慮されておらず、電車を降りてから数十分もバスを待つことは少なくない。
 とはいえ、待っていればいいだけなのだからそれはそれでよかったのかもしれない。待つのが苦痛というようなことはないわけなのだから。時には読書をし時には英語ラジオの録音を聞き時には仮眠を取るという感じである。バスの停車時間は長く、必ず運転手が声をかけてくれる。都心のようにおいてけぼりにされることなど決してない。
 そんなバスなのだが、やはり土休日は利用が少ない。そのためか土休日が全便運休になることになった。もともと平日の運行本数の4分の1ほどしかないわけであり、それをすべてばっさり切られるとは思いもしなかった。もうこれからはいつまで待っても土休日にはバスはこないということかと思うと少し哀しくなる。

2010/10/07(木)   風の噂の一人旅

 ロリ趣味などないのだが、なぜかロリ呼ばわりされたことがある。とあるときにカジノに行った際、手元に残ったチップがあまりにも少額であったため、ダンスガールにチップとして与えたのだった。よりにもよってそのダンスガールが小柄でロリっぽい風貌だったために「ロリなの?」などと言われそれが根も葉もない噂として広がっただけのことであり、決して自身にロリ趣味などない。念のため。
 ギャンブルに厳格な人から言えばたとえ少額であっても全額換金し、損失を可能な限り抑えるのが当然の行為なのだろう。確かにそうである。まして自身は吝嗇であり、普段からチップを渡す信念の持ち主などではない。そんな自身が奇異な行動に走ったのだからそのように思われたのだろうか。
 まさにいま社会を賑わせている問題ではないが、当人の意向や事実関係など二の次なのである。「◎◎した、だから□□だ!」という印象である。もちろん自身のことを知りすぎていた最初の話し手からすれば単なる冗談なのだが、伝聞により伝わった人たちからすればそうではなくなっている。人の話の伝わりようと言ったら想像を絶するものがあり、本当に困ったものである。とはいえ国民の代表である政治家に関する根も葉もない噂が一人旅をする分には大きな国益の損失なのだが、自身の噂などどうでもよいので構わないと言えば構わないのであるが(笑)

2010/10/06(水)   おらが町の在来線!

 北陸新幹線が長野から上越・富山方面へと延伸されると、信越線が第三セクターへと移る。しなの鉄道への一本化が想定されているが、長野までの新幹線開通時に誕生したそのしなの鉄道は大赤字だ。何度も債権放棄など、債務を圧縮しながらも安定経営はまだまだ程遠い。長野以南より採算が悪く気象条件も悪い長野北部を引き継いで、うまくやっていけるのかには疑問がある。
 長野の次は飯山。豊野(長野市)と越後川口(新潟県)を結ぶ飯山線の駅があり、厳密に言えば飯山線も並行在来線だろう。どういうわけかそのようにはカウントされなかったのだが、それは飯山線をカウントすると新幹線の経済効果は赤字のままであり、建設にゴーサインを出せなかったからに違いない。というのも石川県を地元とする森首相が密室で誕生し、それまで赤字試算続きで建設できなかった北陸新幹線の路線係数は突然±0になった。どのように試算をやり直した結果±0になったのかも判然としない。引き換えとしての富山・能登・小松空港の東京路線への影響すら考慮していない。ただ、建設ありきで強引に議論を進めたように思えてしまう。
 地元の人間からすれば長距離の客など下の客である。毎日新幹線を使うわけでもあるまいし、地元からすれば在来線のほうがありがたい。それなのに、ただその地域を通過するだけの人間の利益のために、地元の利便が損なわれてしまう。不便になるなら新幹線などいらないという声は決して少なくない。長距離客はスポット的には利益に大きく貢献するかもしれないが、それを優遇しすぎることは沿線の衰退を招くだけである。東北・鹿児島・北陸と続く予定の新幹線の開業だが、鹿児島新幹線を除けば効果が疑問である。何度どのように計算しても、多くの面でマイナス効果ばかりとしか思えないのだが。

2010/10/05(火)   おらが町の新幹線(2)

 新幹線がついに青森まで開通する。正直に言えばあまりうれしいことではない。というのも、新幹線開通に伴って在来線は第三セクターに移るのだが、これの赤字が避けられないからである。長距離の乗客が大切なのは承知していても、もっと利用頻度の高い通勤通学客など地域の人たちが不利益を蒙っては本末転倒だろう。三セク問題は北陸新幹線の開通でも難題になっており、新幹線開通の前提であったJRの撤退という当然のことを反故にしようとする政治家が多くいることには不快感を禁じえない。新幹線は欲しい、在来線も欲しいでは国鉄の再現ではないか。
 その東北新幹線の新ダイヤが公表されたので見てみたのであるが、予想外だったのは八戸を通過する電車が設定されなかったことである。というのも北陸新幹線が延伸されれば長野を通過する電車が多く設定されるのではないかということが県内ではしきりに言われており、東京=大宮=(高崎)=富山=金沢みたいな停車駅ではかなわないと思っていたからである。もっとも八戸の扱いも3月のはやぶさ運行開始ではどうなるかわからない。3往復と言われているが、3往復ともすべて八戸停車になるのかは疑問である。もう一つの予想外は新青森発の最終のはやて。盛岡=仙台ノンストップの仙台行きだろうと思っていたのだがなんと盛岡止まり。営業時間的には十分に仙台まで運行できるので、これも今後は見直されるかもしれない。
 逆に予想通りだったことは、現はやて1号が11号に番号変えされたことである。1桁台ははやぶさの番号へと譲った形である。ダイヤが発表されていない九州新幹線のほうはわからないが、やはりみずほが1桁台を占有するのだろう。さくら・つばめは3桁が妥当であろうか。乗車機会があれば噂のスーパーグリーン車をはじめ、乗り心地などを試してみたい。

2010/10/04(月)   おらが町の新幹線(1)

 この12月に東北新幹線の延伸がなされ、終点が八戸から新青森へと移る。また来年の3月には九州新幹線の博多=新八代が開通する。この不景気でありどれだけ需要があるのかあるいは伸びるのか不明ではあるが、ある意味そこは開通後の努力に拠るところもあるので今回は割愛する。まずは九州新幹線はどうなるのだろう。
 九州新幹線は博多=熊本が1時間に4本、博多=鹿児島中央が1時間に2本ということである。現在は博多=熊本は1時間に約3本(リレーつばめ、有明)であり、純増1本ということになる。この区間は高速バスのニーズもかなりあるので1本の増発は妥当かもしれない。一方、鹿児島方面は失礼ながら過剰輸送の感をぬぐえないところがある。東北新幹線の七戸十和田は2時間に1本しか停車しないとされたが、鹿児島方面では1時間に1本を速達、1本を各駅停車としたためだろう。需要喚起策がカギになりそうなダイヤである。
 東海道新幹線では東京駅が過密になり、品川新駅を開業させた。これにより1時間に15本の運行が可能になりJR東海はよい思いをしただろう。土地を持っていたのはJR東日本であるが他の用途に使うなどの選択肢もありながら、自社の減収覚悟でJR東海に譲渡した。短期的な利益追求からは理解できない行為だが、大人の対応であった。
 実はその東京駅並の過密を誇る山陽新幹線の博多駅。最大で1時間に10本が発着している。小倉=博多間の1駅だけの運行や博多南線があるためだが、その過密のために九州新幹線は博多での完全折り返しが難しそうである。一部は新大阪まで直通するので良いとしても、熊本=博多の各駅停車の新幹線を現行の博多=小倉間の新幹線と統合するのには意味があるだろう。
 国鉄が民営化されたとき、地域によってJR7社に分社したが、山陽新幹線を小倉で営業分割することはなかった。一駅間のためにJR九州が管理するのは非効率とされたためだが、いざ九州新幹線の開業が間近になってくると小倉=博多をJR西日本が運行しているというのは奇異に映る。システムの違いなどの複雑な問題があるにせよ、小倉=博多=博多南はJR九州に売却して、西日本ののぞみは小倉または博多まで、JR九州の新幹線つばめなどは小倉・博多=博多南・熊本・鹿児島中央で運行したほうがすっきりとしてわかりやすいと思うのだがどうだろうか。小倉=博多がドル箱路線なのは承知しているが、JR西にはここは大人の対応を求めたい。

2010/10/03(日)   体重リミッター

 あらゆる波は正弦波の重ね合わせで示される。これをフーリエ級数といい、大学数学では解析学などと並んで基本となるものである。しかし数学専攻でもない限り、ほとんどの大学卒業生は覚えていない始末。電気工学など一部の専攻でもない限り、まったく必要ないものね。
 正弦波と言えばsinθなどの関数が示すとおり、ピークとボトムを繰り返しながら進んでいく関数のことである。もちろん波は増幅していってもよいし(ピーク値とボトム値の差が徐々に拡大していく)、逆に減衰して0などの定数に収束することもある。周期的な動きをするということだけが必須の要件である。
 自身の体重もそうである。だいたい70kgになると警戒警報が出るのだが、なかなかすぐに食生活などを改めることも難しい。減量の準備が整ったころには75kgほどになっているのである。そこからだいたい50kg台半ばまではすこーんと落ちていく。ここらあたりで安定してくれればよいのだけれど、このころには運動習慣が自己目的化しており、減る体重に満足感を覚えるようになっている。体重が減ってくるとさらに減らすためにはかなり過酷な運動が必要になっているのだが、2〜3時間ぐらいは平気で連続運動できてしまったりする。
 そうして体重が減ったときに免疫力の低下などが祟り、消化器系や呼吸器系の病気になってしまったりしたのだった。そのためにさらに体重が減り、40kg台にまで落ち込んでしまう。そこから点滴や適度な食事などを通じて体重を回復していき、いつの間にか食欲が回復している。運動しなくなっているのでまた太り始め、振り出しに戻るという循環。まさに正弦波という印象なのだが、正弦波でなくすためにはどうすればよいのだろうか。体重をボトム以下にキープするしかないだろうか。などと思っている毎日である。

2010/10/02(土)   武富士破綻と司法改革

 特捜検事が証拠品を捏造した疑いで逮捕された。のみならず、その上司にあたる特捜部長まで逮捕される始末。確かに大坪特捜部長の評判は芳しくなかったが、同時期に東京地検特捜部長であった佐久間やその前の大鶴の評判の悪さはそれ以上だった。この二人によって政治生命を断たれた佐藤栄佐久や大きなマイナスイメージを負った小沢一郎などをはじめ、どれほど国内が不利益を蒙ったか分からない。最高検による旧態依然、お手盛りの捜査ではなく、第三者機関に法的権限を与え徹底的な捜査をしなければこれほど腐敗した検察を立て直すことはできないだろう。
 検察も司法業界だが裁判所も同じく司法業界である。司法試験の合格者が増えていくにつれてそれだけでは食べていけなくなった。増え続ける弁護士のメシの種を探した最高裁のターゲットは、連年最高益を更新し続ける絶好調の消費者金融であった。
 甲乙双方の一致があるときはたとえ法律の埒外であっても契約は有効である(反社会的行為でない限り)。その過去の判例を反故にして、消費者金融に限って任意の返済利息を返還するように命令した。あれから十年余。消費者金融最大手の武富士が会社更生法を申請。一方、過払い利息の返還訴訟で潤うのは利息を払いすぎた借り手ではない。分厚いコミッションをいただく弁護士である。過払い利息を取り戻しても生活がどうにもならなくなったら自己破産させ、さらに弁護士は潤うという仕組みで、現代の二毛作、三毛作などと言われる。
 検察も大問題だがこのような弁護士業界も問題だろう。司法制度を変えるのは単に司法試験の方法を変えるだけの問題ではない、もっと大きく全体的な問題を孕んでいる。

2010/10/01(金)   セ・リーグ終戦

 セ・リーグがもつれにもつれる展開となったが、結局中日の優勝で終わった。負けられない戦いの続く阪神だったが、最後は高卒新人の秋山がノックアウトされ万事休す。前日も抑えの藤川が四球連発後に本塁打を浴びて沈没している。勝利へのモチベーションという意味では阪神のほうが下位球団よりは格段にあったはずだが、それだけでは決まらないのが勝負というものであろうか。
 しかし終戦とは言ってもここまで粘れただけで大したものである。最後に打たれたのが外国人投手だったら非難囂囂というところだろうが、秋山はデビュー戦以来、チームの窮地をたびたび救ってきたのだから。赤星が消え外様のプレイヤーが目立つ阪神にあって、今期の大きな収穫だろう。
 かくして優勝した中日。打力のなさは目についたものの、投手陣の良さがそれをカバーしたというところだろうか。衰えの見え始めた感のある岩瀬は不安だが、浅尾の台頭がそれを補ってあまりあった。防御率はリーグトップ。先発・中継ぎ・抑えと駒が揃っていた。
 中盤から失速した巨人は序盤に、借金19を完済したヤクルトは中盤に大きな見せ場を作った。広島は野村新監督の経験不足も響いただろうか。横浜は身売りも取りざたされる始末であり、現場の改革に加えてフロント改革も大きな課題であろうか。

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