飾ることなく、ありのままに生きたい。

2011/12/31(土)   終了

 諸般の事情によりこのコンテンツは本年末を持って終了いたしました。ご愛読、ありがとうございました。

 最後に一言だけ。「飾ることなく、ありのままに生きたい。」
 地に足がついたらまた戻ってくることもあるかもしれませんね。首を麒麟のように長くしてお待ちください(笑)

2011/12/30(金)   掲載終了のご挨拶

 寒中見舞いというのは本当は1月の5日より後、1月中に出すものである。なぜなら、寒中というのはその時期のことを指す言葉だから。もっとも、由来としてはそうなのだけれど、残念ながら現実問題として、喪中はがきに対する返書として出されることが多い。そういうわけで自身も寒中より前、よりによって年内に寒中見舞いを出すという荒技をしてしまった。無礼なことは承知の上でしているので、御気に触っても平に謝るしかない。そもそも自身は3年前からずっと心理的には喪中なのである。年賀状を送ってくるな、というのが正直なところ。
 というのも、とにかく体調が悪いのである。どこが悪いかなど、個人的な話をするつもりは全くないので触れないけれど、少なくとも五体満足とは言えなくなったかな、と思う。もともとヤワな身体に鞭打ってきた人生なので、そのツケが現れた格好だろうか。年初に寒中見舞いを出している余裕がとてもないのである。
 身体以外にも悪いところはいっぱいあるものね。まず頭が悪い。のみならず、顔が悪い、口が悪い、性格が悪いと来たものだ。救いようのないというのはまさにこのことで、もう完全にあきらめている(笑)。堀●さんのように素晴らしい人間だったらどんなにいいことか、などといつも考えている。
 悪いだけならまだしも、改善しようとする気が自身にはないのも問題だろう。そういうわけで、自身の悪いところを洗いざらい、綺麗さっぱりにしなければ・・・。そう思っている状態である。こんなところでぐだぐだと非生産的な文章を書き続けている場合ではないようである。もちろん、書き続けてきたことで得たものは非常に大きかったのだけれど、今はそのメリットがほとんどない状態なのだ。
 諸般の事情を御汲み取りいただければ有難く思います。こんなに長い間続けられたこともひとえに読者の皆様の支えがあってこそなのだから。こっちはこっちで、読者などおいてけぼりのつもりで書いてきたんだけど、文章の裏にある気持ちまで多くの人たちに理解していただけたことに感謝いたします。ありがとうございました。

2011/12/29(木)   題材の苦労

 題材を探すのはいつも大変である。ちょっとでもアップロードが滞るとなぜか「朝礼のネタがない」などと苦情を寄せられたりする(苦笑)。基本的に時事ネタを織り込んで書くようにしているので訓話などにはちょうど良いのだろうか。しかしそういう職責の人が題材をパクるんですか?とは思う。
 話の起点が大変なだけで、ネタになる事件を見つければあとは簡単である。個人的な信念には全くぶれがないので、いつものように処理しているだけである。だから、毎日いろんなことを書いているようには見えるけれど、そんなに斬新なことを書くことなどほとんどないと思う。水戸黄門は終わっちゃったけど、あれと同じでワンパターンで何の問題もないと思っている。
 あとはアンテナの深さの問題である。個人的に全国紙は大嫌いなので、新聞記事をそのままネタにすることはまずない。なぜなら、正しい記事が皆無であるからである。記事と、国会の議事録、県議会録、あるいは裁判の傍聴録を比較すると非常によくわかる。新聞に不都合な部分については全く触れられていないということが嫌と言うほど分かるし、鉢呂の解任に見られるように、事実を捏造することさえ顕著になってきた。
 そういうわけでネタの基本は議事録あるいは公文書を開示請求して得たものなのだけど、もちろんニュースの記事も参考にはする。FT(イギリス)とシドニーヘラルド(オーストラリア)である。あとはABC(アメリカ)ぐらいだろうか。いろんなネタを簡単に掘ってきているように見えるかもしれないけれど、事実として正しい記事をピックアップするという起点は本当に大変である。日本の全国紙がこれほどまでに堕落していなければ、こんな苦労もせずに済むんだけどねぇ。。。

2011/12/28(水)   変わらない姿勢

 このサイトは自身の文章のデータベース、蓄積場所である。読者のことなど全く何一つ考えていない。もともとこのページは年1000万件は優に超えたものすごいアクセス数だったので、荒らし対策などが大変だった。アクセスが殺到してサーバが落ちるなんてこともしょっちゅうだった(当時はバックボーンが細かった)。個人的には早く厄介払いしたいぐらいだった。
 そういうわけで、メインだったコンテンツを1つ外し、2つ外しとしていった。4つ外したところでなんとか落ち着いたものの、それでも今でさえ、時折いわれのない苦情を寄せられるのが実情である。「出さなくなった」と書いた通り、叩かれないように隠れているモグラのようなものである。
 メインだったコンテンツを相次ぎ外し、今や完全に昔の面影もない別物のサイトになってしまっているけれど、これも今は亡き親友に「せっきーの日記が面白いから毎日読みたい!」などと言われたからである。そういうわけでサーバーごと相手の所有物になったのだが、件の凄惨な事故があった。そういうわけで今は、天国に向けて綴っているというのが正確なところだろう。個人的にはこの先もずっと、永遠に喪中の気分である。
 しかし、それももう潮時だな、と思う。自身の文章が時代の要請にそぐわない、というか、そぐえなくなったのである。昔はほんと、書きたいことをそのままストレートに書いていた。書けた、と敢えて書かないのは、書こうと思えば今でも書けるけれど、そうしないからである。そしてその原因を探ってみると、官僚の愚民化政策とその尻馬に乗っている新聞社にあるのは火を見るより明らかであり、今や両者を嫌忌している毎日を過ごしている。
 なにはともあれ、自身のスタンスがなんだかんだで全くブレないのがよいところだと思う。16年もぶれずにきたこと、16年も毎日書き続けてきたことの二つだけは手放しで褒めてもいいところかな、と。

2011/12/27(火)   データベース

 几帳面というか、何でも記録を残しておくタイプである。そんなわけでこの雑記そのものもその一部なのだけど、日常生活のことはとんでもないぐらいデータが残っている。たとえば毎食何を食べたかとか、どれぐらい運動したかとか、いくら使ったかとか、車で何キロ乗ったとか、血圧、残業時間、お勉強時間までも事細かに分かってしまう。
 最近はとにかく睡眠時間が長い。2年前は1日あたり2時間7分で去年は3時間1分だったけど、今年はもっと寝ている。っていうか、普通に考えれば過去数年の睡眠時間の短さがありえないことだもの。寝てるのはほとんど海外での話で、観光などほぼせずに毎日12時間は寝ている。はっきり言えば睡眠のために海外に行っているのである。去年が3時間を超えたのは、海外に3回行ったからである。
 ほかにも知りたくもないことが分かってしまう。体重が半年ぶりの低さになった、とかもそうである。例年、8月がもっとも痩せている。夏バテなどではなく、9月になると海外に出て行って大食いしてしまうため、とんでもなく太ってしまうのである。例年はその8月の値を下回ることはないんだけど、今年は違うみたいだね。
 好物?の生野菜も相当食べたものだね。今年は原子力発電所の事故もあり、産地に非常に気を付けながらも(4月からは京都・奈良・和歌山以西のものしか食べなくなった)1年間で118kgほど食べた。一日あたりにすれば320gでしかなく、少ないかなぁ?とも思うけれど、まあ今年は少なくなるのはしょうがない。食べてからセシウム入ってました、とか言われたら笑えないものね。ちなみに生野菜以外でも野菜は摂っているけど、それは計算に入っていません。念のため。

2011/12/26(月)   鉄道のパラダイムシフト

 少し前まで、鉄道各社というのはスピードを競いあっていた。関東では競合と言える競合が中央線と京王、東海道線と京急、成田輸送の京成ぐらいしかなかったため、この三路線は特に力を入れられてきた。たとえば中央線は201系が最後まで頑張っていたけれど、当時最新鋭の201系が最初に投入されたのは中央線だった。三複線の東海道線も言わずと知れたことで、空港輸送は快速こそほとんどなくても、成田エクスプレスは首都圏各地で発着できるようにダイヤが組まれている。
 それに比べて、私鉄と完全に競合する関西ではそれこそ、熾烈な争いだった。JRは大阪から京都まではダンピングした後でも540円であり、阪急や京阪にかなうすべもないのだが、昼間や休日は300円前後で利用できる切符が売られていたりする。新快速が両駅間を最短の27分で結んでいたころもあったが、京都駅の停車時間が20秒と短すぎ、慢性的に遅延を招いていた記憶がある。京都だけでなく、神戸、宝塚、和歌山方面へもすべて競合。スピード競争は福知山線の惨劇ののち、やっと改められた。
 いまや大阪駅では停車時間を2分、京都でも同1分とって、柔軟な運用をしている。それでも遅延することはよくあるものの、一時期ほどではないと思う。新快速の停車駅も新大阪、高槻、芦屋、尼崎、南草津とどんどんと増えていき、快速の停車駅も増えてきている。速達性より利便性へと大きく変わってくる一方、普通の本数は間引かれ、大阪市内でも1時間に4本しか電車がこない駅もあるほどである。南海には1時間に2本しか電車が来ない駅があるから、それよりはマシ、という程度だろうか。
 一周40分ほどの大阪環状線は、西側で快速運転をしている。これも速達全盛期には特別快速ウィングなんてものがあり、大阪と天王寺以外止まりません、というものだったのだけれど、そんなものはどこかに消えてしまった。それだけでなく、いまや快速の停車駅は増え続ける一方である。今春の大正停車に続き、来春には福島に全部の快速が停車するという。快速と普通の緩急接続が行われない路線といえば中央西線が有名だけれど、快速の意義がなくなりそうな事態になっても、それでも快速がなくならないのは不思議である。

2011/12/25(日)   最優秀(?)雑記

 長々と書き続けること16年、思い返せば16年前はほかにまともなサイトというものがなかったのだった。ヤフーなんてものもなかった、というよりは、ホームページが少なすぎたため、検索エンジンそのものが必要なかった。ブラウザそのものもものすごく限られていた。とても画像を読み込めるような環境ではなく、muleのようなテキストブラウザを使っていたりしたものだ。
 16年前の文章も味があってよいと思う。自分らしさというのはいつも現れているものね。もちろん、いまの文章に対してもそうである。出なくなった。あらゆるものが出なくなったなぁ、それが今の自身の文章に対して思うこと。出がらしになったお茶っ葉のようなものだろうか。というのは冗談で、出さなくなったのである。超鈍感な自身でさえも、世知辛い現代の、攻撃的でとげとげしている風潮というのを嫌でも感じてしまう。そんな世の中になってしまったのだ。
 今年はほんと、大きな事故があった。現在の体制がいつまで続くのか、分からない。その体制が続かないほうに人生を賭けている自身としては複雑な心境ではあるものの、端的にいえば現在の体制がいずれ崩壊することは当然のこととしか言えない。幾分希望的観測が混じっているのかもしれないけれどね。パラダイムシフトに抵抗する官僚の末路はいったいどうなるのだろう。
 本年は2本立てもなく長編もなく、本当に一日一章という形態であった。4段落を堅持し、3または5になったのが数えるほどしかない。そんなふうに最後の雑記シリーズとなったわけだが、多くの皆様からご評価いただき、ありがたく思っている。原発前ぐらいのスパイスの効き具合が良かったのだろうか、本年の最優秀雑記も昨年と同じく、2月のもの、人生の答えに決定である。残り一週間、適度に回顧を織り交ぜて書くべきか、どうしようか。

2011/12/24(土)   年の瀬

 もうすぐ紅白という、まさに年の瀬である。いろいろ忙しいはずなのだが、現実逃避で旅に出ている始末。そんな南国にいても非常に寒いクリスマスイブである。長野はどれぐらい寒いのだろう。
 その紅白に、今年も水樹奈々が出るらしい。声優出身の歌手はそこそこいても、紅白に出られたのは彼女が初めてかなぁ、と思う。声量はやはり本業の歌手に比べればそれほどないのかもしれないけれど、その分、高い声も低い声も出せるから一長一短というところなのだろうか。
 アニメ出身の音楽というのも実に多い。主題歌が大ヒットしたと言えば徳永英明の「夢を信じて」がそうで、その徳永もまた、今年の紅白に出るようだ。知らないうちに駅で流れていたりお店で流れていたり、出自を知ると意外な気分になってしまう。
 ゲーム起源の音楽というのも、なんだかんだでそれなりに市民権を得ている。Love song探して、という名の曲があって、ドラクエ2の復活の呪文を入れる画面の音楽なのだけど、当時15歳の牧野アンナが謳っていたのだった。そんな彼女もいまや30歳になり、AKBやNHK連続ドラマにダンス指導をしているんだとか。表舞台ではなくなってしまったけれど、まだまだ活躍してほしい。

2011/12/23(金)   脱カフェインの時代?

 カフェインを含むものを飲むと眠れないなどと言われる。カフェインには興奮・刺激作用があるとされていて、寝る前にコーヒーを飲んだらダメ、という人も多い。寝る前にビールを飲む人はたまにいるけれど、無難に水ぐらいに済ませておくのがよいのかもしれない。
 コーヒー、お茶、コーラ。この3つは歴史上、人類が開発してきた飲みものである。コーヒーからお茶(紅茶、緑茶、烏龍茶などいずれも)の時代になり、近代になってコーラが発明された。そして、そのどれにも、ふんだんにカフェインが含まれている。
 そうして世界を席巻してきたカフェイン飲料であるが、しかし、なんだかんだ言ってカフェインフリーを謳う食べ物・飲み物が増えてきたのも事実である。カフェインが害かどうかというところには議論があるけれど、もしそうするとなれば大きな歴史の転換である。なにしろ前述のように、人類はカフェインとともに成長してきたのだから。
 昔の人たちはタフだったから、カフェインごときが問題になることはなかったのかもしれない。寝る前だろうが何だろうが、コーヒーや紅茶を飲んでいたのかもしれない。現代人がやわになったから、カフェインが害になるようになったのだろうか。時代考証をするのも楽しいものである。

2011/12/22(木)   ゲームバランス

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(真弓明信 打率.293右打ち)

 今のゲームというのはバランスが良いと言うのか、簡単というのかよくわからないけれど、親切だな、という風には思う。難しいゲームと言えばたけしの挑戦状とか、マイティボンジャックとかがあったけれど、ドラゴンクエスト2などにしても攻略本なしにクリアできる気がしない。
 でも、さらに昔のゲームはバランスが異常に悪かった。ゲーセンに行けばあるゲームというのは決まっていたようなものだった。花合わせ、チャンピオンベースボールの二つは相当やったような気がする。もうとにかく、どうやってもゲームオーバーになるのよ、ほんと。
 チャンピオンベースボールというのはおそらく最初に音声を取り込んだ野球ゲームだったんじゃないかな。打率や防御率がでるのも斬新だった。でも、初回こそCPUを抑えられても、2回以降は毎イニング2〜3点ずつ取られていく。イニングにつれてこっちの打球がフライになる確率は高くなっていくばかりだし、勝ちこされた瞬間ゲームオーバー。やっていられない。
 花合わせも同じような感じで、最初こそ役を作れても、いずれはCPUにフルボッコにされる運命が待ち受けている。インカムの関係でしょうがないっちゃーしょうがないんだけど、麻雀格闘倶楽部やMJなんかは同じ問題を抱えていながら、実にうまく解決しているなぁ、と思ったのだった。

2011/12/21(水)   減った

 高校のころは電車で通学していた。大学のころは電車のときもあったけど、自転車のほうが多かった気がする。もっとも遠いときで約10km、普通に自転車通学をしていた。雨が降るとさすがに無理で、バス+電車だったけれど。
 公共交通機関を優先して利用するというのは現在でも変わらない。先週のキャンプでも、集合場所まではコミュニティバスだったものね。都会にいたときほどではないにしろ、電車もよく利用する。だって、なくなると困るのだもの。乗って残そうを地で行っている。
 もちろん個人的な効率という意味では自動車のほうがはるかに優れている。予定変更も容易だし、複雑な工程をこなすことも容易である。ガソリンもそんなに高いわけではない。
 とはいえ、それはやはり個人のエゴである。地球全体、という意味で言えば、個々が車で移動するなんて、無駄以外の何物でもない。末端区間などでどうしようもないところはあるけれど、主要部分は公共交通機関を使うのが当然というものである。
 久しぶりに都会の電車に乗った。23時ごろの、終電も近づいてくる頃合いの電車である。いつもであればこの電車は相当混んでたんだよなぁ、と思ったものの、その面影がまるでなかった。忘年会シーズンということで、混雑に拍車をかけそうなものなのに、それでもこの程度なのか・・・。臨時の区間急行まで運転されていた時代が懐かしい。

2011/12/20(火)   豪華かケチか?

 自動車交通量が増えていく一方である。そういうわけで開かずの踏切が問題になり、鉄道線は高架化されたり、地下化されたりした。今行われている京急蒲田のあたりの高架工事とか、すごいと思うものね。現在線の真上に高架線を構築するという工事がありえないことだもの。
 普通であればどうするのかといえば、まずは上下線のどちらかを仮線に移す。そして開いたスペースをいったん更地にして、また新たに線路を引き直す。そうして上下線双方を仮線にして、そこに高架の駅を造り、仮線をひとつ壊してもう一つの高架駅を完成させる。そういうまだるっこしい手順であり、だいたい10年以上はかかるだろうか。
 少し前のことだが、東海道新幹線で停電が起こった。上りが不通になり、下り線を逆走する形で5時間遅れで到着したということだけど、いやほんと、すごいことだと思う。普通の鉄道事業者であれば安全のため、高架にする際でも必ず改めて作り直すものだから。上下線双方ともどちらにでも動かせるように造っているなんて・・・。万が一のためにかけている金額が半端ないんだなぁ、とJR東海に対して思う。
 しかしその逆走の技も、深夜の時間帯だからできたこと。通常の時間帯であれば逆走して2分もすれば別の新幹線と正面衝突してしまう。逆走なんてしなくても在来線は普通に運行できたんだから、JR東日本の協力を得て在来輸送すればせいぜい3時間遅れぐらいで東京には到着できただろうに。JR東日本にカネを払うことをためらった結果なんだろうけど、こっちはこれで、随分吝嗇な企業だなぁ、と思ったのだった。いくら競合のない独占企業だとは言っても、もっと旅客のことを大切にして欲しい。JR東日本が品川駅前の一等地をJR東海に譲った経緯などを知っているから、なおさらそういう思いが強くなるのだろうか。

2011/12/19(月)   内弁慶

 金総書記が死んだ。ついに、というか、やっと、と言うのか。哀悼の意が湧くわけではないが、歓喜というようなものでもない。正直に言えば、これは大変な時期が来るかもしれない、と思っただけだった。
 日米韓はじめ、北朝鮮に翻弄された国家というのは多い。だからと言ってこの混乱に乗じて北朝鮮を攻めるのかと言われれば違うだろう。土地は痩せ、資源もない。南北併合なんてことになれば韓国国内の不満はさらに高まるだけである。今でさえ、偶像にすがって国内に鬱積する不満を捌くのに必死であるというのに。
 北はミサイルを撃ったりするだろうか。問題はそこである。金総書記やその長男の金正男であれば、世界の情勢にも明るいのでそんなことはするはずもない。しかし後継はまだ20代の世間知らず。その取り巻きも、それほど国外事情に精通しているわけではない。君主も取り巻きも無能といえば三国志の蜀の2代目を思わせるものである。日本といえば天皇家はいまだに正統だと思うけれど、取り巻きの宮内庁の役人や政治家は実に堕落したものである。
 それだけ無能な国家なのだから戦争に踏み切るようなことはないと信じたいが、外圧が高まれば挑発するようなことはあるかもしれない。そういう有事があったとき、やはり政治無能な日本は適切な対応を取れるだろうか。無能な官僚が支配する日本が、責任のある対応を取れるとはとても思えない。責任のなすりつけ合いに終始するのではないかと強く懸念している。

2011/12/18(日)   流される悲哀

 小泉首相のころ、郵政法案が否決されてなぜか解散、総選挙が行われた。その結果はご存じのとおり、自民が3分の2以上を制する圧勝だったのだけれど、あのときの小泉の選挙戦術は徹底していた。組織票を固めることと、二者択一を迫り、知的な面で劣る層を大量に取り込むということである。
 官より民、という言葉が耳ざわりのよい言葉のように聞こえる。それというのも、官という言葉が「非効率」を示すかのような報道が相次いだからである。表向きは官を批判していても、裏では官とどっぷりの新聞社の報道スタンスはこのころには明瞭に以前の路線とずれ始めていた。今や、完全に違うと断言しても間違いではない。
 そういう二重構造が理解できない層も1票、詭弁を見抜ける者でも1票なのである。衆愚を騙せば勝てる、その想定は選挙戦術としては当然のことかもしれないけれど、結果は小泉の想定以上のものだった。
 マスコミが健康食品を取り上げたら翌日にはすべて売り切れた、なんてことも起こる。その中には茶のしずく石鹸のように、アレルギーを引き起こしたりするものも多いというのに。テレビに毒されたかわいそうなとある知人にそそのかされて、キャンプ後に非常に奥地まで、不毛な買い物をしに行ったのだった。生理的に受け付けられる限度を超えていたが、それでも我慢できたのが信じられない(笑)

2011/12/17(土)   キャンプ

 ただでさえ長野は冷える。その当たり前のことを熊本にいったとき、ひしひしと感じたのだった。5枚着こんで羽田に着いたら少し汗をかく程度だったが、熊本に上陸してしばらくすればもう汗びっしょり。風邪を引きかねない状態だった。
 そんな寒い長野だけど、山に登ればなお寒い。そんなことが分かっていながら、なぜか高遠にキャンプに行くことになったのだった。9月に行っても夜は氷点下という場所であり、当然12月なんかに行けばどういう状態か、火を見るより明らか、ってものだね。相当下準備をして出向いたのだった。
 コテージに入ったのに冷蔵庫より寒い。暖房をつけてみると、現在温度は1度。何の間違いかと思ってしまう。室内でこれだもの、外は相当ひどいもんだろうなぁ。そうこうするうちに温まり、自身が持ち込んだ輸入ゲームで盛り上がったのだった。

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諏訪湖の初日の出